和書>小説・ノンフィクション>エンターテインメント小説>ハードボイルド小説
著者プロフィール
菊地 秀行(きくち ひでゆき)
昭和24年、千葉県銚子市に生まれる。青山学院大学法学部卒業。在学中に推理小説研究会で活躍。卒業後は、フリーライターで雑誌等に寄稿のかたわら、小説を執筆。昭和57年『魔界都市〈新宿〉』で鮮烈なデビューを飾る。60年から『魔界行』『妖魔戦線』『妖獣都市』等、超伝記官能バイオレンスを発表し人気爆発、超売れっ子作家に。少林寺拳法をたしなみ、ホラー映画を愛し、とにかく小説を書くのが好きな好漢。
昭和24年、千葉県銚子市に生まれる。青山学院大学法学部卒業。在学中に推理小説研究会で活躍。卒業後は、フリーライターで雑誌等に寄稿のかたわら、小説を執筆。昭和57年『魔界都市〈新宿〉』で鮮烈なデビューを飾る。60年から『魔界行』『妖魔戦線』『妖獣都市』等、超伝記官能バイオレンスを発表し人気爆発、超売れっ子作家に。少林寺拳法をたしなみ、ホラー映画を愛し、とにかく小説を書くのが好きな好漢。
解説
最後の晩餐で用いられ、磔刑後のキリストの血を受けたといわれる「聖杯」。妖気に満ちたその杯を求めて、永劫の時を漂う古代の騎士。その魔手に挑む“死なずの醍醐”の甥で美貌の揉め事処理屋《トラブル・シューター》・蘭馬。近未来の犯罪都市・東京に巻き起こった、聖杯をめぐる凄惨な殺戮の行方は!?
目次
PART1 古物商〈アンティークショップ〉の怪
PART2 聖杯伝説
PART3 騎士の名によりて
PART4 ぺるしゅばるの伝説
PART5 淫虐園
PART6 聖杯考
PART7 十三人の使徒へ
あとがき
PART2 聖杯伝説
PART3 騎士の名によりて
PART4 ぺるしゅばるの伝説
PART5 淫虐園
PART6 聖杯考
PART7 十三人の使徒へ
あとがき
抄録
聖杯――英語で言うホーリイ・グレイル、フランス語ではサン・グラールとなる。
その由来、形状については、ケルト民族、イスラム、ユダヤ、ペルシャの伝説にまでさかのぼるため一定していないが、最も人口に膾炙《かいしゃ》した聖杯伝説――アーサー王伝説に含まれる“聖杯探究”によれば、単なる酒杯ではなく、“太陽さえ色褪《あ》せるかがやきを放つ”“誰もが信じ難い感動に打たれる”大杯と言われる。だが、それがキリスト教の聖なる品であること以外――手に入れたらどうなるのか、どのような奇蹟が顕現するのかもわからない。そもそも、円卓の騎士たちが何故に聖杯探究に赴くのかさえも不明のままなのである。
中東に存在したはずの聖杯が古代イギリスの伝説に登場するのは、一二〇〇年頃、ロベール・ド・ボロンの手になる「長詩」によれば、最後の晩餐に用いられた酒杯が、あるユダヤ人の手からローマ総督ピラトのもとに渡され、イエスの死体を引き取りに来たアリマタヤのヨセフに下賜された。ヨセフがキリストの死体を埋葬しようとしているとき、傷口から血が流れたので彼は聖杯に受けたのであった。
やがて、ヨセフは妹とその夫ブロンとともにパレスチナを離れ、妹とブロンには十二人の息子が生まれた。末子のアランは兄や妻たちと、キリストの言葉を伝えるべく西方へ旅立った。聖杯はブロンが携えていたという。
また、別の説によれば、このとき聖杯を運んだのはヨセフ自身で、ブリテンの南西部の岸に上陸した一行は、やがて、グラフトンベリーの丘の麓《ふもと》に到着。この地に教会を建てて、聖杯は丘の麓に埋められ、今もそこにあるとされる。
いずれにせよ、聖杯の存在自体は間違いないらしく、ヨーロッパでは今なお、その探索に従事する現代の“円卓の騎士”――トレジャー・ハンターたちの存在が伝えられる。
「成程な。ぺるしゅばるとはパーシヴァルのことか。十世紀の人間でなければ、おれも同意したくなる説だ」
「“死なず”の醍醐の台詞《せりふ》とも思えませんね」
蘭馬はまた紫煙を吐いて、
