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今昔物語

今昔物語

翻訳: 福永武彦
発行: BBC文庫
価格:1,029円(税込)
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対応端末:パソコン 
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解説

今昔物語――ひとくち辞典


1.「今昔物語《こんじゃくものがたり》」って、何?
  平安時代末期(12世紀)の説話集。庶民の間に言い伝え、語りつがれてきた物語1040話を31巻にまとめたものだ。インド、中国そして日本の、王・英雄・美女から庶民・泥棒、はては狐や猪《いのしし》まで登場し、仏教の教えあり、怪異・色恋・盗み・殺しあり──いや、多彩な人間模様の宝庫である。当然、昔から現代まで、これを原典としたたくさんの物語が書かれてきた(「源氏物語」中のエピソードから芥川竜之介の作品まで)。


2.なぜ「ほんやく」を?
 説話集だから、作者はいない。編者もわからない。それだけじゃない、文章が「漢字片カナまじり文」で、現代の私達にはとても歯が立たない。
 そこで、現代のもっとも知的な作家で、怪奇話《ばなし》大好きの福永武彦(故人)が、平明な口語訳をしたのだった。ぼう大な説話群から、作家の眼が選んだ157話である、これは、1980年代の現代語訳の復刻である。


3.「今は昔のこと、……」
 みじかい話の1つづつは、すべてこの定型ではじまる。
 たとえば、「今は昔のこと、京から東国にくだる者があった。とある里を通り過ぎた時に、不意に淫欲《いんよく》が起って……」と、はじまるのである。つまり、したくなった男が、旅の途中で、一体どうする? 何が起るのだろうか?
 むかしむかしの編者の、「こんな話、知らないの?」という顔が想像される。
 これは、流麗な宮廷文学の対極の、いきいきとしたエピソード集なのである。しかも、古典(まして、よい現代語訳)は人間の本性をあばいて、現代人にも違和感なく、おもしろいのである。
 とびとびでもいい、せめて10話くらい読んでみると、離れられなくなる!

目次

第一部 世俗
 夜の町から家来が現われる話
 無我夢中で賊を切り倒す話
 童《わらわ》の機転《きてん》で大の男が助かる話
 大力の僧が賊をいじめる話
 蛇《へび》と力競くらべをした相撲人《すまいびと》の話
 人質の女房が力を見せる話
 田んぼの中に人形を立てる話
 絵師が大工に敵討《かたきうち》をする話
 碁の名人が女に負かされる話
 瘡《できもの》を治《なお》させて逃げた女の話
 蛇《へび》の婚《とつ》いだ娘を治療する話
 地神《じがみ》に追われた陰陽師《おんみょうじ》の話
 天文博士が夢をうらなう話
 陰陽師《おんみょうじ》の子供が鬼神を見る話
 死んだ妻が悪霊《あくりょう》となる話
 朱雀門《すざくもん》の倒れるのを当てる話
 算道《さんどう》で女房どもを笑わせる話
 玄象《げんしょう》の琵琶《びわ》が鬼に取られる話
 和歌を添えて鏡を手放す話
 前の妻が和歌を詠《よ》んで死ぬ話
 無学の男がわからぬ歌に怒る話
 東国の武土が一騎打ちをする話
 親の敵《かたき》と知って討ちとめる話
 大盗袴垂《はかまだれ》にねらわれる話
 約束を信じて人質を許す話
 親子で馬盗人を追いかげる話


第二部 宿報
 鷲《わし》に赤んぼを取られる話
 蕪《かぶら》とまじわって子ができる話
 洪水《こうずい》に流されて木にすがる話
 危うく密男《みそかお》とまちがえられる話
 生埋《いきうめ》にされた子が助かる話
 生贄《いけにえ》の男が猿神《さるがみ》を退治する話
 百足《むかで》と戦う蛇《へび》に加勢する話
 無人島に住みついた兄妹の話
 犬の鼻から蚕《かいこ》の糸が出る話
 雨宿りをして金持ちになる話
 芋粥《いもがゆ》を食って飽きる話
 生まれた子の命を予言する話
 愛欲の心を起こした修行僧の語
 下女に打ち殺された武士の話
 暗闇《くらやみ》で矢を射かけられる話


