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著者プロフィール
滝口 康彦(たきぐち やすひこ)
1929〜2004
佐世保市生まれ。炭鉱で働きながらラジオドラマの台本や小説を発表。1957年から、作家の道へ。1958年にサンデー毎日大衆文芸賞を受賞した「異聞浪人記」が『切腹』(1962)、「拝領妻始末」が『上意討ち――拝領妻始末――』(1967)として、映画化される。「高柳父子」「かげろう記」「霧の底から」「仲秋十五日」「日向延岡のぼり猿」「主家滅ぶべし」で計6回、直木賞候補となる。
1929〜2004
佐世保市生まれ。炭鉱で働きながらラジオドラマの台本や小説を発表。1957年から、作家の道へ。1958年にサンデー毎日大衆文芸賞を受賞した「異聞浪人記」が『切腹』(1962)、「拝領妻始末」が『上意討ち――拝領妻始末――』(1967)として、映画化される。「高柳父子」「かげろう記」「霧の底から」「仲秋十五日」「日向延岡のぼり猿」「主家滅ぶべし」で計6回、直木賞候補となる。
解説
急死した姉に代わって義兄の後添えにと望まれたみなは、そこで初めて驚くべき真相を知らされた。姉は病死ではなく、若党と密通し、それを目撃した義兄に成敗されたのだという。愛妻の裏切りにも毅然と武士道(体面)を貫き通した義兄に、みなは人間としての対決を迫る。葉隠精神の峻烈さと人間性との接点を鮮やかに描いた秀作集。
目次
その心を知らず
名の重くして
下郎首
貞女の櫛
みれんの裏を見候え
血染川
権平けんかのこと
一夜の運
名の重くして
下郎首
貞女の櫛
みれんの裏を見候え
血染川
権平けんかのこと
一夜の運
抄録
去年の春、甚三郎という四つになる男の子を残して、姉のかなは急病で死んだ。信じられぬような、あっけない死にかただった。死に目にも会えなかった。死ぬ三日前、里帰りしたかなと、みなは会っている。その時、以前とくらべて顔色が冴えないとは思ったが、死の影など、どこにも感じなかった。ただかなが、ときどきため息をもらすのがすこし気になった。みなはそれを、あとで母のまつにいった。
「みごもっているせいでしょうよ」
母は気にしている風もなかった。
鍋島三十五万七千石、肥前佐賀の城下。ここにも、ほかの城下と同じように、小路と名のつくせまい通りが多い。ただし佐賀では、こうじではなく、くうじと呼んだ。二の丸小路(くうじ)、花房小路、鬼丸小路、会所(かいしよ)小路、みなそうであった。
鷹匠(たかしゆう)小路の夏目家から使いがきたのは、夜明けがただった。みなは、まだこころよい眠りの中にいて知らなかった。兄の小弥太が、着がえもそこそこに出かけたあと、母に起こされた。母は、青い顔をしていた。
半刻ほどたったころ、また使いがきた。かなが死んだという知らせだった。とるものもとりあえず、母といっしょに夏目家にかけつけた時、一室に寝かされたかなの顔には、もう白い布がかぶせてあった。線香のにおいが鼻をついた。なにか、夢でも見ているようであった。
かなの枕もとには、夫の夏目甚内と、兄の小弥太の沈痛な顔があった。叫び立てたいのを、みなはこらえた。
「泣いたりしてはなりませんぞ」
ここへくる途中、母に釘をさされていた。
母が、かなの枕もとににじり寄った。小弥太がそれを制して、母の耳になにかささやいた。みなには聞きとれなかった。母は、一瞬ぎくっとしたようだが、後姿なので、あるいはみなの気のせいだったかも知れない。しばらくして、母の姿がやや動いた。白布をとって、かなの顔を見たらしい。そのあと、すぐ後にさがって、母はしきりに、指で目がしらを押えた。
みなが、枕もとに近づいて、かなの顔をおおった白布に手を伸ばそうとすると、あわてて小弥太がとめた。
「どうしてです」
きっとなるみなに、小弥太はいった。
「ひどく苦しそうな顔をしている。見ないでくれ」
みなは、小弥太から、甚内の方へ目をうつした。甚内はなにもいわない。ただ、目だけが訴えるような光をたたえていた。それを無視してまで、姉の死に顔を見る気には、みなはなれなかった。みなは、かなの死因をたずねた。
「わからん。あまり急なことで、医者も間に合わなかったそうだ」
甚内のかわりに、小弥太が答えた。
毒をのんだのではなかろうか。ふと、みなはそう思った。しかし、すぐ打ち消した。いつ会っても、かなは、ぐちをこぼしたりすることはなかった。悩みごとの影も見せなかった。そんなかなが、毒をのんだりするわけがない。それでも、みなはなぜか気になって、かなの足もとにまわり、夜着のすそをめくってみた。
*この続きは製品版でお楽しみください。
「みごもっているせいでしょうよ」
母は気にしている風もなかった。
鍋島三十五万七千石、肥前佐賀の城下。ここにも、ほかの城下と同じように、小路と名のつくせまい通りが多い。ただし佐賀では、こうじではなく、くうじと呼んだ。二の丸小路(くうじ)、花房小路、鬼丸小路、会所(かいしよ)小路、みなそうであった。
鷹匠(たかしゆう)小路の夏目家から使いがきたのは、夜明けがただった。みなは、まだこころよい眠りの中にいて知らなかった。兄の小弥太が、着がえもそこそこに出かけたあと、母に起こされた。母は、青い顔をしていた。
半刻ほどたったころ、また使いがきた。かなが死んだという知らせだった。とるものもとりあえず、母といっしょに夏目家にかけつけた時、一室に寝かされたかなの顔には、もう白い布がかぶせてあった。線香のにおいが鼻をついた。なにか、夢でも見ているようであった。
かなの枕もとには、夫の夏目甚内と、兄の小弥太の沈痛な顔があった。叫び立てたいのを、みなはこらえた。
「泣いたりしてはなりませんぞ」
ここへくる途中、母に釘をさされていた。
母が、かなの枕もとににじり寄った。小弥太がそれを制して、母の耳になにかささやいた。みなには聞きとれなかった。母は、一瞬ぎくっとしたようだが、後姿なので、あるいはみなの気のせいだったかも知れない。しばらくして、母の姿がやや動いた。白布をとって、かなの顔を見たらしい。そのあと、すぐ後にさがって、母はしきりに、指で目がしらを押えた。
みなが、枕もとに近づいて、かなの顔をおおった白布に手を伸ばそうとすると、あわてて小弥太がとめた。
「どうしてです」
きっとなるみなに、小弥太はいった。
「ひどく苦しそうな顔をしている。見ないでくれ」
みなは、小弥太から、甚内の方へ目をうつした。甚内はなにもいわない。ただ、目だけが訴えるような光をたたえていた。それを無視してまで、姉の死に顔を見る気には、みなはなれなかった。みなは、かなの死因をたずねた。
「わからん。あまり急なことで、医者も間に合わなかったそうだ」
甚内のかわりに、小弥太が答えた。
毒をのんだのではなかろうか。ふと、みなはそう思った。しかし、すぐ打ち消した。いつ会っても、かなは、ぐちをこぼしたりすることはなかった。悩みごとの影も見せなかった。そんなかなが、毒をのんだりするわけがない。それでも、みなはなぜか気になって、かなの足もとにまわり、夜着のすそをめくってみた。
*この続きは製品版でお楽しみください。




















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