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著者プロフィール
梅津 裕一(うめつ ゆういち)
『妄想代理人』(原作/今敏)『闇魔術師ネフィリス』『アザゼルの鎖』(すべて角川書店・刊)など、著書多数。ダークファンタジーな世界観で読者を魅了する。
『妄想代理人』(原作/今敏)『闇魔術師ネフィリス』『アザゼルの鎖』(すべて角川書店・刊)など、著書多数。ダークファンタジーな世界観で読者を魅了する。
解説
インターネット上に氾濫する様々な噂のひとつ、地図上にはない東北地方の山間部に存在するという廃村──「猫鳴村」。ネットの情報を頼りに、そこへ弘樹たち四人の大学生が足を踏み入れた。
この村には大量殺人や食人の習慣、旧陸軍の秘密基地が存在したとの噂があり、村に潜入したオカルト好きの若者が行方不明になって、生還した者もやがて狂死したという。こんなことは噂に尾ひれがついたものだろうと思っていた……。しかし、目前にそびえる黒い鳥居を前に、先ほどから弘樹は震えが止まらない。
廃屋の風呂場で見た天井にまで及ぶ赤黒い血とおぼしき飛沫、黒い何かの影、濃霧の中で見た巨大な藁人形──ここは尋常ではない。一刻も早く引き返さなくては……その時、遠くから人の悲鳴が聞こえる。声を頼りにたどり着いた木造校舎で、弘樹たちは心神喪失状態の若い男を発見する。男の髪は根元が白くなり、左手の指はすべて切断されていた。意味不明な言葉を無気味に口走るその男は、半狂乱の様相で校舎の外へ走り去ってしまう……しかし、男は一冊の古びたノートを落としていった。それは猫鳴村で生まれ育った人物によって書かれたこの村の回顧録だった。
それにはこの村で行われるある「儀式」について克明に記されているのだが……。そこから読み解けるのは、ある恐るべき行為であった。ノートを囲んで恐怖に沈黙する若者たち。その静寂を破ったのは「パン!」という渇いた銃声の音だった……!
「ダキニ」とは? 「人食い」とは?
鬼才・梅津裕一が描く、衝撃と戦慄の最凶ダークホラー!
この村には大量殺人や食人の習慣、旧陸軍の秘密基地が存在したとの噂があり、村に潜入したオカルト好きの若者が行方不明になって、生還した者もやがて狂死したという。こんなことは噂に尾ひれがついたものだろうと思っていた……。しかし、目前にそびえる黒い鳥居を前に、先ほどから弘樹は震えが止まらない。
廃屋の風呂場で見た天井にまで及ぶ赤黒い血とおぼしき飛沫、黒い何かの影、濃霧の中で見た巨大な藁人形──ここは尋常ではない。一刻も早く引き返さなくては……その時、遠くから人の悲鳴が聞こえる。声を頼りにたどり着いた木造校舎で、弘樹たちは心神喪失状態の若い男を発見する。男の髪は根元が白くなり、左手の指はすべて切断されていた。意味不明な言葉を無気味に口走るその男は、半狂乱の様相で校舎の外へ走り去ってしまう……しかし、男は一冊の古びたノートを落としていった。それは猫鳴村で生まれ育った人物によって書かれたこの村の回顧録だった。
それにはこの村で行われるある「儀式」について克明に記されているのだが……。そこから読み解けるのは、ある恐るべき行為であった。ノートを囲んで恐怖に沈黙する若者たち。その静寂を破ったのは「パン!」という渇いた銃声の音だった……!
「ダキニ」とは? 「人食い」とは?
鬼才・梅津裕一が描く、衝撃と戦慄の最凶ダークホラー!
