和書>小説・ノンフィクション>ボーイズラブ小説>外国人
著者プロフィール
柏枝 真郷(かしわえ まさと)
某銀行系列のコンピュータ会社で、OLをしながら小説を書き始める。雑誌JUNE「小説道場」に投稿し、道場主・中島梓氏の門弟となる。1991年、光風社出版より「時が過ぎゆきても」で単行本デビュー。
某銀行系列のコンピュータ会社で、OLをしながら小説を書き始める。雑誌JUNE「小説道場」に投稿し、道場主・中島梓氏の門弟となる。1991年、光風社出版より「時が過ぎゆきても」で単行本デビュー。
解説
「でも……愛してるよ……」
去ってしまった恋人に未練たらたらの気弱な巡査ハリー、31歳。そして、彼が住む80年代のニューヨークは、治安も景気もなかなかよくならない“穴だらけの林檎”だ。ハリーは街と同じように、仕事も恋愛も負け組、だけどかっこいい男が好き。そんなハリーの前に颯爽と現れた刑事ドイル。二人は偶然同じアパートに住み、ともに事件に挑むことになるが……。
去ってしまった恋人に未練たらたらの気弱な巡査ハリー、31歳。そして、彼が住む80年代のニューヨークは、治安も景気もなかなかよくならない“穴だらけの林檎”だ。ハリーは街と同じように、仕事も恋愛も負け組、だけどかっこいい男が好き。そんなハリーの前に颯爽と現れた刑事ドイル。二人は偶然同じアパートに住み、ともに事件に挑むことになるが……。
目次
Prologue
第一章 Solitude Standing
第二章 Night Vision
第三章 In The Eye
Epilogue
第一章 Solitude Standing
第二章 Night Vision
第三章 In The Eye
Epilogue
抄録
「運転手さん、この人、恋人を追いかけてるの。警官だから多少スピード違反しても眼をつぶってもらえるわよ。だからJFK空港まで急いで!」
マリアがハリーの背中をタクシーの後部座席に押し込んでから、力一杯ドアを閉めた。
「恋人を? わかりました、まかせてください」
黒人の運転手が大きくうなずき、すぐさまアクセルを踏む。
そんなマリアの心遣いにも、運転手のスピード違反すれすれの暴走運転にも、ハリーは礼を言うことさえ忘れ、座席で腕時計をにらみ続けるしかなかった。
旅客機の離陸時間は、午前八時半――
文字盤の長針は、すでに「2」の文字を指している。離陸まで、あと二十分――
「お客さん、気をしっかりもってくださいよ」
ときおり運転手が元気づけてくれる声も耳を素通りし、秒を刻む針の音だけが大きく響く。
しかも出勤時間帯で、大通りに出たとたん渋滞にぶつかってしまった。これではスピード違反さえ、したくてもできない。
(……間に合うわけがない……)
JFK空港はクイーンズの外れ、ジャマイカ湾に面した僻地にあるのだ。この渋滞では、マンハッタンからイースト川を渡ってクイーンズに入るだけでも三十分はかかるだろう。
間に合うはずがない――
絶望的な気分だった。
「お客さん、大丈夫ですって。飛行機の離陸時間は、しょっちゅう遅れるんですから。ほら、今日は天気がよくないでしょ? こういう日は、滑走路の都合で他の便が遅れて、そのしわ寄せで、遅れることがあるんですよ」
運転手がしきりになぐさめる。「本当ですよ。これでもベトナム戦争では空軍にいたんですから。お客さんの恋人が乗るのは、どこへ行く飛行機なんですか?」
「……日本」
「日本ですか。ベトナムへ行く前に、ヨコスカの基地に寄ったことがありましたけど、お客さんは?」
「……まだ行ったことはない」
「そうですか。いいところですよ、あそこは――」
運転手と会話を交わすうちに、いつしかタクシーはイースト川を渡り、クイーンズに入っていった。近年は郊外の住宅地として開発が進んでいるが、空港までの道は、のどかな緑の平原が続くだけだ。まばらな木立には淡いピンクの花が咲き誇り、春風に揺れている。
