和書>小説・ノンフィクション>ライトノベル>恋愛
著者プロフィール
久美 沙織(くみ さおり)
1959年4月30日、盛岡市生まれ。O型。上智大学文学部哲学科卒業。
79年「水曜日の夢はとても綺麗な悪夢だった」でデビュー。集英社文庫コバルト・シリーズに、「宿なしミウ」「抱いてアンフィニ」「丘の上のミッキー」シリーズなどがある。
また、「MOTHER」「ソーントーン・サイクル」シリーズなどSF・ファンタジーの分野でも傑作を発表。実力派作家として活躍するかたわら、小説家志望者たちの育成にも力を注いでいる。
1959年4月30日、盛岡市生まれ。O型。上智大学文学部哲学科卒業。
79年「水曜日の夢はとても綺麗な悪夢だった」でデビュー。集英社文庫コバルト・シリーズに、「宿なしミウ」「抱いてアンフィニ」「丘の上のミッキー」シリーズなどがある。
また、「MOTHER」「ソーントーン・サイクル」シリーズなどSF・ファンタジーの分野でも傑作を発表。実力派作家として活躍するかたわら、小説家志望者たちの育成にも力を注いでいる。
解説
店の名前は“SPEAK EASY”。大都会の片隅にある、ほんとのモグリ(ダイバー)たちが集まる安酒場。その常連ダイバーの、とっておきのお話…。
「ダイバーしている貴方とは結婚できない」という彼女への、ノブオの決死の純愛ダイビング・プロポーズ。青年タラちゃんが駆け出しイントラ時代に学んだ、厳しくもじんとする“ダイバーの心得”。心優しきKIN坊が、南海で出会った美女に胸を淡くときめかす恋話。そして“姐さん”朱鷺子が海の底で見つけた一遍の詩――。
海を愛する若者たちの、愛と青春、笑いと涙の連作短編集!
「ダイバーしている貴方とは結婚できない」という彼女への、ノブオの決死の純愛ダイビング・プロポーズ。青年タラちゃんが駆け出しイントラ時代に学んだ、厳しくもじんとする“ダイバーの心得”。心優しきKIN坊が、南海で出会った美女に胸を淡くときめかす恋話。そして“姐さん”朱鷺子が海の底で見つけた一遍の詩――。
海を愛する若者たちの、愛と青春、笑いと涙の連作短編集!
目次
第一話 ぽかえり
第二話 イントラ殺し
第三話 誰よりもやさしい彼
第四話 She sells sea shells by the seashore.
第五話 砂のタペストリ
第二話 イントラ殺し
第三話 誰よりもやさしい彼
第四話 She sells sea shells by the seashore.
第五話 砂のタペストリ
抄録
水はなま温いほど暖かく、光にあふれている。スコーンと遠くまでよく見える。青が重なって紺や濃い緑になっていく中に、ソフト・コーラルの奇岩めいた地形が広がっている。ハナダイらしい魚が、すぐそばをちょろちょろ泳ぎ去っていく。もうじき砂地だ。
女のケツなんて眺めてないで、楽しまなきゃ。よく見なきゃ。
砂地の上で、ガイド氏が止まって、こちらを振り向いた。KIN坊はドキッとした。泳ぐよりも、止まるほうがむずかしい。彼女がバランスを失ってドサッと無様に砂地を散らすのが見える気がした。
砂は、舞い上がらなかった。
彼女は両脚を抱き込むようにして方向を変え、こちらに向き直りながらかすかに両手を張ってブレーキをかけた。一瞬の動作でスタビを調節すると、ピンクのヒップがふわっと持ち上がり、すぐに安定する。
静かにホバリングしている彼女は、美しかった。
軽くそらした胸、静かに流してななめになった脚。舟の上で、水着になり、ウエットスーツを着る時には、ジロジロ見るわけにもいかず気がつかなかったのだが、無駄のないきれいなプロポーションだ。水のせいで紫がかったウェアがよく似合っている。マスクのベルトの上に結んだポニー・テールの先が、ゆらゆらと揺れているのも素敵だった。
相手が男なら、うまいとは思っても、きれいだなんて思わない。ぴったりしたスーツでからだの線をモロ見えにさせてるのなんか、見たくもない。どんなグッドな泳ぎかたでも、万が一にも、うっとり見惚れてしまうなんてことはない。だいたい水の中では、なんでもでかく見えるのだ。ムキムキ筋肉のついた野郎など、うっとうしいぐらいだ。
小さくて地味な女だと思っていたのに。
新種の魚を見つけた時のように、KIN坊の胸が高鳴った。
