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著者プロフィール
梅津 裕一(うめつ ゆういち)
『妄想代理人』(原作/今敏)『闇魔術師ネフィリス』『アザゼルの鎖』(すべて角川書店・刊)など、著書多数。ダークファンタジーな世界観で読者を魅了する。
『妄想代理人』(原作/今敏)『闇魔術師ネフィリス』『アザゼルの鎖』(すべて角川書店・刊)など、著書多数。ダークファンタジーな世界観で読者を魅了する。
解説
自殺した由佳の最後の手紙。そこには「一人の男を呪い殺してもらうよう、渋谷のある店に依頼してほしい」という内容の遺言が綴られていた。自称地味な女子高生の加藤瞳は、手紙に添えられた地図を頼りに、不慣れな渋谷の街へと足を運ぶ。行き先はアンティーク・ショップ「寿刹堂」。由佳によれば、そこは裏で「呪殺堂」と呼ばれる、憎い相手を呪い殺してくれる店らしい。どうせ単なる都市伝説だろうと半信半疑の瞳だったが、地図が示す路地裏の一画に、その店はあった。実は、瞳には人が死んだ場所や怨念のこもった場所を見抜く霊感がある。その感覚が「ここは絶対によくない場所だ」と拒絶する。だが、死んだ友人の無念を晴らすためと、瞳は意を決して店内に足を踏み入れる。
「いらっしゃい」
若者とも老人とも知れぬ低い嗄れ声。振り返ると、幽鬼じみた白髪に、仮面のような無表情、そして右目だけが青い虹彩異色症《ヘテロクロミア》の瞳。そこには、一種異様な容貌と空気を持つ呪殺堂店主「水無月」がいた。水無月に底知れぬ禍々しさを感じつつも、しだいに彼の世界に引き込まれていく瞳。この男なら、本当に由佳の無念を晴らしてくれるかもしれない。そう確信した彼女は、改めて水無月に由佳の仇の呪殺を依頼する。呪いの本当の恐ろしさを、知りもせずに……。
奇才・梅津裕一が「呪い」の真の恐怖を現代社会の闇からえぐる、異色の書き下ろしホラー!
「いらっしゃい」
若者とも老人とも知れぬ低い嗄れ声。振り返ると、幽鬼じみた白髪に、仮面のような無表情、そして右目だけが青い虹彩異色症《ヘテロクロミア》の瞳。そこには、一種異様な容貌と空気を持つ呪殺堂店主「水無月」がいた。水無月に底知れぬ禍々しさを感じつつも、しだいに彼の世界に引き込まれていく瞳。この男なら、本当に由佳の無念を晴らしてくれるかもしれない。そう確信した彼女は、改めて水無月に由佳の仇の呪殺を依頼する。呪いの本当の恐ろしさを、知りもせずに……。
奇才・梅津裕一が「呪い」の真の恐怖を現代社会の闇からえぐる、異色の書き下ろしホラー!