「彼が本物のパーシヴァルか、その名をかたる狂人か、或いは子孫か何かかはわかりませんが、古代に生きた騎士のことが知りたければ、アーサー王伝説でも勉強なさることですよ。――ところで、僕にも訊きたいことがある。いいえ、古物商の住所じゃあありません。あなたにはわかってないでしょうからね。――今の講義、通信機《トランスミッター》か何かで仲間に知らせましたか。それとも、あなたの口から伝えねばなりませんか?」
「なに?」
緊張と――別の感情に歪む叔父貴の顔へ、ふうと煙を吐きかけてから、
「まあ、どっちにしてもあなたの運命は同じことです。質問を変えましょう。ぺるしゅばるの一派が自分のことを尋ねるはずがない。どなたです?」
醍醐は底光りする眼で甥の様子を窺っていたが、
「どうして、わかった?」
と別人の声で訊いた。
「叔父貴の留守に杯探しをしていたら、僕から電話がかかってきた。これ幸いとひとりが化けた。変装にしては上出来です。口調から足を引くところまでそっくりだ。ですが、叔父貴は僕とちがって根が華人でね、自分が襲われたら僕も危ないとまず考えるような人間《ひと》なんですよ。無事かと訊く前に、敵の情報など探りはしません」
「最初からお見通しというわけか。――どうして、色々と教えてくれた?」
「三つ巴《どもえ》の方が楽だからですよ」
蘭馬の背後で、ドアが音もなく開いて、二つの人影が入ってきた。足音ひとつたてず、空気ひとすじ動かさない。黒いハイカラーの制服――学生同盟の連中だ。まるっきり気づかず、蘭馬は話しつづける。
「僕の見た限り、‘あいつら’全部をひとりで相手にするのはしんどい。あなた方と咬《か》ませれば、僕は手を下さず相討ちということもありえる。それに賭けましょう。そうだ、そういうのを日本語で漁夫の利というんでしたね。アーサー王の聖杯伝説にも、漁師《りょうし》王――フィッシャー・キングというのがでてきます。聖杯が日本にあっても、ちっとも不思議じゃあありませんね」
「名乗ってやろう」
と醍醐の顔をした男は言った。
「おれの名は神崎貢《みつぐ》――東日本学生同盟の特務戦闘隊の者だ。後ろの二人も同様よ。おまえが三日前に見たもの――ぺるしゅばるとやらのことを、もっと話してもらおうか。我々の団室でな」
蘭馬の肘が‘ごき’、と鳴った。背後のひとりが両手のひと触れで外したのである。
「痛《つ》う」
と彼は大仰に呻いた。
「この二人は原始拳法の有段者だ。実戦空手百人分の実力があるぞ」
「異議はありません」
と蘭馬は首をふった。
「ですが、ひとりはもう死んでいますよ」
「なにィ!?」
それは背後の男たちの絶叫であった。
二人は互いの相棒を眺めた。蘭馬の嘲りの口調に含まれた自信に、不気味なものを感じたのである。
馬鹿な、おれたちは無事だ。――どちらもそう思い、蘭馬の方へ向き直ろうとして、右側のひとりが不意に喉《のど》を押さえた。
声もなくかきむしり、どうと倒れた顔が、見る見る土気色に変わっていく。
「急性心不全――心臓は怖い」
と蘭馬が‘痛そう’につぶやいたとき、二人目が右拳を引いた。原始拳法は肉食獣相手を想定している。生木さえ砕く貫手が蘭馬の脇腹を狙った。
とっ、と蘭馬が床を蹴った。
その由来、形状については、ケルト民族、イスラム、ユダヤ、ペルシャの伝説にまでさかのぼるため一定していないが、最も人口に膾炙《かいしゃ》した聖杯伝説――アーサー王伝説に含まれる“聖杯探究”によれば、単なる酒杯ではなく、“太陽さえ色褪《あ》せるかがやきを放つ”“誰もが信じ難い感動に打たれる”大杯と言われる。だが、それがキリスト教の聖なる品であること以外――手に入れたらどうなるのか、どのような奇蹟が顕現するのかもわからない。そもそも、円卓の騎士たちが何故に聖杯探究に赴くのかさえも不明のままなのである。
中東に存在したはずの聖杯が古代イギリスの伝説に登場するのは、一二〇〇年頃、ロベール・ド・ボロンの手になる「長詩」によれば、最後の晩餐に用いられた酒杯が、あるユダヤ人の手からローマ総督ピラトのもとに渡され、イエスの死体を引き取りに来たアリマタヤのヨセフに下賜された。ヨセフがキリストの死体を埋葬しようとしているとき、傷口から血が流れたので彼は聖杯に受けたのであった。
