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愛なら売るほど

愛なら売るほど

著: 榎田尤利
発行: リブレ出版
レーベル: ビーボーイノベルズ シリーズ: マンガ家愛なら売るほど
価格:683円(税込)
10ポイント還元
形式:MEDUSA形式⇒詳細
対応端末:パソコン スマートフォン タブレット
みんなの評価 ★★★★☆40
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著者プロフィール

 榎田 尤利(えだ ゆうり)
 7月16日生まれ。蟹座のO型。出身地は東京都。

解説

 高らかに愛を謳い、真実の愛を求める彷徨人、その名は麗奈──流行語大賞獲得、社会現象ともなった大ヒットマンガ『愛売る』の作者・泉は、十年ぶりに出席した同窓会で、高校時代から想い続けていた飴屋と再会する。変わらず素敵な彼が自分を覚えていてくれたことに浮かれる泉だったが、「真実の愛なんて興味ないね」という言葉にはちょっぴり傷ついて……。マンガ家シリーズにキャンディ先生登場! 鬼担当・橘編とアノ夜の後日談あり。

目次

愛なら売るほど
愛ならいらない
愛ならひとつだけ

抄録

「恋愛なんて、結局は打算だろ」
「そんなことはないよ」
 ふふん、と飴屋が意地悪く笑う。
「そんなことはない気がしてるだけなんだよ。最初のうちは特にきっちり洗脳されてる。恋愛なんてのは、しょせん他人と自分を限りなく同一視する、言ってみりゃ自己愛の変形だ。だから相手が自分の思う通りにならないと、だんだんうまくいかなくなってくる」
「む、難しいことはわかんないけど……」
「難しくなんかないだろ」
 ポテトチップスで汚れた指先をぺろりと舐めて飴屋は言った。その舌の動きにじっと見入ってしまう泉もかなり酔いが回って、上半身がぐらぐらし始めた。
「簡単に言えば、愛なんて気のせい、ってことだ」
 気のせい。
 あまりと言えば、あまりに刹那的な言葉に、泉はなんとも悲しい気分になってきた。
「じゃ……飴屋は自分の彼女に『気のせいだけど、愛してるよ』って言うの?」
「はは。『愛してる』なんて言わないぜ俺は。正直者だからな。今夜は一緒にいたい、とは言うけどそれは嘘じゃない」
「そんなの、ずるいじゃないか」
「大人はずるいもんだ。けど、ちゃんと相手は選ぶぞ。あとあと揉めない大人の女としかつきあわない。すぐ泣き出すような幼稚な女は論外だ」
「それって、本気にならないように逃げてるだけに聞こえるよ」
 酒で目の端を赤くした飴屋がふざけた調子で「ご明察」と嘯く。
「俺は本気になんかならない。なったことがないから、どうやったらそういう気持ちになるのかもわからない。綺麗な女と食事に行くのは好きだ。セックスも好きだ。でもどうしても、その女じゃなきゃだめかって聞かれたら、そんなことはないぜ?」
「そんなの、恋愛じゃないよっ」
 一升瓶を抱きしめながら泉が抗議する。ちゃぽんと中で揺れた日本酒は、思っていたよりも減っていた。
「好きって気持ちは、なんていうか……どうしようもないものなんだよ。本気になるとかならないとか、自分で選べるわけじゃない。どんなに苦しくても、自分の中から『好き』がなくならない。なくなってくれればどんなに楽だろうと思っても……だめなんだよ」
 おお、語るねえと飴屋は笑う。
「ほんとに好きなら、ひとりだけ、その人だけ……ずっと、ずっと想い続けられるものだよ。たとえば、十年なんかアッという間だ」
 泉の酔いはかなりまずいところまでいっていたのだが、それに気づかないのが酔っぱらいというものである。
「そうは言うけどなあ、恋愛はワインじゃねえんだからさあ、十年だの百年だの寝かしたってしょうがねえだろ。女なんかすぐシワシワだし、こっちだって腹の出たオッサンになっちまう。現実的じゃねえよ。……あ、おまえ今まで女とつきあったことないのか? もしかして童貞か?」
「なっ、ち、違うよ!」
 本当は違わない。
 女性と性的な関係を持ったことがないのを童貞と言うならば、泉は該当してしまう。ただし、泉とて聖人君子ではないので、男性相手ならばそれなりの経験はしてきた。残念ながら、どれも短いつきあいではあったが。
「経験は関係なくて! ひとりの人を長いこと想ってる人は、たくさんいるよっ」
「いないとは言わないけどさ。俺には無理だね。つまんないじゃないか、ひとりだけなんて」
「つまんないとか、そういう問題じゃ」
 うるせえなあ、と飴屋が泉から一升瓶を取り上げる。そして自分の湯飲みを満たし、ぐいと勢いよく呷った。
「俺はね、恋愛なんかに束縛されたくねえの。自由でいたいの。しかも心の広い男だから、いろんな女の子とつきあえちゃうの。色恋沙汰くらいで、いちいち麗奈みてえに大騒ぎしないんだよ。なんだっけ、三巻でだっけ? 不倫相手と初めてキスしただけで大騒ぎだったよな。えーと、『この瞬間、私の心の堤防は決壊し怒濤の愛が』?」
「『怒濤の愛が、胸をせり上げるように流れ込んできたのです。ああ、私の心臓よ、右心室よ左心房よ! この口づけは罪、さあ罪の鼓動を刻みなさい!』……だよ」
 担当の橘が「右心房と左心室はどうするんだ」と爆笑していたネームだからよく覚えていた。
「それそれ。さすがオタ、よく覚えてるな」
「……麗奈にとっては、そんくらい大切なキスだったんだよ」
「たかがキスだろー」
「たっ、たかがじゃないよ!」
「顔がぶつかるようなもんだ、あんなの」
「違う、麗奈はあの時……」
「ああもう、うっせーな」
 ドン、と酒瓶を床に置き、飴屋は腕を伸ばす。泉は後頭部の髪をむんずと掴まれ、ぐいと引き寄せられた。
 間近に飴屋の端正な顔がある。
 どんどん近づく。
 近すぎて、目の焦点が合わなくなる。あ、吐息が日本酒の匂いだ、と思った。
 ちゅっ、と小さな濡れた音。
 なにごともなかったかのように飴屋が離れる。
「な、わかっただろ」
 わからない。
 なにが起きたのか、泉にはわからなかった。いやわかっていたが、信じがたかった。
「俺にとっちゃキスなんてなんでもねーんだよ。野郎のおまえ相手にだってできる程度のことなわけ」
 キス。
 飴屋が、キスをした。
 嘘。なんで。そんなバカなことが。なぜ。だって……たかがキスだから。
 泉は立ち上がった。

*この続きは製品版でお楽しみください。

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