重く垂れ込めた空は灰色で、ところどころ黒い帯が見えた。太陽も雲に隠れているのか、風景が淡い水彩画のように、ぼやけて見える。
腕時計を見ると、長針は「6」をやや過ぎていた。
(離陸時間だ――)
その刹那、どこからか飛行機の爆音が聞こえてきたような気がした。
「ストップ!」
「……お客さん?」
「車を止めろ!」
理由のない胸騒ぎに押されるまま、ハリーは怒鳴っていた。タクシーが路肩に寄って停車すると、ドアを開けて飛び降りる。
見上げる低い空の向こうを、白い旅客機が、飛行機雲を描いて飛んで行くのが見えた。
小さすぎる機体は模様さえ肉眼では識別できない。しかしなぜかハリーには、「JAL」の文字が描かれていたように思えた。
*この続きは製品版でお楽しみください。
マリアがハリーの背中をタクシーの後部座席に押し込んでから、力一杯ドアを閉めた。
「恋人を? わかりました、まかせてください」
黒人の運転手が大きくうなずき、すぐさまアクセルを踏む。
そんなマリアの心遣いにも、運転手のスピード違反すれすれの暴走運転にも、ハリーは礼を言うことさえ忘れ、座席で腕時計をにらみ続けるしかなかった。
旅客機の離陸時間は、午前八時半――
文字盤の長針は、すでに「2」の文字を指している。離陸まで、あと二十分――
「お客さん、気をしっかりもってくださいよ」
ときおり運転手が元気づけてくれる声も耳を素通りし、秒を刻む針の音だけが大きく響く。
しかも出勤時間帯で、大通りに出たとたん渋滞にぶつかってしまった。これではスピード違反さえ、したくてもできない。
(……間に合うわけがない……)
JFK空港はクイーンズの外れ、ジャマイカ湾に面した僻地にあるのだ。この渋滞では、マンハッタンからイースト川を渡ってクイーンズに入るだけでも三十分はかかるだろう。
間に合うはずがない――
絶望的な気分だった。
「お客さん、大丈夫ですって。飛行機の離陸時間は、しょっちゅう遅れるんですから。ほら、今日は天気がよくないでしょ? こういう日は、滑走路の都合で他の便が遅れて、そのしわ寄せで、遅れることがあるんですよ」
運転手がしきりになぐさめる。「本当ですよ。これでもベトナム戦争では空軍にいたんですから。お客さんの恋人が乗るのは、どこへ行く飛行機なんですか?」
「……日本」
「日本ですか。ベトナムへ行く前に、ヨコスカの基地に寄ったことがありましたけど、お客さんは?」
「……まだ行ったことはない」
「そうですか。いいところですよ、あそこは――」
運転手と会話を交わすうちに、いつしかタクシーはイースト川を渡り、クイーンズに入っていった。近年は郊外の住宅地として開発が進んでいるが、空港までの道は、のどかな緑の平原が続くだけだ。まばらな木立には淡いピンクの花が咲き誇り、春風に揺れている。
重く垂れ込めた空は灰色で、ところどころ黒い帯が見えた。太陽も雲に隠れているのか、風景が淡い水彩画のように、ぼやけて見える。
腕時計を見ると、長針は「6」をやや過ぎていた。
(離陸時間だ――)
その刹那、どこからか飛行機の爆音が聞こえてきたような気がした。
「ストップ!」
「……お客さん?」
「車を止めろ!」
理由のない胸騒ぎに押されるまま、ハリーは怒鳴っていた。タクシーが路肩に寄って停車すると、ドアを開けて飛び降りる。
見上げる低い空の向こうを、白い旅客機が、飛行機雲を描いて飛んで行くのが見えた。
小さすぎる機体は模様さえ肉眼では識別できない。しかしなぜかハリーには、「JAL」の文字が描かれていたように思えた。
*この続きは製品版でお楽しみください。




















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