第三部 霊鬼
 水の精が人の顔を撫《な》でる話
 内裏《だいり》の松原で鬼が女を食う話
 怪しのものが御燈油《みあかしあぶら》を盗む話
 安義《あき》の橋に現われた鬼女の話
 子を産みに行き鬼女に会う話
 恋人と泊まった堂に鬼が出る話
 鬼のため妻を吸い殺される話
 寝ている侍を板が圧し殺す話
 近江《おうみ》の国の生霊が京に来る話
 嫉妬《しっと》心から妻が箱をあける話
 猟師の母親が鬼となる話
 人の姿した鬼が射られる話
 死んだ妻とただの一夜逢う話
 地獄から妻を訪ねて来る話
 同じ姿の乳母が二人もいる話
 三善《みよし》の清行《きよつら》が空家へ引っ越す話
 応天門の上で青く光る物の語
 印南野《いなみの》の夜に葬式が出る話
 女《め》の童《わらわ》に形を変じた狐の話
 人に憑《つ》いた狐が恩を返す話
 高陽川《かやがわ》の狐が滝口をだます話
 産女《うぶめ》の出る川を深夜に渡る話
 鈴鹿《すずか》山の古堂で肝をためす話
 山道で常陸歌《ひたちうた》を歌って死ぬ話


第四部 滑稽
 稲荷詣《いなりもう》でに美人の女に逢う話
 屈強の侍どもが牛車に酔う話
 越前《えちぜん》の守《かみ》為盛《ためもり》が謀《はかりごと》をめぐらす話
 言葉咎めをして渾名《あだな》がつく話
 大事な場所で一発鳴らす話
 名ある僧が長持に隠れる話
 盗人をたぶらかして逃げる話
 御読経《みどきょう》の僧が平茸《ひらたけ》にあたる話
 鼻を持ち上げて朝粥《あさがゆ》を食う話
 米断《こめだ》ちの聖人《しょうにん》が見破られる話
 尼と木伐《きこり》が山中で舞を舞う話
 猫におびえた腹黒い大夫《たいふ》の話
 亀に抱きつき唇を食われる話
 谷底に落ちても平茸《ひらたけ》を取る話
 胡桃《くるみ》酒を飲んで溶けうせる話
 異端の術で瓜《うり》を盗まれる話
 がま蛙《がえる》を退治した学生《がくしょう》の話
 自分の影におびえた豪傑の話
 墓穴を宿とした二人の男の話


第五部 悪行
 宣旨《せんじ》により許された盗賊の話
 何者とも知れぬ女盗賊の話
 世に隠れた人の婿に入る話
 人質の女房がこごえて死ぬ話
 念仏の法師が天罰を受ける話
 瓜一つ盗んだ子を勘当する話
 空家にして盗賊の裏をかく話
 盗賊から身の災難を教わる話
 悪事を働いた検非違使《けびいし》の話
 小屋寺《こやでら》の大鐘が盗まれる話
 羅城門の楼上で死人を見る話
 袴垂《はかまだれ》が死んだ真似《まね》をする話
 明法《みょうぼう》博士が強盗に殺される話
 鳥部寺《とりべでら》で追剥《おいはぎ》に会った女の話
 大江山の藪の中で起こった話
 夫の死後に妻が売られる話
 丹波《たんば》の守《かみ》が胎児の生肝《いきぎも》を取る話
 日向《ひゅうが》の守《かみ》が無実の書生を殺す話
 主殿《との》もの頭《かみ》が無用の殺生をする話
 身代りとなって死んだ女の話
 わが子を捨てて逃げた女の話
 新羅《しらぎ》の国で虎と鰐《わに》とが闘う話
 犬山の犬が大蛇を食い殺す話
 助けられた猿が恩を報じる話
 蜂《はち》の群れが山賊を刺し殺す話
 蜘蛛《くも》が蜂の復讐を逃《のが》れる話
 蛇《へび》にみいられて立てぬ女の話


第六部 人情
 雨宿りの宿に一夜を契る話
 平中が本院の侍従に恋する話
 平中に逢った女が出家する話
 近江《おうみ》の国に婢《ひ》となった女の話
 葦《あし》を刈る夫にめぐりあう話
 大納言の娘が安積山《あさかやま》で死ぬ話
 信濃《しなの》の国にあった姥捨山《おばすてやま》の話
 海松《みる》と貝によって縁を戻す話
 燕を見て再び夫を迎えない話


第七部 奇譚
 賀茂祭に高札を立てた翁の話
 別れた女に逢って命を落とす話
 灯影に映って死んだ女房の話
 不破《ふわ》の関《せき》で夢に妻を見る話
 九州の人が度羅島に行く話
 道に迷って酒泉郷を訪ねる話
 馬に化身《けしん》させられた僧の話
 北山の犬が人を妻とする話
 大きな死人が浜にあがる話
 自ら鳥部野に行って果てる話
 太刀帯《たちはき》の陣で魚を売る女の話
 怪しい振舞いをした物売女の話


