和書>小説・ノンフィクション>ノンフィクション>エッセイ・随筆
著者プロフィール
北 杜夫(きた もりお)
本名・斎藤宗吉。昭和2年(1927)、東京に生まれる。父は歌人の斎藤茂吉。昭和23年、旧制松本高校(理乙)卒業。昭和27年、東北大学医学部卒業。神経科専攻。医学博士。昭和35年「夜と霧の隅で」で芥川賞受賞。同時期に「どくとるマンボウ航海記」を刊行、その名を広く知られる。
「どくとるマンボウ青春記」などのマンボウ・シリーズをはじめ、「楡家の人びと」「木精」「怪盗ジバコ」「まっくらけのけ」など著書多数。
本名・斎藤宗吉。昭和2年(1927)、東京に生まれる。父は歌人の斎藤茂吉。昭和23年、旧制松本高校(理乙)卒業。昭和27年、東北大学医学部卒業。神経科専攻。医学博士。昭和35年「夜と霧の隅で」で芥川賞受賞。同時期に「どくとるマンボウ航海記」を刊行、その名を広く知られる。
「どくとるマンボウ青春記」などのマンボウ・シリーズをはじめ、「楡家の人びと」「木精」「怪盗ジバコ」「まっくらけのけ」など著書多数。
解説
「オオマツヨイグサが花をひらくときには、かなりの音を発すると俗間に伝えられている。たしか小学校の読本にのっていた誰かの随筆がそのことにふれていた。まずいことに、はたして音がしたのか、それともしなかったのか、どう書いてあったかを忘れてしまった。」―――様々な野の花にふれた幼い頃の思い出が語られる花物語ほか、オホーツクの氷海をゆく航海日誌などの紀行文、あふれるユーモアで女性について綴るエッセイ、「宵」「童女」「意地悪爺さん」等のショートショート集による4部構成。
目次
1
小さな空色の花
さまざまな青葉わか葉
月見草のことなど
霧とサルオガセ
高山に咲く花々
2
どくとるマンボウ氷海をゆく
トビウオ休みのある島
果物の島の思い出
ひもじい頃の思い出
嫉妬
3
女性ばんざい
食べるが勝ち
食卓の風景
天下の美味
女の執念
怖ろしい女
悪口について
赤ん坊と女
4
宵
童女
うつろの中
百蛾譜
港にぎらつく日が
推奨株
月世界征服
処女
贅沢
意地悪爺さん
小さな空色の花
さまざまな青葉わか葉
月見草のことなど
霧とサルオガセ
高山に咲く花々
2
どくとるマンボウ氷海をゆく
トビウオ休みのある島
果物の島の思い出
ひもじい頃の思い出
嫉妬
3
女性ばんざい
食べるが勝ち
食卓の風景
天下の美味
女の執念
怖ろしい女
悪口について
赤ん坊と女
4
宵
童女
うつろの中
百蛾譜
港にぎらつく日が
推奨株
月世界征服
処女
贅沢
意地悪爺さん
抄録
午後二時、相当の氷海である。前方も両舷も白一色で、それでもところどころに亀裂、割れ目があり、海が覗いている。定点観測のため停船した。
バルジからハシゴがおろされる。技術陣が氷上に降り立つ。スリッパ姿の私も慌てて半長靴にはきかえ、氷板の上におりる。割目の上にもハシゴが渡され、むこうの広い氷板に移る。氷の上には雪が十センチほど積っている。柔かく、ずぶずぶともぐる。低温研究室の人たちは鋸(のこぎり)で氷塊を四角く採集する。厚いところで七十五センチとのことであった。
宗谷の乗組員も次々に降りてきて、雪の上で雪玉を投げたり、あちこちで記念撮影をはじめる。
「南極みたいだ」と皆はしゃいでいる。空は青く澄み、下界は一面にきらきらし、まぶしく、サングラスをかけねばいられない。
私もまた幾枚もの写真をとった。いつか、孫の前で、あるいは養老院の仲間の前で、私は得意顔にその写真を示すことであろう。
「これは、わしが若いころ、南極と北極の両方へ行ったときの写真でな。あのころはわしもまだ元気じゃった」
