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歴史人物意外!仰天!!の「その後」

歴史人物意外!仰天!!の「その後」


発行: 廣済堂出版
価格:500pt
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対応端末:パソコン ソニー“Reader”
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解説

 教科書が教えてくれない仰天結末120連発! 十七条憲法の誕生は聖徳太子の死後だった? 吉良上野介の仇討はじつは単なるいいがかりだった? 沖田総司の晩年は猫切れない体になっていた? 奔放な生き方の一休は、愛人との性生活を詩に読んでいた! などなど、目からウロコの仰天逸話が満載! 古代から現代まで、時代ごとに意外なエピソードの数々を一挙に公開。歴史人物の知られざる意外な「その後」に迫る、歴史雑学の決定版!

目次

1章 奈良・平安時代――日本の曙を担った人びとのその後
2章 鎌倉・室町時代――武士の世を切り開いた人びとのその後
3章 戦国時代――乱世の世を駆け抜けた人びとのその後
4章 江戸時代――太平の世に生きた人びとのその後
5章 幕末・維新時代――新たな時代をもたらした人びとのその後
6章 明治・大正・昭和時代――近代史に名を残す人びとのその後 教科書に載らない人びとのその後

抄録

 1章 奈良・平安時代――日本の曙を担った人びとのその後
 律令国家から貴族政治へ

 四世紀から五世紀頃の国土統一によって成立した大和政権は、次第に天皇(大王)を中心とした中央集権体制を整えていった。その過程の中で天皇を支える有力な豪族の一人蘇我馬子は物部守屋を滅ぼして朝廷での地位を確立したが、推古天皇が即位すると、五九三(推古元)年に聖徳太子(厩戸皇子)が摂政となり、数々の政治改革を断行した。
 朝廷は中国との関係を強めるため、遣隋使の派遣をはじめ、六〇七(推古十五)年には小野妹子が派遣された。その後、隋に代わって興った唐へも、六三〇(舒明二)年から遣唐使を派遣し、阿倍仲麻呂や吉備真備などが大陸に渡っている。また、航海技術が未熟な小野篁は派遣を拒否して島流しにされるという事件も起こっている。この時代、大陸へ渡ることは、死を覚悟するほどの困難を伴っていた。そんな中で、六四五(皇極四、大化元)年には、推古天皇の没後に権力をふるった蘇我入鹿が山背大兄王一族を滅ぼしたことがきっかけとなって、にわかに蘇我氏への反感が強まった。中大兄皇子は中臣鎌足とともにこれを滅ぼし、大化の改新を断行。これ以降、法を基本にした律令制が確立し、七一〇(和銅三)年には平城京への遷都が行なわれた。だが、やがて貴族たちの抗争に加え、重い租税に苦しむ民衆の浮浪・逃亡が増えたため、律令制は大きく動揺する。この時期に出された「三世一身の法」「墾田永年私財法」などは、動揺しはじめた律令制を現実に近づけるための妥協策だった。
 七九四(延暦十三)年には、政治を再建するために平安京への遷都が行なわれたが、律令制の実質的な崩壊は止まらず、藤原氏による摂関政治が始まった。これにともなって、貴族が担い手となった国風文化が全盛を極めていく。
 この間、遣唐使の派遣は続き、中国文化を日本にもたらし続けた遣唐使だったが、八九四(寛平六)に菅原道真の建議により停止され、二百六十年以上続いた歴史に幕を下ろした。
 律令制度の動揺とともに、地方では武士団が形成されていく。九三五(承平五)年には、関東の武士、平将門が武士団を率いて反乱を起こした。彼は関東から朝廷の役人を追い払い、独立を目指したものの、同じく関東の武士である平貞盛、藤原秀郷によって討たれる。同時期に、西では海賊を率いた藤原純友の反乱も起こり、武士の力はどんどん強まっていった。

*この続きは製品版でお楽しみください。

本の情報

紙書籍初版: 2005/7/11
ビジネス・教育歴史歴史(雑学)

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