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著者プロフィール
野阿 梓(のあ あずさ)
1954年、福岡生まれ。西南学院大学文学部卒業。
1979年、ハヤカワSFコンテストで「花狩人」第1席入選。1984年、短編集「花狩人」を上梓。主な著作は「武装音楽祭」「兇天使」「バベルの薫り」「緑色研究」「バベルの薫り」「月光のイドラ」など多数。
日本SF作家クラブ所属。
1954年、福岡生まれ。西南学院大学文学部卒業。
1979年、ハヤカワSFコンテストで「花狩人」第1席入選。1984年、短編集「花狩人」を上梓。主な著作は「武装音楽祭」「兇天使」「バベルの薫り」「緑色研究」「バベルの薫り」「月光のイドラ」など多数。
日本SF作家クラブ所属。
解説
『銀河赤道祭』の狂熱が高まる豪華客船ベオウルフ号で、宙難審判庁理事官ザウバーは、かつて妻の命を奪った男オージュールと再会した。彼は行政の暗黒面で孤独な戦いを続ける銀河連邦のGメン。復讐に燃えるザウバーに、オージュールは意外な事実を告げる――。
漂泊の宇宙都市を揺るがす権力闘争と“人狼”事件。廃星デヴォンの調査隊を襲った恐るべき災厄。そしてオージュールがふとしたことから拾った青い髪の少年リュシアン。謎のすべてがそろった今、運命の輪は静かに回りはじめた…。
漂泊の宇宙都市を揺るがす権力闘争と“人狼”事件。廃星デヴォンの調査隊を襲った恐るべき災厄。そしてオージュールがふとしたことから拾った青い髪の少年リュシアン。謎のすべてがそろった今、運命の輪は静かに回りはじめた…。
目次
EXOPOTAM CITY
BEOWOLF
COSMIC ACCIDENT INQUIRY
BASKERVILLE
BEOWOLF
COSMIC ACCIDENT INQUIRY
BASKERVILLE
抄録
「よく眠れたかい、リュシー」彼はしずかに訊いた。
少年は気のなさそうに機械的にうごかしていた食事の手を休め、オージュールの顔をちらりと見た。
眼のふちの皮膚がかすかに黒ずみ、張りをうしなっている。目の白い部分も両はしが赤いこまかい網目におおわれていた。
「ええ。たいへんよく……」少年はそっと応え、眼をふせるとまた機械的な食事にもどった。
オージュールは彼自身、ゆうべは晩(おそ)くまで起きて考えごとをしていたので、リュシアンが夜中からずっと目覚めていたことを知っていた。誘眠剤の効き目もだんだん薄れつつあるようだ。
少年はあまり食が進まなかった。朝のかんたんな料理でさえ、ほんの少しずつしか摂(と)らないで大部分を残してしまった。
エクゾポタム滞在中にすでに少年の拒食的ともみえる傾向に気づいていたオージュールは、様子をみて栄養剤を与えたり、料理をかえたり、時々もっと食べるように注意していたが、どうにも好転しないままだった。
皿が片付けられ、サーヴァント・ロボは食堂から退出した。テーブルの上が白くあいた。少年はその空白に眼をおとして何もいわない。オージュールも坐ったまま、あらためて少年の全体像を観察した。
思春期まえのナイーヴな肉体。未成の骨格。腕はやせている。静脈がすける白い肌。美しいがまだ稚(おさ)なく、そしてどこかひよわげに見える卵形の顔。減食と睡眠の不足とでつ・や・を失くした頬。目はまばたきをしないように大きい。その中に眸は澄んだトキ色である。神経質に小鳥のそれのように動く。端正なその貌をふちどって、やわらかい性質の青い髪の毛が形のいい耳をかくすほどに流れていた。
リュシアン・デュカスと最初に出会ってからそろそろひと月近くたつ。エクゾポタム市ではシャリア・ターの家に少年をほとんど軟禁状態にしていたが、オージュールは可能なかぎり彼のそばにいるよう努めた。特殊な任務をおびた連邦捜査局員としては考えられないほど消極的で、外出なども必要最小限にとどめたのはそのせいだった。メシューゼランの才能と委ねられた権限をフルに活かして謀略の仕事をできるだけ能率的に行なったのである。
そうした繊細な心くばりは確実にリュシアンのオージュールに対する感情を変えていった。見知らぬ相手への恐怖はより親しい畏敬に。敵意はすくなくとも憎しみに。永く一緒にいることで、オージュールは少年の心をとらえ、注意を惹きつけ、全くの他人ではない関係性を獲得したのだ。それは重要な、最初の一歩だった。