学者たちは、最後に雪上に緑色の色素をまく。のちのち氷の移動を調べるためだ。しかも船橋から眺めると、それはわずかな面積にすぎず、これが岸まで流れつくのを、あるいは航空機から再発見するのはなかなか困難であろうと思われる。
――そうして、ふただび宗谷は動きだす。宗谷海峻を出外れるところで、いよいよこれからオホーツク海へ入る。船首から覗くと、平らかな氷板が現れ、そこに舳先(へさき)がぶつかり、にぶい、底ごもる音響と共に、氷の上に幾条かの亀裂が走る。或る氷板はわきにおしのけられ、或る氷板は船底に沈み、そうして宗谷は進んでゆく。気持よく、実に快く、氷が割れてゆき、船は快調に進むこともある。しかし、大きな一枚氷の前で速度がにぶり、停滞し、ほとんど止ってしまいそうなときもある。だが、やがてゆっくりと、その一枚氷は側方へおしやられ、船は徐々に推進力をとり戻す。二、三度、船が停ってしまい、後進をかけて少しバッククし、針路を変えて動きだす、というようなこともあった。
たしかに、宗谷はこうした氷海に乗り入れられる日本で唯一の砕氷船であるが、それほどたくましい砕氷能力を有しているわけではない。馬力も少なく、――宗谷は四千八百馬力だが、氷海を動いているとき一万馬力は要るなと機関長がいった――トン数も不足である。南極ではさぞかし苦労をしたことであろう。改造してバルジをつけたが、これは氷におしつぶされることは防ぐが、これに海氷を注入して左右にゆさぶって氷を割るという点ではほとんど効果がなかったと聞く。ソ連のオビ号などになると、トン数が遥かに多く、舳先自身が刃物のように鋭利になっていて、ゆうゆうと厚い氷面を割ってゆくそうだ。
私は船長に二私案を示した。一つは船首にノコギリをつけるというので、もう一つはヤカンに湯をわかし、船首から氷面にたらすという案である。船長に言わせると、双方ともまっとうな実際的な案で、事実鋸をつけた砕氷船もあったし、宗谷にも熱い水蒸気をふきだす装置が――大層水と撚料をムダにするので滅多に使えぬが――あるのだそうである。
船室に戻ると、舷側をする氷塊のきしるようなひびきが伝わってくる。そして、この原稿を書こうとして万年筆をとると、指がかじかんでいてうまく字が書けない。どうして楽でもないのである。
夕刻近く、氷は次第に密度を増してきた。すでに、奇怪な姿に複雑に凹凸を見せる――これをハンモックするという――流氷はあまり隙間も見せず密集している。石田助教授によれば、流氷原といって差支えないということであった。
「なかなか立派ですな、オホーツクの氷も」
「いや、相当に立派です」
甲板長の口調にも、かなり氷に対する尊敬の念がこめられてきた。(「どくとるマンボウ氷海をゆく」より)
バルジからハシゴがおろされる。技術陣が氷上に降り立つ。スリッパ姿の私も慌てて半長靴にはきかえ、氷板の上におりる。割目の上にもハシゴが渡され、むこうの広い氷板に移る。氷の上には雪が十センチほど積っている。柔かく、ずぶずぶともぐる。低温研究室の人たちは鋸(のこぎり)で氷塊を四角く採集する。厚いところで七十五センチとのことであった。
宗谷の乗組員も次々に降りてきて、雪の上で雪玉を投げたり、あちこちで記念撮影をはじめる。
「南極みたいだ」と皆はしゃいでいる。空は青く澄み、下界は一面にきらきらし、まぶしく、サングラスをかけねばいられない。
私もまた幾枚もの写真をとった。いつか、孫の前で、あるいは養老院の仲間の前で、私は得意顔にその写真を示すことであろう。
「これは、わしが若いころ、南極と北極の両方へ行ったときの写真でな。あのころはわしもまだ元気じゃった」
学者たちは、最後に雪上に緑色の色素をまく。のちのち氷の移動を調べるためだ。しかも船橋から眺めると、それはわずかな面積にすぎず、これが岸まで流れつくのを、あるいは航空機から再発見するのはなかなか困難であろうと思われる。