抄録
もう、深夜十二時は回っているはずだ。
目の前には、古代の墓標のように、高いビルがそびえている。
十二階建てのマンション。かつて、由佳の住んでいたところ。
ぽつぽつと窓に光が見えるが、どの光の中にも由佳はいない。
そのはずだ。
なのに深夜、ここに由佳が現れるという。
幽霊。霊魂。亡霊。
呼び名はさまざまだが、その本質は変わらない。
つまりは超常の存在が──夜中、この場所を彷徨《さまよ》っているという。
由佳の霊。
そんなモノが、本当にいるのか。
息を吐くたびに、目の前に白い霞のようなものが生まれ、すぐに消えていく。耳が痛い。冷たいというより、痛いのだ。
こんな凍えそうな闇の中を、由佳は彷徨っているというのか。
マンションの周囲には、原則として住民以外立ち入り禁止のスペースが、木立に囲まれた公園のようになっている。
瞳は、煉瓦《れんが》造りを模した階段を上り、そのスペースに足を踏み入れた。
何台か車が停められているが、あのあたりに由佳は落ちたらしい。
ふいに、白い人型の輪郭線の内側で、頭から血を流した由佳の姿が見えたような気がした。
気のせいだ。幻視というほど、たいしたものではない。
そもそも、由佳の体はもっとひどい状態だったという話だ。今、一瞬「視えた」テレビドラマで出てくるような綺麗な死体ではなく、四肢はバラバラに飛び散っていたとか……。
「なんで……死ぬ前に、相談してくれなかったの……」
いや、今にして思えば、由佳は密かに救難信号を出していたのではないか。
水無月は、瞳のせいではない、そう思うのは驕《おご》りだ、と言っていた。だが、そう言われても、自分になにかできることがあったのでは……という思いを断ち切れない。
サインを見落とした。だから、由佳は死んだのか。
その翌日、渋谷の寿刹堂に行き、呪殺を依頼してくれとの「遺書」が郵便で送られてきた。
覚悟の自殺。
黒い夜空にそびえるマンションの頂きを見上げる。
由佳はブロイラーではない、空を飛ぶ鳥になれたのだろうか。
もしそうなら、私は──。
ふと、自分の思考に慄然とした。
あるいは、由佳にとっては加藤瞳という人間も「ブロイラーの一羽」に見えていたのかもしれない。
最低だと、瞳は思った。自殺した友人の友情を疑うなど。由佳は、自分を信頼してくれている。だからこそ、遺書をこの自分に送ってくれた。信用しているからこそ……。
でも、由佳はもういない。
難しい文学が好きだった由佳。特に、お気に入りはドストエフスキーだった。『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』を薦められたが、瞳には読破できなかった。正直に言えば、最初の数頁を捲《めく》っただけで「これは無理だ」と諦めた。
(大審問官のところがいいのよね)
由佳の口癖だった。
なんでも、『カラマーゾフの兄弟』という途轍もなく長い小説の中に、そんな一節があるのだという。キリスト教の愛が云々といった内容らしいが、瞳には完全に異世界の話だ。
だが、今はドストエフスキーの文学的世界について考えている場合ではない。今は……。
ふと、背筋がぞくりとした。
なにか──いる。
それは、目には見えない。手でさわることも、たぶんできない。
それでも、目の端のほうに、かすかな光のようなものが──「人の形をして」立っている。
肌がざわっと粟立った。首筋に氷の手で触れられたような冷気が走り、髪の毛が逆立った。
世界から、すっと音が消えていく。いつもの「あの感覚」がやってくる。
まるで、冷たい水で満たされた空間に、体が滑り込んでいくかのような。
いる。
たしかに、なにかがマンションの下をうろついている。経験則から、直視するよりも目の端のほうで捉えたほうが「それは見えやすい」のだと、瞳は知っている。
心臓の鼓動が激しくなっていく。眩暈《めまい》に似た感覚に襲われ、呼吸もしだいに苦しくなって──。
まずい。下手なことをすれば、憑かれる……かもしれない。
寿刹堂の水無月は言っていた。幽霊など存在しない。オカルトなど迂闊に信じるな、と。
だったら、これを──どう説明するのだ?