第八部 仏法
 鬼に追いかけられて逃げる話
 死んでも舌が残った僧の話
 岩と化した尼さんを見る話
 女の執念が凝《こ》って蛇となる話
 扇に顔を隠して死んだ狐の話
 弘法大師が修円僧都に挑《いど》む話
 京の町で百鬼夜行にあう話
 源信僧都の母君の往生の話
 蟹《かに》を助けて蛇の難を免《まぬが》れる話
 とんだ婿入りして笑われる話
 危うく賊難を逃れた夫婦の話
 鬼の唾《つば》で姿が見えなくなる話
 貧しい女がついに福運を得る話
 恋の虜《とりこ》となって仏道に励む話
 僧の稚児《ちご》さんが黄金を生む話
 六の宮の姫君がはかなくなる話
 東宮《とうぐう》の蔵人《くろうど》宗正《むねまさ》が出家する話
 銅《あかがね》の煮湯を飲まされる娘の話
 密造した酒の中に蛇がいる話
 木の梢に現われ給うた仏の話
 天狗に狂った染殿《そめどの》の后《きさき》の話
 天狗を祭る法師に術を習う話
 天狗に取られた竜が仇をうつ話
 まちがって魂が他人に入る話
 欲心から娘を鬼に食われる話 

抄録

   死んだ妻が悪霊《あくりょう》となる話


 今は昔のこと、某《なにがし》という者があった。年ごろ通《かよ》っていた妻を捨ててしまった。この妻は深く恨みに思い嘆き悲しんだが、思いつめたあげくに病気になり、幾月か苦しんだ末、思《おも》い死《じに》に死んでしまった。
 その女は、父も母も、また身寄りの者もないひとり身で、死んだからといって、その遺骸を取りかたづけてくれる者もいない。そのまま家の中に放ってあったが日が経《た》つても、髪の毛は一本も抜け落ちず、依然として頭にくっついていた。また、骨はみな長くつながったまま、ばらばらになることがなかった。隣の家の男が、戸の隙間からのぞいてみて、怖《こわ》くなってふるえ出した。そのうえ、この家の中では、いつでもまっ青《さお》な光り物があった。物鳴りなどしたから、隣の男は恐ろしさのあまり逃げ出した。
 夫だった男は、これを聞いて今にも死にそうな気持ちになった。どうすれば、この悪霊《あくりょう》のたたりをまぬがれるだろう。自分を恨んで思い死に死んだ女なのだから、自分はきっと取り殺されるだろう、とふるえあがって、某《なにがし》という陰陽師《おんみょうじ》のもとをたずね、仔細《しさい》を話して、たたりをのがれる方法をきいた。すると陰陽師が、
 「このたたりは、うまくまぬがれることはむずかしい。しかしせっかくのお頼みゆえ、一つ工面《くめん》をして差し上げよう。ただし、それには、身の毛もよだつほどの思いがなしではすまされぬ。それをじっと我慢《がまん》されよ」
 と教えて、日の暮れがたに、例の死人のいる家へとこの男を連れて行った。
 男は、話を聞いただけでさえ、髪の毛が逆立つほど恐ろしいのに、今はまして、その家へ足を踏みこむのかと思えば、怖《こわ》さも怖し、堪えられない気持ちではあったが、陰陽師を頼みの綱とすがって、あとに従って行った。見ると、なるほど死人の髪は一本も抜け落ちず、骨はみな長くつながったまま、寝ている。陰陽師は、その死骸の背中に、馬にまたがらせるように男をまたがらせた。そこで、死人の髪をぐいと引っ張らせて、
 「けっしてけっして離してはならぬ」
 と教えたうえ、呪文《じゅもん》をとなえ、祈祷《きとう》をして、
 「自分がここへ戻って来るまで、このままでおれ。身の毛もよだつほどのことがあろうが、それをこらえておれ」
 と言い残して、この家から出て行った。男はなんともしようがない。生きた心地もなく、死人に馬乗りになって髪を握っていた。
 そのうちに夜になった。もう夜中かと思うころに、この死人が、
 「重たいなあ」
 と口をきいた。そして立ち上がると、
 「きゃつめを探してこよう」
 と言って、走り出した。
 どこへ行くのか、ただ夜の中をいっさんに行く。けれども男は、陰陽師に教えられたとおりに、馬乗りになったまま髪をしっかと捉えていると、やがて死人はもとの方向へ戻り、初めの家に来て、前のように横になった。男にしてみれば、恐ろしいなどという段ではない。半死半生で、それでも一心に、髪を離さず背中にまたがっていると、鶏《とり》が鳴いて、死人も口をきかなくなった。

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