――そうして、ふただび宗谷は動きだす。宗谷海峻を出外れるところで、いよいよこれからオホーツク海へ入る。船首から覗くと、平らかな氷板が現れ、そこに舳先(へさき)がぶつかり、にぶい、底ごもる音響と共に、氷の上に幾条かの亀裂が走る。或る氷板はわきにおしのけられ、或る氷板は船底に沈み、そうして宗谷は進んでゆく。気持よく、実に快く、氷が割れてゆき、船は快調に進むこともある。しかし、大きな一枚氷の前で速度がにぶり、停滞し、ほとんど止ってしまいそうなときもある。だが、やがてゆっくりと、その一枚氷は側方へおしやられ、船は徐々に推進力をとり戻す。二、三度、船が停ってしまい、後進をかけて少しバッククし、針路を変えて動きだす、というようなこともあった。
たしかに、宗谷はこうした氷海に乗り入れられる日本で唯一の砕氷船であるが、それほどたくましい砕氷能力を有しているわけではない。馬力も少なく、――宗谷は四千八百馬力だが、氷海を動いているとき一万馬力は要るなと機関長がいった――トン数も不足である。南極ではさぞかし苦労をしたことであろう。改造してバルジをつけたが、これは氷におしつぶされることは防ぐが、これに海氷を注入して左右にゆさぶって氷を割るという点ではほとんど効果がなかったと聞く。ソ連のオビ号などになると、トン数が遥かに多く、舳先自身が刃物のように鋭利になっていて、ゆうゆうと厚い氷面を割ってゆくそうだ。
私は船長に二私案を示した。一つは船首にノコギリをつけるというので、もう一つはヤカンに湯をわかし、船首から氷面にたらすという案である。船長に言わせると、双方ともまっとうな実際的な案で、事実鋸をつけた砕氷船もあったし、宗谷にも熱い水蒸気をふきだす装置が――大層水と撚料をムダにするので滅多に使えぬが――あるのだそうである。
船室に戻ると、舷側をする氷塊のきしるようなひびきが伝わってくる。そして、この原稿を書こうとして万年筆をとると、指がかじかんでいてうまく字が書けない。どうして楽でもないのである。
夕刻近く、氷は次第に密度を増してきた。すでに、奇怪な姿に複雑に凹凸を見せる――これをハンモックするという――流氷はあまり隙間も見せず密集している。石田助教授によれば、流氷原といって差支えないということであった。
「なかなか立派ですな、オホーツクの氷も」
「いや、相当に立派です」
甲板長の口調にも、かなり氷に対する尊敬の念がこめられてきた。(「どくとるマンボウ氷海をゆく」より)
本の情報
この本を読んだ人は、こんな本も読んでいます
形式
【XMDF形式】
XMDFデータをご覧いただくためには専用のブラウザソフト・ブンコビューア最新版(無料)が必要になります。ブンコビューアはここから無料でダウンロードできます。
詳しくはブンコビューアダウンロード初めての方へをご覧下さい。
対応端末欄に「ソニー“Reader”」と表示されている作品については、eBook Transfer for Readerで“Reader”にファイルを転送する事で閲覧できます。
海外版の“Reader”は対応しておりませんので予めご了承くださいませ。
【bookend形式】
この書籍は、商品の初回閲覧時に必要ソフト「bookend」(無料)を手動インストールする必要があります。
詳細はbookend形式のご利用方法をご覧下さい。
bookend形式の書籍をご覧いただくためにはAdobe Reader最新版(無料)が必要になります。Adobe Reader最新版はここから無料でダウンロードできます。


