女のひとの潜ってる姿って、こんなにきれいなものなのか。それとも、彼女が特別なのだろうか。
ガイド氏の合図に従って、四人は静かに集合した。指差すほうを見ると、三メートルばかり向こうの地面に、小さな白いツクシンボのようなものがぴょこぴょこ生えている。あわててニコノスを出し、ズームにして見る。チンアナゴだ。あるかないかの水の流れに、ふらりふらり首を揺らしている。
おもしろいことはおもしろいけれども。
あまりに遠くて、あまりに小さくて、どうってことないじゃないか、とつい思えてしまった。
彼女のほうが美しい。
KIN坊のカメラは、左斜め後方にいるはずのピンクの人魚の引力にふらふら揺れ、なかなかシャッターが切れなかった。
次の合図で、そうっとアナゴに近づきながらも、気分は完全にそれていた。カメラをいじるふりをしてわざと遅れ、彼女のフィンを先にやる。大きくゆっくりと水をはさみつけ遠ざかっていく二本の尾鰭(おひれ)。女の脚を下から覗いているような恰好も、恥ずかしいとも思わなかった。
これはそういう趣味のエロスではない。
上がるまでに、何枚か撮らせてもらえるかな。黙って撮ったら悪いだろうか。でも、決まった写真ができたら、喜んでくれると思うし。
プクプクと上がっていく彼女の吐き出すエアの粒までが、今はもう豪華な真珠の首飾りのように見えた。
女のケツなんて眺めてないで、楽しまなきゃ。よく見なきゃ。
砂地の上で、ガイド氏が止まって、こちらを振り向いた。KIN坊はドキッとした。泳ぐよりも、止まるほうがむずかしい。彼女がバランスを失ってドサッと無様に砂地を散らすのが見える気がした。
砂は、舞い上がらなかった。
彼女は両脚を抱き込むようにして方向を変え、こちらに向き直りながらかすかに両手を張ってブレーキをかけた。一瞬の動作でスタビを調節すると、ピンクのヒップがふわっと持ち上がり、すぐに安定する。
静かにホバリングしている彼女は、美しかった。
軽くそらした胸、静かに流してななめになった脚。舟の上で、水着になり、ウエットスーツを着る時には、ジロジロ見るわけにもいかず気がつかなかったのだが、無駄のないきれいなプロポーションだ。水のせいで紫がかったウェアがよく似合っている。マスクのベルトの上に結んだポニー・テールの先が、ゆらゆらと揺れているのも素敵だった。
相手が男なら、うまいとは思っても、きれいだなんて思わない。ぴったりしたスーツでからだの線をモロ見えにさせてるのなんか、見たくもない。どんなグッドな泳ぎかたでも、万が一にも、うっとり見惚れてしまうなんてことはない。だいたい水の中では、なんでもでかく見えるのだ。ムキムキ筋肉のついた野郎など、うっとうしいぐらいだ。
小さくて地味な女だと思っていたのに。
新種の魚を見つけた時のように、KIN坊の胸が高鳴った。
女のひとの潜ってる姿って、こんなにきれいなものなのか。それとも、彼女が特別なのだろうか。
ガイド氏の合図に従って、四人は静かに集合した。指差すほうを見ると、三メートルばかり向こうの地面に、小さな白いツクシンボのようなものがぴょこぴょこ生えている。あわててニコノスを出し、ズームにして見る。チンアナゴだ。あるかないかの水の流れに、ふらりふらり首を揺らしている。
おもしろいことはおもしろいけれども。
あまりに遠くて、あまりに小さくて、どうってことないじゃないか、とつい思えてしまった。
彼女のほうが美しい。
KIN坊のカメラは、左斜め後方にいるはずのピンクの人魚の引力にふらふら揺れ、なかなかシャッターが切れなかった。
次の合図で、そうっとアナゴに近づきながらも、気分は完全にそれていた。カメラをいじるふりをしてわざと遅れ、彼女のフィンを先にやる。大きくゆっくりと水をはさみつけ遠ざかっていく二本の尾鰭(おひれ)。女の脚を下から覗いているような恰好も、恥ずかしいとも思わなかった。
これはそういう趣味のエロスではない。
上がるまでに、何枚か撮らせてもらえるかな。黙って撮ったら悪いだろうか。でも、決まった写真ができたら、喜んでくれると思うし。
プクプクと上がっていく彼女の吐き出すエアの粒までが、今はもう豪華な真珠の首飾りのように見えた。
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