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恨み黒髪

恨み黒髪

著: 滝口康彦
発行: 講談社
価格:420円(税込)
10ポイント還元
形式:ドットブック形式⇒詳細 
対応端末:パソコン 
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著者プロフィール

 滝口 康彦(たきぐち やすひこ)
 1929〜2004
 佐世保市生まれ。炭鉱で働きながらラジオドラマの台本や小説を発表。1957年から、作家の道へ。1958年にサンデー毎日大衆文芸賞を受賞した「異聞浪人記」が『切腹』(1962)、「拝領妻始末」が『上意討ち−拝領妻始末−』(1967)として、映画化される。「高柳父子」「かげろう記」「霧の底から」「仲秋十五日」「日向延岡のぼり猿」「主家滅ぶべし」で計6回、直木賞候補となる。

解説

 猛将立花道雪のもとで、長い滞陣をもて余した35人がひそかに家庭に戻った。これを知った道雪は成敗を命じ討つ手が35人のもとに走った。三杉右京の新妻真砂は、討つ手として訪れた夫の親友甲斐源吾に向かい、夫の自害ののち、ある決意を告げる……。軍律の酷薄さに抗う女心のしたたかさを描いた表題作等、鮮烈な7編を収録。

目次

秋月の桔梗
遺恨戸次川
恨み黒髪
名将死す
関ケ原の風
風の名残――関ケ原後日――
知る人もなし

抄録

 筑前(ちくぜん)切っての要害として知られる古処山(こしょさん)城の奥まった一室で、城主秋月種実(あきづきたねざね)、その嫡男種長(たねなが)、それにおもだった老臣数名が集まって、籠城(ろうじょう)か降伏か、最後の評定(ひょうじょう)がひらかれようとしている矢先に、
「お待ちください。なりませぬ」
 近習(きんじゆう)らしいあわてた声に追われて、足音が近づいたかと思うと、いきなり杉戸の一つがあいて、年のころ十五、六と見える女が飛びこんできた。
「慮外(りよがい)な」
 いっせいにそそがれる視線を、ひるまずはね返したその女は、
「恵利内蔵助(えりくらのすけ)の娘桔梗(ききょう)、なき父にかわって、評定の席につらならせていただきたく存じます」
 と一気に述べた。
「ひかえい」
「女の出る幕ではない」
 板並(いたなみ)左京と大橋権兵衛が、ほとんど同時に叫んだ。
「意見など述べませぬ。黙ってここにいるだけでございます」
 桔梗は男物の小袖(こそで)に袴(はかま)をつけていた。それが妙に色っぽかった。ただ、目はくい入るように鋭い。
「恨(うら)み言か」
 種実の目が光った。
「いいえ。いまわのきわの父の申しつけでございます」
 桔梗はそれだけいって口をつぐんだ。だれもが、にがい顔になった。桔梗の無言が、逆に恨み言のようにもとれる。
 父の申しつけなどではない。桔梗の一存であった。父にかわって、見きわめなければならぬことがあった。
 老臣の一人恵利内蔵助は、いまから十一日前、三十三になる妻と、十三と十の娘二人を刺殺し、みずからも腹かっさばいて果てた。そのとき、
「わたくしは死にませぬ」
 桔梗は父に逆(さか)らった。必死のまなざしに、なにかを読みとったのであろう。
「そうか」
 とだけ内蔵助はいった。
 古処山城を本拠として二十四城を支配し、筑前のほとんどと、筑後、豊前それぞれ半ヵ国に、合わせて三十六万余石の所領を持つ秋月種実は、全九州の制覇をめざす、薩摩の島津義久と結んで、去年の七月、筑前岩屋城を攻めた。大友宗麟(そうりん)麾下(きか)の名将高橋紹運(じょううん)は、岩屋城を死守して、城兵七百六十余名とともに玉砕した。
 紹運の長子にして、立花道雪(どうせつ)の養子となった立花統虎(むねとら)は、岩屋城の落城にも、父の死にも屈せず、島津方の降伏勧告をしりぞけて、孤立した立花城を守りつづけた。やがて、関白秀吉の命により、毛利、吉川、小早川ら中国勢の先鋒が、救援のため豊前、筑前に到着すると、遠征の疲れもあって、島津勢は、筑前方面は秋月にまかせ、ひとまず肥後まで引き揚げた。


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