和書>小説・ノンフィクション>ボーイズラブ小説>兄弟
著者プロフィール
義月 粧子(よしづき しょうこ)
7月12日生まれ。京都市出身。
7月12日生まれ。京都市出身。
解説
幼いころから病弱だった愁は、スポーツ・学業ともに優秀な兄・祐瑚を愛していた。いつしか恋愛感情にまで高まってしまった思慕を後ろめたく思う愁だったが、大学進学を機にふたり暮らしをすることになる。兄への秘密を隠したまま、おだやかな生活を送る兄弟だったが、同性と関係を持っていることを兄に知られてしまい……。
目次
OWN BROTHER
蜜月
ホーム・スウィート・ホーム
蜜月
ホーム・スウィート・ホーム
抄録
スクーターをマンションの駐輪場に止めて、湫はすぐ近くに祐瑚のランチア・テーマがあるのに気づいた。
自分が帰宅するより先に祐瑚が戻っていることは滅多にない。今日は早かったのかな、などと思いながらエレーベーターに乗り込んだ。
部屋の扉を開けると、リビングルームの照明が点いていた。
「兄さん? ただいま」
声をかけながらリビングのドアを開ける。
煙草の煙とむっとするアルコール臭に、湫は思わず眉を顰めた。
「遅かったな」
ゆっくりと振り返った祐瑚は滅多に見せることのないほどの不機嫌な顔をしていた。湫の表情がいっぺんに強張(こわば)る。
「…座れよ」
顎でソファを示す。
「兄さん?」
「ぐずぐずするな」
促されておどおどと従うと、祐瑚から邪険にウイスキーを注いだグラスを押しつけられる。
「飲めよ」
「兄さん、どうかしたの?」
「いいから飲めって」
とても拒絶できるようなムードではないので、大人しく口をつけた。
「今までどこにいた?」
「え…?」
同居生活を始めてから、祐瑚が湫のプライバシーに口出ししたのは初めてのことだった。
湫は状況がよく把握できずに、困惑げにちらと上目遣いで祐瑚を見る。
不意に祐瑚が火を点けたばかりの煙草を灰皿で揉み消すと、ぐっと湫に詰め寄った。
「『ピクチャーズ』って聞いたことあるな?」
湫の顔がそれとわかるほど変わった。
「男と遊んでたのか?」
祐瑚がそう云った途端、湫の手からグラスが滑り落ちた。残ったウイスキーがカーペットに染みを作る。
湫の顔は蒼ざめ、唇は小刻みに震えている。
祐瑚に知られるとはまったく想像もしていなかっただけに、湫はまったく心の準備ができていなかった。
自分が人目を引くという自覚がなく、クラブに月数回通うくらいで誰かが自分に注意を払うことは特にないだろうと思っていた。たとえ覚えている人間が何人か居たところで、ゲイクラブで会った男の話をゲイ仲間以外にはしないだろう。
「やっぱりそうか」
祐瑚は苦々しく吐き出す。
岩田の話は胡散臭(うさんくさ)いと思ったが、それでも店の名前まで出されるとどうにも気になった。
そして結局そのクラブに行ってしまったのだ。スタッフにそれとなく話をすると、湫を知っている常連を教えてくれた。それでもまだ半信半疑だったのだが、常連のひとりから胸に残る大きな手術痕のことを聞かされた。
それを聞いてもまだ信じられなかった。
今もし湫が否定してくれたら、彼を信じるつもりだった。
「…こんな話、素面(しらふ)でできないよな」
そう云ってグラスを呷(あお)る。湫にはそれを止めることもできなかった。
「なんとか云ったらどうだ?」
そう云われても、湫は全身が凍り付いたように動かない。
「…否定しないんだな。つまり、男の集るクラブで男漁(あさ)って手当たり次第に男と寝てたって云うんだな?」
軽蔑しきった目で見られて、湫はそのまま消えてしまいたかった。
「ガキっぽいツラして大した奴だな」
湫の顎に手をかけて無理矢理自分の方を向かせ、反射的に逃れようとする湫の唇を自分のそれで塞(ふさ)いだ。
「兄さ…ん」
湫は震える声で云った。なぜ兄が自分にキスをしたのか意味がわからない。
再び唇が塞がれて、祐瑚の舌が湫の歯列を割る。湫は事態がわからないまま、それでも全身の力が抜けていくのを感じた。
祐瑚の指が湫のシャツのボタンを外す。湫の裸の胸にはいくつものキスマークの跡があった。祐瑚はそれに目を止めると、軽蔑したように鼻で笑ってみせた。
「…男にこんなものつけられて善がってるのか?」
吐き捨てるように云って、そのキスマークを指でなぞった。
湫は抵抗することができずにいた。