抄録
「オン・マカキャラヤ・ソワカ!」
その瞬間、弘樹は確信した。
これは、夢だ。
当たり前だ。いままで二十年にわたって平凡な人生を送ってきたのだ。その自分に、こんな異常な事態がふりかかるわけがないではないか。
これはいわゆる明晰夢とかいう代物ではないか、なにかの真言らしいものを唱えながら近づいてくる老婆を見ているうちに、そんなことを思った。
明晰夢とは、夢を見ていながら「これが夢である」と気づく類の夢である。確か、明晰夢は夢であるとわかるため、当人の意識によって内容を変更できるはずだ……。
「これは夢だこれは夢だこれは夢だ」
弘樹は呪文のようにつぶやき続けた。
「これは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だ!」
いつのまにか声は悲鳴に近くになっている。
老婆たちはどんどん近づいてくる。草をかきわけるようにして、こうして「狩り」に慣れた様子で接近してくる。
狩り。なんでそんなことを連想したのだろう。
俺はこの老婆たちに狩られるというのか。
馬鹿馬鹿しい。怖くないぞ。なぜなら、これは夢にすぎないからだ。明晰夢であれば夢の内容も変更できる。
「夢だから! お前ら、消えろ! おまえらダキニとかいう奴ら! みんな消えろ!」
本当はこれは夢ではない、と自分の精神の中心で分割されたもう一人の自分が醒めた思考で告げていた。
これは現実だ。お前がいましなくてはならないのは、現実逃避ではなく、令子を連れてダキニ様とよばれる老婆たち……およそこの世のものとも思えぬ異界のものたちから逃げることだ。
「あああああああああああああああああああああああああああああ」
だが、令子は草の上で相変わらずなにかが壊れてしまったかのような叫び声をあげつづけている。
壊れれば俺も楽になれる、と一瞬、思った。
そうだ。壊れればいいんだ。
「わああああああああああああああああああああああああああああ」
なにかがぶちんと脳裏で音をたてるのがわかった。
生まれて初めて、理性もなにもかも忘れて、魂の底から弘樹は悲鳴を放った。
いつしか恐怖のなかに、再び歓喜が頭で入り交じり、悪質なドラッグでも使用したかのような妙な具合になっている。
「あああああああああああああああ夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だだから消えろおまえら消えちまえおまえらって聞いてるのか消えろよ!」
理性が高速で蒸散していく。
自分がなにを怒鳴っているのかももうわけがわからなくなっていた。雨が全身を叩く感触。草いきれの鼻をつく匂い。それと雷鳴の轟き。ときどき発作的に落雷にともなってフラッシュでも焚いたかのように明るくなる世界。
混沌が意識を支配していた。
「くるなくるなダキニくるなダキニ様こないでこないでダキニ様!」
そのときだった。
こちらから五メートルほどの位置で、老婆たちが姿を止めた。
その姿が闇を背景にして、さらに黒い影絵のように見える。
かっ、という稲光とともに老婆たちの姿が明るく照らし出された。
その顔は、しわにうもれたようになっている。体の上には、なにかの獣皮のようなものを羽織っている。
だが、なにかが変だ。
なんだ、この違和感は。
恐怖と歓喜が嘘のようにすうっとどこか遠くに去り、またひどく客観的な自分が戻ってきた。
一時的な離人症のようなものかもしれない、と弘樹は思った。たしか心理学の講義で聴いた話だ。
人間は精神的にあまりに過大なストレスがかかると、精神の一部を自分の意識と切り離すようにして、現実と距離を置くのだという。まるで世界と自分の間に、一枚のひどく分厚い硝子板がおかれ、それで現実と隔てられているような感覚だった。確か、厳密には解離とか呼ばれる状態だったはずだ。
その、意識の一部が解離した状態で、弘樹は一瞬にして老婆たちに関するさまざまな視覚情報を脳に入力した。
老婆たちの総数は四人。最初思ったほど、大人数ではない。
老婆たちは、以外に身長が高い。だが、そのなかで一人だけ、やけに小柄な老婆がいる。
老婆たちはみな、顔がしわで覆われている。だが、その顔はなにかが不自然だ。
一番小柄な老婆の髪は、完全に真っ白だが他の老婆の蓬髪は白髪と黒い髪が混じり合っている。
老婆はみな、ナタを手にしている。そのナタが雷光を浴びて銀色にぎらりと輝き、鮮血で濡れた部分が驚くほど鮮やかな真紅に輝いた。
ナタの分厚い刀身には、桃色の肉と白いなにかがこびりついていた。桃色のはたぶん肉で、白いのは脳の組織の一部かもしれない……。
よく俺は発狂しないな、と他人事のように思った。それともやはりすでに発狂しているのだろうか?