ここには、絶対になにかいる。白い人影が、彷徨っている。
瞳は、ひどく喉の渇きを覚えた。
幻覚ではない。視界の端には白い、ぼんやりとした人影が、たしかに見える。体が勝手に震える。頭が痛い。あるいは、由佳の苦しみが自分に伝わってきているのか。
由佳。
間違いない。やはり由佳だ。ちゃんと成仏できていないのだ。まだ由佳の霊魂は──。
*この続きは製品版でお楽しみください。
目の前には、古代の墓標のように、高いビルがそびえている。
十二階建てのマンション。かつて、由佳の住んでいたところ。
ぽつぽつと窓に光が見えるが、どの光の中にも由佳はいない。
そのはずだ。
なのに深夜、ここに由佳が現れるという。
幽霊。霊魂。亡霊。
呼び名はさまざまだが、その本質は変わらない。
つまりは超常の存在が──夜中、この場所を彷徨《さまよ》っているという。
由佳の霊。
そんなモノが、本当にいるのか。
息を吐くたびに、目の前に白い霞のようなものが生まれ、すぐに消えていく。耳が痛い。冷たいというより、痛いのだ。
こんな凍えそうな闇の中を、由佳は彷徨っているというのか。
マンションの周囲には、原則として住民以外立ち入り禁止のスペースが、木立に囲まれた公園のようになっている。
瞳は、煉瓦《れんが》造りを模した階段を上り、そのスペースに足を踏み入れた。
何台か車が停められているが、あのあたりに由佳は落ちたらしい。
ふいに、白い人型の輪郭線の内側で、頭から血を流した由佳の姿が見えたような気がした。
気のせいだ。幻視というほど、たいしたものではない。
そもそも、由佳の体はもっとひどい状態だったという話だ。今、一瞬「視えた」テレビドラマで出てくるような綺麗な死体ではなく、四肢はバラバラに飛び散っていたとか……。
「なんで……死ぬ前に、相談してくれなかったの……」
いや、今にして思えば、由佳は密かに救難信号を出していたのではないか。
水無月は、瞳のせいではない、そう思うのは驕《おご》りだ、と言っていた。だが、そう言われても、自分になにかできることがあったのでは……という思いを断ち切れない。
サインを見落とした。だから、由佳は死んだのか。
その翌日、渋谷の寿刹堂に行き、呪殺を依頼してくれとの「遺書」が郵便で送られてきた。
覚悟の自殺。
黒い夜空にそびえるマンションの頂きを見上げる。
由佳はブロイラーではない、空を飛ぶ鳥になれたのだろうか。
もしそうなら、私は──。
ふと、自分の思考に慄然とした。
あるいは、由佳にとっては加藤瞳という人間も「ブロイラーの一羽」に見えていたのかもしれない。
最低だと、瞳は思った。自殺した友人の友情を疑うなど。由佳は、自分を信頼してくれている。だからこそ、遺書をこの自分に送ってくれた。信用しているからこそ……。
でも、由佳はもういない。
難しい文学が好きだった由佳。特に、お気に入りはドストエフスキーだった。『罪と罰』や『カラマーゾフの兄弟』を薦められたが、瞳には読破できなかった。正直に言えば、最初の数頁を捲《めく》っただけで「これは無理だ」と諦めた。
(大審問官のところがいいのよね)
由佳の口癖だった。
なんでも、『カラマーゾフの兄弟』という途轍もなく長い小説の中に、そんな一節があるのだという。キリスト教の愛が云々といった内容らしいが、瞳には完全に異世界の話だ。
だが、今はドストエフスキーの文学的世界について考えている場合ではない。今は……。
ふと、背筋がぞくりとした。
なにか──いる。
それは、目には見えない。手でさわることも、たぶんできない。
それでも、目の端のほうに、かすかな光のようなものが──「人の形をして」立っている。
肌がざわっと粟立った。首筋に氷の手で触れられたような冷気が走り、髪の毛が逆立った。
世界から、すっと音が消えていく。いつもの「あの感覚」がやってくる。
まるで、冷たい水で満たされた空間に、体が滑り込んでいくかのような。
いる。
たしかに、なにかがマンションの下をうろついている。経験則から、直視するよりも目の端のほうで捉えたほうが「それは見えやすい」のだと、瞳は知っている。
心臓の鼓動が激しくなっていく。眩暈《めまい》に似た感覚に襲われ、呼吸もしだいに苦しくなって──。
まずい。下手なことをすれば、憑かれる……かもしれない。
寿刹堂の水無月は言っていた。幽霊など存在しない。オカルトなど迂闊に信じるな、と。
だったら、これを──どう説明するのだ?
ここには、絶対になにかいる。白い人影が、彷徨っている。
瞳は、ひどく喉の渇きを覚えた。
幻覚ではない。視界の端には白い、ぼんやりとした人影が、たしかに見える。体が勝手に震える。頭が痛い。あるいは、由佳の苦しみが自分に伝わってきているのか。
由佳。
間違いない。やはり由佳だ。ちゃんと成仏できていないのだ。まだ由佳の霊魂は──。
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