しかしオージュールは教育者でも医師でもなかった。リュシアンの扱いにはどうしても教育心理学と精神医学の専門的な知識が要(い)った。それもブッキッシュな知識ではだめで、相手は一箇の、唯一の人格なのであり、失敗した場合はとりかえしがつかない。ぜひとも実践的な、臨床的な経験に裏打ちされた知識の系をもつパートナーが必要だった。
それは、セジェストよりほかにいない。
判っていながら、オージュールには不安があった。彼が少年と二人してようやく築いた砂の砦にも似たこの世界がこわされやしないだろうか。せっかくの絆が、もろいかけ橋が損われはしないか。医療者としてのセジェストに自分がいま少年をひきつけている支配力を奪われはしないか。
しかし必要なことであれば、それはやってみるしかないのだ。
少年は気のなさそうに機械的にうごかしていた食事の手を休め、オージュールの顔をちらりと見た。
眼のふちの皮膚がかすかに黒ずみ、張りをうしなっている。目の白い部分も両はしが赤いこまかい網目におおわれていた。
「ええ。たいへんよく……」少年はそっと応え、眼をふせるとまた機械的な食事にもどった。
オージュールは彼自身、ゆうべは晩(おそ)くまで起きて考えごとをしていたので、リュシアンが夜中からずっと目覚めていたことを知っていた。誘眠剤の効き目もだんだん薄れつつあるようだ。
少年はあまり食が進まなかった。朝のかんたんな料理でさえ、ほんの少しずつしか摂(と)らないで大部分を残してしまった。
エクゾポタム滞在中にすでに少年の拒食的ともみえる傾向に気づいていたオージュールは、様子をみて栄養剤を与えたり、料理をかえたり、時々もっと食べるように注意していたが、どうにも好転しないままだった。
皿が片付けられ、サーヴァント・ロボは食堂から退出した。テーブルの上が白くあいた。少年はその空白に眼をおとして何もいわない。オージュールも坐ったまま、あらためて少年の全体像を観察した。
思春期まえのナイーヴな肉体。未成の骨格。腕はやせている。静脈がすける白い肌。美しいがまだ稚(おさ)なく、そしてどこかひよわげに見える卵形の顔。減食と睡眠の不足とでつ・や・を失くした頬。目はまばたきをしないように大きい。その中に眸は澄んだトキ色である。神経質に小鳥のそれのように動く。端正なその貌をふちどって、やわらかい性質の青い髪の毛が形のいい耳をかくすほどに流れていた。
リュシアン・デュカスと最初に出会ってからそろそろひと月近くたつ。エクゾポタム市ではシャリア・ターの家に少年をほとんど軟禁状態にしていたが、オージュールは可能なかぎり彼のそばにいるよう努めた。特殊な任務をおびた連邦捜査局員としては考えられないほど消極的で、外出なども必要最小限にとどめたのはそのせいだった。メシューゼランの才能と委ねられた権限をフルに活かして謀略の仕事をできるだけ能率的に行なったのである。
そうした繊細な心くばりは確実にリュシアンのオージュールに対する感情を変えていった。見知らぬ相手への恐怖はより親しい畏敬に。敵意はすくなくとも憎しみに。永く一緒にいることで、オージュールは少年の心をとらえ、注意を惹きつけ、全くの他人ではない関係性を獲得したのだ。それは重要な、最初の一歩だった。
しかしオージュールは教育者でも医師でもなかった。リュシアンの扱いにはどうしても教育心理学と精神医学の専門的な知識が要(い)った。それもブッキッシュな知識ではだめで、相手は一箇の、唯一の人格なのであり、失敗した場合はとりかえしがつかない。ぜひとも実践的な、臨床的な経験に裏打ちされた知識の系をもつパートナーが必要だった。
それは、セジェストよりほかにいない。
判っていながら、オージュールには不安があった。彼が少年と二人してようやく築いた砂の砦にも似たこの世界がこわされやしないだろうか。せっかくの絆が、もろいかけ橋が損われはしないか。医療者としてのセジェストに自分がいま少年をひきつけている支配力を奪われはしないか。
しかし必要なことであれば、それはやってみるしかないのだ。
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