和書>小説・ノンフィクション>エンターテインメント小説>ハードボイルド小説
著者プロフィール
菊地 秀行(きくち ひでゆき)
昭和24年、千葉県銚子市に生まれる。青山学院大学法学部卒業。在学中に推理小説研究会で活躍。卒業後は、フリーライターで雑誌等に寄稿のかたわら、小説を執筆。昭和57年『魔界都市〈新宿〉』で鮮烈なデビューを飾る。60年から『魔界行』『妖魔戦線』『妖獣都市』等、超伝記官能バイオレンスを発表し人気爆発、超売れっ子作家に。少林寺拳法をたしなみ、ホラー映画を愛し、とにかく小説を書くのが好きな好漢。
昭和24年、千葉県銚子市に生まれる。青山学院大学法学部卒業。在学中に推理小説研究会で活躍。卒業後は、フリーライターで雑誌等に寄稿のかたわら、小説を執筆。昭和57年『魔界都市〈新宿〉』で鮮烈なデビューを飾る。60年から『魔界行』『妖魔戦線』『妖獣都市』等、超伝記官能バイオレンスを発表し人気爆発、超売れっ子作家に。少林寺拳法をたしなみ、ホラー映画を愛し、とにかく小説を書くのが好きな好漢。
解説
指一本で相手を苦もなく倒し、人間に取り憑いた魔性のものを“揉み出す”整体師二人。中年男の名は蘭城。相棒の若者は一ノ瀬猫馬。彼らは京都の葉月家に取り憑いた「虫」の揉み出しにかかったが、その背後には強力な妖術使いが待ち受けて──「指殺」を操る新ヒーロー登場!!
目次
“指殺”《しさつ》を持つ男
地底に眠る主人《あるじ》
継ぐものたち
白い肌の夜
邪鬼を食らう男
妖しきコンビの影
触手淫泉
外道哄笑
栽培場の怪
あとがき
地底に眠る主人《あるじ》
継ぐものたち
白い肌の夜
邪鬼を食らう男
妖しきコンビの影
触手淫泉
外道哄笑
栽培場の怪
あとがき
抄録
「こ、これは、一体……何……」
と腸のどこかに引っかかるような細い声で呻《うめ》きながら、八重が‘それ’から眼を離せなかったのは、やはり、気丈なのと、夫に憑いたといわれるものを確認したいという、妻ならではの欲求からであった。
「妖物《ようぶつ》、悪霊、化物──呼び方は昔から幾らでもありますな」
と蘭城は、どこか愉《たの》しげに言った。
穏やかな声の響きが、八重には信じられなかった。ねじくれたステッキを、ぶんぶん出鱈目《でたらめ》にふり廻しながら、蘭城は、
「並みの人間には感じられぬだろうが、世界はこいつらで満ち満ちております。いつからこのような存在が“こちら側”に現われたか。──私は、“こちら側”の人間の怨念《おんねん》や憎しみという精神の歪《ゆが》みが、こいつらと同じ類の“こちら側”の存在を生み出し、両者の共感が霊的な壁にほころびを生じさせたと考えております。いや、これは絶対に正しい。こいつらは、人間の肉体や精神のエネルギーを糧としています。そればかりか、摂取したエネルギーの卵を、その場で犠牲者の体内へ送り返しもする。エネルギーはその場合、十中八九、奴らの体内で毒にまみれています。この毒は種類が多いとしかわかっていない。“こちら側”の犠牲者が、単なる衰弱や精神異常、殺人鬼など、状態が各々異なるのは、このせいですな。もちろん、取り憑いた奴のパワーと位によって、症状も変わります。──たとえば、人間離れした力を発揮する、とか」
じろ、と八重の方を見る眼つきは、言葉のタイミングと相俟《あいま》って、実に皮肉でいやらしかったが、八重は気にもせず、
「すると、主人に取り憑いているのは──?」
「かなり難儀な相手でしような」
「揉み出して、殺せるのでしょうか?」
「出してしまうのは、赤ん坊の手を折るほど簡単です。ただ、私は単純に滅ぼす方法を採ってはおりませんが」
「すると──?」
「猫馬」
と蘭城が連れの名を呼んだ。前と少しも変わらぬ口調だったので、さしたる意識もせずに、美しい若者の方を向き、八重と綾乃は、またもや眼を覆う羽目になった。
美青年は、無表情のまま、手にした妖物を頭上より高く上げ、仰向けに口もとに近づけたのである。
ここまでやれば、その後はどうなるかは自明の理だ。それでも、母娘には信じられなかった。
この美青年が、まさか、いやらしく手足を蠢《うごめ》かす生きる汚物を、美しい口で呑みこむとは。
猫馬は噛《か》まなかった。口と食道と胃とが、ほぼ一直線になるよう顔をのけぞらせ、一気にそれを嚥下《えんか》したのである。優雅な眉ひとすじ動かさず、猫馬は口を閉じた。
それから、魂でも抜かれたみたいに、ぼんやりした表情で横たわっている大友に近づいた。
「何を……」
つぶやく綾乃のかたわらで、蘭城が唇に指を当てた。
猫馬が大友の襟を掴んで自分の方を向かせた。母娘の位置からは惚《ほ》れ惚《ぼ》れするような美貌《びぼう》がはっきりと見えた。
その口から何かがのぞいたのである。
「ひい」
と叫んだのは八重の方であった。崩れ落ちる母を蘭城が支えた。綾乃は棒立ちのままだ。
「刺激が強すぎましたかな」
と蘭城がにやにやしながら言った。こういう結果になると承知の上だったらしい。
