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まぼろしの邪馬台国 第2部 伊都から邪馬台への道

まぼろしの邪馬台国 第2部 伊都から邪馬台への道

著: 宮崎康平
発行: 講談社
シリーズ: まぼろしの邪馬台国
価格:578円(税込)
10ポイント還元
形式:ドットブック形式⇒詳細 
対応端末:パソコン 
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著者プロフィール

 宮崎 康平(みやざき こうへい)
 1917〜1980
 長崎県生まれ。早稲田大学文学部卒業。元島原鉄道代表取締役。文学の道を志すも、兄の戦死により、帰郷、家業を継ぐ。三十代前半で失明。1965年、「まぼろしの邪馬台国」を「九州文学」に連載開始。1967年、同書で第一回吉川英治賞を、夫婦で受賞。晩年、長崎・土と文化の会会長などを務める。1980年、死去。

解説

 邪馬台国はどこにあったのか――有明海沿岸に古代の夢を馳せた在野の一研究者。途中、失明の悲運にみまわれながら、約30年の辛苦の末に一つの結論に到達する。この2部は果てしなき研究物語であると同時に、妻の声を「聞く」ことによって、魏志倭人伝などを解析した一人の非凡な日本人の生活記録でもあるのだ。

目次

第一章 東南陸行
一 末盧国
二 伊都国
三 糸島水道
四 邪馬台軍の基地
第二章 金印と稲
一 誤ってはならぬ邪馬台国への道標
二 奴国と不弥国
三 弥生文化の開花地
四 奴国と不弥国の中心地
五 イネつくりと稲城
六 二つの金印
七 奴国と仲哀天皇
八 神話と観光
第三章 プラモデルの国々
一 目の前に並んでいた邪馬台連合
二 和名抄の啓示
三 国名比定の三条件
第四章 筑後川流域にひろがっていた国々
一 烏奴国
二 支惟国
三 巴利国
四 躬臣国
五 邪馬国
第五章 菊池川から阿蘇をめぐる国々
一 鬼奴国
二 為吾国
三 鬼 国
四 華奴蘇奴国
五 呼邑国
六 蘇奴国
七 対蘇国
第六章 緑川から八代海沿岸の国々
一 姐奴国
二 不呼国
三 好古都国
四 投馬国
五 狗奴国
第七章 高塚古墳の畿内発生説が崩れる日
一 神話への復帰
二 ある日の古墳捜しから
三 壺形土師器が示唆するもの
四 静かに眠る女王の遺体
五 日本で最後に夕日の沈む島
第八章 有明海の西岸へもひろがる邪馬台連合
一 邪馬台連合の南限と配列の分岐点
二 弥奴国
三 郡支国
四 伊邪国
五 已百支国
六 斯馬国
第九章 女王の都する国
一 金印への思慕
二 邪馬台国諸論への提言
三 南は南
四 邪馬台国
五 実証の水行十日
六 筑紫の碑文
第十章 邪馬台国の展望
一 予期せざる傍証
二 黄海北路、黄海南路
三 神話と史実
四 石鍋の秘密

抄録

 長々と述べてきた第一部の「白い杖の視点」で、読者はおよそ古代史に対する基本的な私の考え方について理解されたと思う。
 いよいよ伊都をふり出しに、邪馬台国への旅にのぼるのだが、その前にちょっと末盧国や伊都国について、従来の説と私の考えにくいちがいがあるので、まずそのことから述べておこう。
 末盧を、たいていの人が後年の松浦なるマツラであるとして、すぐ結果論的にきめてしまう。松浦があるから末盧があるのではなく、末盧国があったから松浦が生まれたのである。
 現在の松浦という言葉と用字は、いまの地形や風景をいい得て妙である。だからといって、末盧の意味が松の浦を意味しないことは、過去の用字の変遷で明らかである。
 肥前国風土記に、神功皇后が新羅を討とうとして、この地の玉嶋の小川の畔で戦勝の占いに鮎を釣られた物語がある。飯粒を鉤につけて川に投げ入れたところが、すぐに鮎がかかったので、「あなめずらしきもの」といわれた。そこで、希見の国というようになった。「今は訛りて松浦の郡という」と記載されている。
 ばかげた話と思ってはならない。邪馬台国時代から五百年を経た奈良朝時代には、松浦なる文字を使用していたことと、マツラの語源が当時、何であるか、すでにわからなくなっていたか、わからせまいとしたかのいずれかであろう。
 もっとも記紀や風土記の文中には「ヨコナマれるものなり」という表現が、うんざりするほど出現する。単純な地名の縁起と考えて、稚気愛すべきなどと思ったら、とんだ見当ちがいだ。
 このヨコナマれると記載された部分が、いちばんうさんくさいのである。私は、かつてこのヨコナマれる個所だけを、記紀や風土記から抜き出して、もっぱら考えたことがある。「ヨコナマれるものの研究」といった題をつけて一冊の本を出してもいいくらいだ。
 とぼけて事実を隠蔽しようとしたり、つごうの悪いことをいかにももっともらしく、記紀や風土記の編者が、むりに努力してこじつけている。そんなところがひじょうに多いのである。もし読者も記紀、風土記を読んでいて、ヨコナマれると出てきたら、その前後を注意して、裏からひっくりかえして考えてみると、作為の意味がわかるはずだ。
 だから、末盧の意味も、当時はまだわかっていたのかもしれない。あるいはわからなくなっていたのか、とにかく疑問に値することだけは確かである。

*この続きは製品版でお楽しみください。

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