今のことが現実だという実感がなかった。夢にさえ見てはいけないことだったはずだ。それなのに、ずっとこの指を知っていたような気がする。
だから、湫には抵抗できるわけがなかった。
しかしこの男は本当は誰なのだろうか。いつものように祐瑚に置き換えている身代わりの相手なのかもしれない。
*この続きは製品版でお楽しみください。
自分が帰宅するより先に祐瑚が戻っていることは滅多にない。今日は早かったのかな、などと思いながらエレーベーターに乗り込んだ。
部屋の扉を開けると、リビングルームの照明が点いていた。
「兄さん? ただいま」
声をかけながらリビングのドアを開ける。
煙草の煙とむっとするアルコール臭に、湫は思わず眉を顰めた。
「遅かったな」
ゆっくりと振り返った祐瑚は滅多に見せることのないほどの不機嫌な顔をしていた。湫の表情がいっぺんに強張(こわば)る。
「…座れよ」
顎でソファを示す。
「兄さん?」
「ぐずぐずするな」
促されておどおどと従うと、祐瑚から邪険にウイスキーを注いだグラスを押しつけられる。
「飲めよ」
「兄さん、どうかしたの?」
「いいから飲めって」
とても拒絶できるようなムードではないので、大人しく口をつけた。
「今までどこにいた?」
「え…?」
同居生活を始めてから、祐瑚が湫のプライバシーに口出ししたのは初めてのことだった。
湫は状況がよく把握できずに、困惑げにちらと上目遣いで祐瑚を見る。
不意に祐瑚が火を点けたばかりの煙草を灰皿で揉み消すと、ぐっと湫に詰め寄った。
「『ピクチャーズ』って聞いたことあるな?」
湫の顔がそれとわかるほど変わった。
「男と遊んでたのか?」
祐瑚がそう云った途端、湫の手からグラスが滑り落ちた。残ったウイスキーがカーペットに染みを作る。
湫の顔は蒼ざめ、唇は小刻みに震えている。
祐瑚に知られるとはまったく想像もしていなかっただけに、湫はまったく心の準備ができていなかった。
自分が人目を引くという自覚がなく、クラブに月数回通うくらいで誰かが自分に注意を払うことは特にないだろうと思っていた。たとえ覚えている人間が何人か居たところで、ゲイクラブで会った男の話をゲイ仲間以外にはしないだろう。
「やっぱりそうか」
祐瑚は苦々しく吐き出す。
岩田の話は胡散臭(うさんくさ)いと思ったが、それでも店の名前まで出されるとどうにも気になった。
そして結局そのクラブに行ってしまったのだ。スタッフにそれとなく話をすると、湫を知っている常連を教えてくれた。それでもまだ半信半疑だったのだが、常連のひとりから胸に残る大きな手術痕のことを聞かされた。
それを聞いてもまだ信じられなかった。
今もし湫が否定してくれたら、彼を信じるつもりだった。
「…こんな話、素面(しらふ)でできないよな」
そう云ってグラスを呷(あお)る。湫にはそれを止めることもできなかった。
「なんとか云ったらどうだ?」
そう云われても、湫は全身が凍り付いたように動かない。
「…否定しないんだな。つまり、男の集るクラブで男漁(あさ)って手当たり次第に男と寝てたって云うんだな?」
軽蔑しきった目で見られて、湫はそのまま消えてしまいたかった。
「ガキっぽいツラして大した奴だな」
湫の顎に手をかけて無理矢理自分の方を向かせ、反射的に逃れようとする湫の唇を自分のそれで塞(ふさ)いだ。
「兄さ…ん」
湫は震える声で云った。なぜ兄が自分にキスをしたのか意味がわからない。
再び唇が塞がれて、祐瑚の舌が湫の歯列を割る。湫は事態がわからないまま、それでも全身の力が抜けていくのを感じた。
祐瑚の指が湫のシャツのボタンを外す。湫の裸の胸にはいくつものキスマークの跡があった。祐瑚はそれに目を止めると、軽蔑したように鼻で笑ってみせた。
「…男にこんなものつけられて善がってるのか?」
吐き捨てるように云って、そのキスマークを指でなぞった。
湫は抵抗することができずにいた。
今のことが現実だという実感がなかった。夢にさえ見てはいけないことだったはずだ。それなのに、ずっとこの指を知っていたような気がする。
だから、湫には抵抗できるわけがなかった。
しかしこの男は本当は誰なのだろうか。いつものように祐瑚に置き換えている身代わりの相手なのかもしれない。
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