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シャンプー・オン・フライデー 〜長月〜

シャンプー・オン・フライデー 〜長月〜

著: 白井かなこ
発行: モバイルメディアリサーチ
シリーズ: 暦がつむぐ恋物語
価格:210円(税込)
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対応端末:パソコン ソニー“Reader”スマートフォン タブレット
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解説

 暦の移り変わりとともに、あなたに届く恋物語――。
 暦の名をもつ主人公たちがつむぐ淡くせつない恋愛模様。移りゆく季節の風景とともに、孤独をこえて成長する彼女たちの物語に、あなたもきっと共感するはず。

 第一弾・9月(長月)の主役、長子の金曜夜の楽しみは、ひとりラーメンと美容室でのシャンプー。誕生日の夜をひとりで過ごすことになった長子は……。私は目を閉じたまま、シンデレラが魔法でお姫様に変わっていくところを想像した。キレイなドレスに変わる瞬間、彼女も心地よさを感じただろうか。

 気鋭の恋愛小説家・白井かなこがお届けする、暦がつむぐ恋物語たち。陰暦の言葉の美しさと季節の移ろいを味わいながら、大人の恋愛小説を堪能しませんか?

抄録

 九月の異名。
 夜が長くなる「夜長月(よながつき)」から転じた略称。
菊月(きくづき)、寝覚月(ねざめつき)、紅葉月(もみじつき)などの別名もある。
 私はラーメンが好きだ。大好きだ。
 といっても、巷によくいるラーメンマニアではない。
 小さい頃に夢中で読んだ漫画の、ちょっとした場面に登場したキャラクター、小池さんの影響だ。
 小池さんはもじゃもじゃ頭に大きなメガネをかけた男の人で、畳の上にちょこんと座り、ちゃぶ台の上のラーメンをおいしそうに、本当においしそうに食べる。
 器から大きな口に伸びる数本の麺を、ずるりとすする。昭和の香りのする居間にいながら、まるで絶世の美食家のような気品さえ漂わせて。
 私はその場面を見るたびに、とても昂揚した気持ちになった。ラーメンとはそんなにおいしいものなのか、そんなにおいしいラーメンを食べてみたいと。
 以来、カップラーメンもインスタントラーメンも店のラーメンも、私はこよなく愛すようになった。
 けれどまだ、私は小池さんが食べるシーンにでてくるような、おいしいラーメンには出会っていない。
 冬でも夏でも、私はもう、何軒ものラーメン屋ののれんをくぐった。
 そして今夜も“小池さんのラーメン”を探すため、ラーメン屋に入ったというわけだ。

 こうしてカウンターでラーメンを待つ時間も好きだ。
 店主の見事な湯きりさばきを見つつ、小池さんになる自分を想像すると、胸がときめく。口の中が唾液でじんわりとうるおい、空腹のお腹がさらにかきまわされる。
 これからの秋の夜長と、ラーメン屋は相性がいい。
 おいしいしあたたかくなるし、食べるのに時間がかからないから、家に帰ったあとドラマが見られるし、たっぷり本も読める。
「……なあ。あの女、ひとりだよな」
 ささやく声がする。
「そうだな」
「見た目はそんなに悪くなさそうだけど。声、かけられないね」
「ああ。金曜の夜に、ひとりでラーメン屋にくるなんてな」
「最悪」
 うしろの席の、若いふたり連れのサラリーマンだった。筒抜けですよ、こんなに狭いお店なんだから。
 私はラーメンを食べたい。“小池さんのラーメン”を探している。
 小池さんはひとりでラーメンを食べている。だから私もひとりで食べにくる。
 それのどこがいけないっていうの。ひとり暮らしの二十六歳、独身で彼氏もいない女は、休み前の金曜の夜に、ひとりで店のラーメンをすすっちゃいけないっていうの?
 たとえそんな法律ができたとしても、私はラーメンをひとりで食べてやる。この小さなぜいたくを、誰にも邪魔されたくはない。

 どこか意地になってそんなことを考えていたら、ふいに泣きたくなった。
 私はやっぱり、最悪なんだろうか。
 人からそんなふうに見られているのか。
 胸がいっぱいになり、目がうるんできた。
 泣きたい。泣いちゃいたい。お腹がすくと、泣きたくなる。まるで子供のように。
「へい、お待ちぃっ!」
 店主が目の前に、出来あがったラーメンを置いた。
 背油たっぷりのとんこつラーメン。チャーシュー一枚に、生キャベツがたっぷり。おいしそうな湯気をだしている。
 私は洟をすすった。泣いている場合ではない。泣いてなどいたら、麺がのびてしまう。もったいない。
 割り箸を割って「いただきます」とつぶやく。
“小池さんのラーメン”は、こんなに仰々しくない、普通の醤油ラーメンだとも思うけれど、いろんな味を食べて探し当てないと、その憶測の裏づけが取れない。
 麺をすくい、ふうふうと冷まし、熱さと戦いながら食べる。
 一口目はよくわからない。
 二口目、「もしやついに?」という期待が高まる。
 けれど三口目くらいから、これも“小池さんのラーメン”ではないと気づく。
 試しに紅しょうがを入れてみる。うん、違う。あきらかに違う。
 がっかりしつつも、おいしい幸せに包まれ、もういいよと身体からのストップがかかるまで、スープを飲んでしまう。

*この続きは製品版でお楽しみください。

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