いや、それともこれは明晰夢なのか。
あるいは……。
その瞬間、老婆たちに感じていたなにか不自然な感じの正体に、弘樹はようやく気づいた。
*この続きは製品版でお楽しみください。
その瞬間、弘樹は確信した。
これは、夢だ。
当たり前だ。いままで二十年にわたって平凡な人生を送ってきたのだ。その自分に、こんな異常な事態がふりかかるわけがないではないか。
これはいわゆる明晰夢とかいう代物ではないか、なにかの真言らしいものを唱えながら近づいてくる老婆を見ているうちに、そんなことを思った。
明晰夢とは、夢を見ていながら「これが夢である」と気づく類の夢である。確か、明晰夢は夢であるとわかるため、当人の意識によって内容を変更できるはずだ……。
「これは夢だこれは夢だこれは夢だ」
弘樹は呪文のようにつぶやき続けた。
「これは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だ!」
いつのまにか声は悲鳴に近くになっている。
老婆たちはどんどん近づいてくる。草をかきわけるようにして、こうして「狩り」に慣れた様子で接近してくる。
狩り。なんでそんなことを連想したのだろう。
俺はこの老婆たちに狩られるというのか。
馬鹿馬鹿しい。怖くないぞ。なぜなら、これは夢にすぎないからだ。明晰夢であれば夢の内容も変更できる。
「夢だから! お前ら、消えろ! おまえらダキニとかいう奴ら! みんな消えろ!」
本当はこれは夢ではない、と自分の精神の中心で分割されたもう一人の自分が醒めた思考で告げていた。
これは現実だ。お前がいましなくてはならないのは、現実逃避ではなく、令子を連れてダキニ様とよばれる老婆たち……およそこの世のものとも思えぬ異界のものたちから逃げることだ。
「あああああああああああああああああああああああああああああ」
だが、令子は草の上で相変わらずなにかが壊れてしまったかのような叫び声をあげつづけている。
壊れれば俺も楽になれる、と一瞬、思った。
そうだ。壊れればいいんだ。
「わああああああああああああああああああああああああああああ」
なにかがぶちんと脳裏で音をたてるのがわかった。
生まれて初めて、理性もなにもかも忘れて、魂の底から弘樹は悲鳴を放った。
いつしか恐怖のなかに、再び歓喜が頭で入り交じり、悪質なドラッグでも使用したかのような妙な具合になっている。
「あああああああああああああああ夢だこれは夢だこれは夢だこれは夢だだから消えろおまえら消えちまえおまえらって聞いてるのか消えろよ!」
理性が高速で蒸散していく。
自分がなにを怒鳴っているのかももうわけがわからなくなっていた。雨が全身を叩く感触。草いきれの鼻をつく匂い。それと雷鳴の轟き。ときどき発作的に落雷にともなってフラッシュでも焚いたかのように明るくなる世界。
混沌が意識を支配していた。
「くるなくるなダキニくるなダキニ様こないでこないでダキニ様!」
そのときだった。
こちらから五メートルほどの位置で、老婆たちが姿を止めた。
その姿が闇を背景にして、さらに黒い影絵のように見える。
かっ、という稲光とともに老婆たちの姿が明るく照らし出された。
その顔は、しわにうもれたようになっている。体の上には、なにかの獣皮のようなものを羽織っている。
だが、なにかが変だ。
なんだ、この違和感は。
恐怖と歓喜が嘘のようにすうっとどこか遠くに去り、またひどく客観的な自分が戻ってきた。
一時的な離人症のようなものかもしれない、と弘樹は思った。たしか心理学の講義で聴いた話だ。
人間は精神的にあまりに過大なストレスがかかると、精神の一部を自分の意識と切り離すようにして、現実と距離を置くのだという。まるで世界と自分の間に、一枚のひどく分厚い硝子板がおかれ、それで現実と隔てられているような感覚だった。確か、厳密には解離とか呼ばれる状態だったはずだ。
その、意識の一部が解離した状態で、弘樹は一瞬にして老婆たちに関するさまざまな視覚情報を脳に入力した。
老婆たちの総数は四人。最初思ったほど、大人数ではない。
老婆たちは、以外に身長が高い。だが、そのなかで一人だけ、やけに小柄な老婆がいる。
老婆たちはみな、顔がしわで覆われている。だが、その顔はなにかが不自然だ。
一番小柄な老婆の髪は、完全に真っ白だが他の老婆の蓬髪は白髪と黒い髪が混じり合っている。
老婆はみな、ナタを手にしている。そのナタが雷光を浴びて銀色にぎらりと輝き、鮮血で濡れた部分が驚くほど鮮やかな真紅に輝いた。
ナタの分厚い刀身には、桃色の肉と白いなにかがこびりついていた。桃色のはたぶん肉で、白いのは脳の組織の一部かもしれない……。
よく俺は発狂しないな、と他人事のように思った。それともやはりすでに発狂しているのだろうか?
いや、それともこれは明晰夢なのか。
あるいは……。
その瞬間、老婆たちに感じていたなにか不自然な感じの正体に、弘樹はようやく気づいた。
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