「妖物を抜き取られた人間は、大抵、自失状態に陥ります。これを治すのに多少の荒療治が必要でしてな。おお、もとに戻ったかね?」
曲がりくねった杖の先で、ばんばん肩を叩かれた大友は、
「やめてくれよお」
と気弱な声を上げた。そのどこにも狂気の翳《かげ》は見当らない。
「いかがです、蘭城流整体術の実力は?」
得意満面──謙虚という言葉など知るものか、といった整体師へ、無礼なことに、賞讃の言葉どころか怯《おび》え切った声が、
「──今のは……一体?」
と訊いた。綾乃である。先生、むっと唇を歪めて、
「いま呑みこんだ虫ですな。それを驚かしに出してみせたわけで」
特別な解説も、綾乃の耳には入らなかったようだ。
はかなげな美貌は、立ち上がった猫馬の口もとを見つめていた。そこからのぞいたものは、一度に消え失《う》せていた。
と腸のどこかに引っかかるような細い声で呻《うめ》きながら、八重が‘それ’から眼を離せなかったのは、やはり、気丈なのと、夫に憑いたといわれるものを確認したいという、妻ならではの欲求からであった。
「妖物《ようぶつ》、悪霊、化物──呼び方は昔から幾らでもありますな」
と蘭城は、どこか愉《たの》しげに言った。
穏やかな声の響きが、八重には信じられなかった。ねじくれたステッキを、ぶんぶん出鱈目《でたらめ》にふり廻しながら、蘭城は、
「並みの人間には感じられぬだろうが、世界はこいつらで満ち満ちております。いつからこのような存在が“こちら側”に現われたか。──私は、“こちら側”の人間の怨念《おんねん》や憎しみという精神の歪《ゆが》みが、こいつらと同じ類の“こちら側”の存在を生み出し、両者の共感が霊的な壁にほころびを生じさせたと考えております。いや、これは絶対に正しい。こいつらは、人間の肉体や精神のエネルギーを糧としています。そればかりか、摂取したエネルギーの卵を、その場で犠牲者の体内へ送り返しもする。エネルギーはその場合、十中八九、奴らの体内で毒にまみれています。この毒は種類が多いとしかわかっていない。“こちら側”の犠牲者が、単なる衰弱や精神異常、殺人鬼など、状態が各々異なるのは、このせいですな。もちろん、取り憑いた奴のパワーと位によって、症状も変わります。──たとえば、人間離れした力を発揮する、とか」
じろ、と八重の方を見る眼つきは、言葉のタイミングと相俟《あいま》って、実に皮肉でいやらしかったが、八重は気にもせず、
「すると、主人に取り憑いているのは──?」
「かなり難儀な相手でしような」
「揉み出して、殺せるのでしょうか?」
「出してしまうのは、赤ん坊の手を折るほど簡単です。ただ、私は単純に滅ぼす方法を採ってはおりませんが」
「すると──?」
「猫馬」
と蘭城が連れの名を呼んだ。前と少しも変わらぬ口調だったので、さしたる意識もせずに、美しい若者の方を向き、八重と綾乃は、またもや眼を覆う羽目になった。
美青年は、無表情のまま、手にした妖物を頭上より高く上げ、仰向けに口もとに近づけたのである。
ここまでやれば、その後はどうなるかは自明の理だ。それでも、母娘には信じられなかった。
この美青年が、まさか、いやらしく手足を蠢《うごめ》かす生きる汚物を、美しい口で呑みこむとは。
猫馬は噛《か》まなかった。口と食道と胃とが、ほぼ一直線になるよう顔をのけぞらせ、一気にそれを嚥下《えんか》したのである。優雅な眉ひとすじ動かさず、猫馬は口を閉じた。
それから、魂でも抜かれたみたいに、ぼんやりした表情で横たわっている大友に近づいた。
「何を……」
つぶやく綾乃のかたわらで、蘭城が唇に指を当てた。
猫馬が大友の襟を掴んで自分の方を向かせた。母娘の位置からは惚《ほ》れ惚《ぼ》れするような美貌《びぼう》がはっきりと見えた。
その口から何かがのぞいたのである。
「ひい」
と叫んだのは八重の方であった。崩れ落ちる母を蘭城が支えた。綾乃は棒立ちのままだ。
「刺激が強すぎましたかな」
と蘭城がにやにやしながら言った。こういう結果になると承知の上だったらしい。
「妖物を抜き取られた人間は、大抵、自失状態に陥ります。これを治すのに多少の荒療治が必要でしてな。おお、もとに戻ったかね?」
曲がりくねった杖の先で、ばんばん肩を叩かれた大友は、
「やめてくれよお」
と気弱な声を上げた。そのどこにも狂気の翳《かげ》は見当らない。
「いかがです、蘭城流整体術の実力は?」
得意満面──謙虚という言葉など知るものか、といった整体師へ、無礼なことに、賞讃の言葉どころか怯《おび》え切った声が、
「──今のは……一体?」
と訊いた。綾乃である。先生、むっと唇を歪めて、
「いま呑みこんだ虫ですな。それを驚かしに出してみせたわけで」
特別な解説も、綾乃の耳には入らなかったようだ。
はかなげな美貌は、立ち上がった猫馬の口もとを見つめていた。そこからのぞいたものは、一度に消え失《う》せていた。
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