やがて、ヨセフは妹とその夫ブロンとともにパレスチナを離れ、妹とブロンには十二人の息子が生まれた。末子のアランは兄や妻たちと、キリストの言葉を伝えるべく西方へ旅立った。聖杯はブロンが携えていたという。
また、別の説によれば、このとき聖杯を運んだのはヨセフ自身で、ブリテンの南西部の岸に上陸した一行は、やがて、グラフトンベリーの丘の麓《ふもと》に到着。この地に教会を建てて、聖杯は丘の麓に埋められ、今もそこにあるとされる。
いずれにせよ、聖杯の存在自体は間違いないらしく、ヨーロッパでは今なお、その探索に従事する現代の“円卓の騎士”――トレジャー・ハンターたちの存在が伝えられる。
「成程な。ぺるしゅばるとはパーシヴァルのことか。十世紀の人間でなければ、おれも同意したくなる説だ」
「“死なず”の醍醐の台詞《せりふ》とも思えませんね」
蘭馬はまた紫煙を吐いて、
「彼が本物のパーシヴァルか、その名をかたる狂人か、或いは子孫か何かかはわかりませんが、古代に生きた騎士のことが知りたければ、アーサー王伝説でも勉強なさることですよ。――ところで、僕にも訊きたいことがある。いいえ、古物商の住所じゃあありません。あなたにはわかってないでしょうからね。――今の講義、通信機《トランスミッター》か何かで仲間に知らせましたか。それとも、あなたの口から伝えねばなりませんか?」
「なに?」
緊張と――別の感情に歪む叔父貴の顔へ、ふうと煙を吐きかけてから、
「まあ、どっちにしてもあなたの運命は同じことです。質問を変えましょう。ぺるしゅばるの一派が自分のことを尋ねるはずがない。どなたです?」
醍醐は底光りする眼で甥の様子を窺っていたが、
「どうして、わかった?」
と別人の声で訊いた。
「叔父貴の留守に杯探しをしていたら、僕から電話がかかってきた。これ幸いとひとりが化けた。変装にしては上出来です。口調から足を引くところまでそっくりだ。ですが、叔父貴は僕とちがって根が華人でね、自分が襲われたら僕も危ないとまず考えるような人間《ひと》なんですよ。無事かと訊く前に、敵の情報など探りはしません」
「最初からお見通しというわけか。――どうして、色々と教えてくれた?」
「三つ巴《どもえ》の方が楽だからですよ」
蘭馬の背後で、ドアが音もなく開いて、二つの人影が入ってきた。足音ひとつたてず、空気ひとすじ動かさない。黒いハイカラーの制服――学生同盟の連中だ。まるっきり気づかず、蘭馬は話しつづける。
「僕の見た限り、‘あいつら’全部をひとりで相手にするのはしんどい。あなた方と咬《か》ませれば、僕は手を下さず相討ちということもありえる。それに賭けましょう。そうだ、そういうのを日本語で漁夫の利というんでしたね。アーサー王の聖杯伝説にも、漁師《りょうし》王――フィッシャー・キングというのがでてきます。聖杯が日本にあっても、ちっとも不思議じゃあありませんね」
「名乗ってやろう」
と醍醐の顔をした男は言った。
「おれの名は神崎貢《みつぐ》――東日本学生同盟の特務戦闘隊の者だ。後ろの二人も同様よ。おまえが三日前に見たもの――ぺるしゅばるとやらのことを、もっと話してもらおうか。我々の団室でな」
蘭馬の肘が‘ごき’、と鳴った。背後のひとりが両手のひと触れで外したのである。
「痛《つ》う」
と彼は大仰に呻いた。
「この二人は原始拳法の有段者だ。実戦空手百人分の実力があるぞ」
「異議はありません」
と蘭馬は首をふった。
「ですが、ひとりはもう死んでいますよ」
「なにィ!?」
それは背後の男たちの絶叫であった。
二人は互いの相棒を眺めた。蘭馬の嘲りの口調に含まれた自信に、不気味なものを感じたのである。
馬鹿な、おれたちは無事だ。――どちらもそう思い、蘭馬の方へ向き直ろうとして、右側のひとりが不意に喉《のど》を押さえた。
声もなくかきむしり、どうと倒れた顔が、見る見る土気色に変わっていく。
「急性心不全――心臓は怖い」
と蘭馬が‘痛そう’につぶやいたとき、二人目が右拳を引いた。原始拳法は肉食獣相手を想定している。生木さえ砕く貫手が蘭馬の脇腹を狙った。
とっ、と蘭馬が床を蹴った。
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