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人のセックスを笑うな

人のセックスを笑うな


発行: 河出書房新社
価格:400pt
形式:XMDF形式⇒詳細 
対応端末:パソコン ソニー“Reader”
みんなの評価 ★★★★☆2
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著者プロフィール

 山崎 ナオコーラ(やまざき なおこーら)
 1978〜
 福岡県生まれ。2004年「人のセックスを笑うな」で第41回文藝賞を受賞し、デビュー。デビュー作は、第132回芥川賞の候補作にもなる。他の著書に『浮世でランチ』がある。

解説

 19歳のオレと39歳のユリ。恋とも愛ともつかぬいとしさが、オレを駆り立てた――「思わず嫉妬したくなる程の才能」と選考委員に絶賛された、せつなさ100%の恋愛小説。第四一回文藝賞受賞作。短篇「虫歯と優しさ」を併録。

目次

●人のセックスを笑うな
●虫歯と優しさ

抄録

 ぶらぶらと垂らした足が下から見えるほど低い空を、小鳥の群れが飛んだ。生温かいものが、宙に浮かぶことが不思議だった。
 薄青い空の中、黒い模様になって鳥たちは飛ぶ。途中くるりと旋回して、またオレの立っているバス停目指し、ぎりぎりまで降りてくる。また、旋回。寒い中、君たちは何をやっているのか。
 オレはマフラーを、首が深く埋まるように持ち上げた。カサカサになって破れかけた唇が、同じように乾いている赤いマフラーと擦《こす》れあう。いつも爪でいじくっている唇の皮が、マフラーの起毛にひっかかる。それが、不快なような、ある種の快感のような。何度か首を左右に振って、マフラーに唇を擦り付けた。
 このザクザクした剛毛のマフラーはユリからの誕生日プレゼントだった。手編みではないが、二年前の十二月にもらったときは嬉しかったものだ。
 ユリと会わなくなって、八ヶ月。今年もイエスと同じオレの誕生日が間近になってきた。「今度は手編みをあげるよ」と言っておいて、去年はくれなかった。可能性の薄い今年の意外性をねらって、いきなり新しいマフラーを持って現れたりしてはくれないのだろうか。
 唇もマフラーも指先も乾いているが、空気の乾きを感じることができるオレは、本当は湿った生き物だ。腹の中にはたんまり水がある。心だって重く湿って、温かいんだ。「人間って素晴らしいな」と、ばかみたいなことを考えながら、バスを待っている。

 ユリは睫毛《まつげ》のかわいい女だ。それから目じりのシワもかわいい。なにせオレより二十歳年上なので、シワなんてものもあったのだ。あの、笑ったときにできるシワはかわいかったな。手を伸ばして触ると、指先に楽しさが移るようだった。
 彼女はオレの通う美術の専門学校で講師をしていた。油絵を勉強したかったオレは、高校を出たあと一年間予備校に通ってから、三年制の学校に入った。十九のときにユリと、出会った。デッサンIIの授業の先生だったのだ。そのとき彼女は三十九歳で、まあ、見た目も三十九歳だった。髪は長く真っ黒で、パーマをかけていたけれど、ほったらかしのぼさぼさで、化粧も口紅ぐらいしかしていないようだった。汚れたスモックを着てニコニコ笑っていた。
 授業にはいつも遅れてやってくる。やる気があるようには見えない。それでも冗談の飛び交う授業には人気があった。先生は「猪熊《いのくま》サユリ」というのが本名だったけれど、男の子も女の子も、皆「ユリちゃん」と呼んでいた。
 ほとんどの絵を褒《ほ》めて、厳しい批評はしない。的確なアドバイスもしない。それで先生として良いのかわからないが、それが「ユリちゃん」だった。

 オレの友人の堂本《どうもと》が、ユリちゃんのファンになった、と言い出した。授業の終わったあとにちょくちょくお喋《しやべ》りをしに行った。オレもついて行った。毒にも薬にもならない話をした。
「進路のことが不安なんです」
 堂本が無邪気に話しかける。
「なんとかなるわいな」
 ユリは、そっけなく答える。
「なんとかしてください」
 じゃれるように堂本は言う。
「結婚する?」
 ユリはしれっと笑う。
「結婚してくれるんですか?」
 堂本が無邪気にニコニコするので、かあっとして、
「男が結婚しても進路は開けないだろ」
 と、オレは軽くにらんだ。
「女だってそうだよ。そう考えると進路って何のことかわからなくなるね」
 にらまれたユリは、ちょっとお姉さん口調になって答えた。

 秋の終わりに、小さな飲み会が開かれた。
 主催は堂本で、クラスの何人かと、そしてユリも参加した。
 こんな飲み会に来そうもないユリを、なんとか誘い出した堂本はすごい、彼女が退屈しなければいいが、と思いながら、オレはユリとは少し離れた席に座った。
 ユリは、若い奴に話を合わせながら、穏やかにビールを飲んでいた。毛玉の出来た白の薄手ニットを着ていて、ブラジャーの形がはっきりわかった。ごはんの食べ方が下手で、ぼろぼろこぼしている。酒が進むと頬《ほお》が赤くなって、より老けて見えた。でも声はどんどん甘くなって、目をつぶると中学生のようだ。

*この続きは製品版でお楽しみください。

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