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一房の葡萄

一房の葡萄

著: 有島武郎
発行: オンライン出版
価格:399円(税込)
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著者プロフィール

 有島 武郎(ありしま たけお)
 一八七八年、東京都小石川に大蔵省官僚の長男として生まれる。小説家、画家の有島生馬(いくま)、小説家の里見とんの実兄。学習院高等科中退、札幌農学校に入学。三十八歳の時、実父と妻の死を契機に本格的な文筆活動に入り、不朽の傑作『或る女』『カインの末裔』などを次々と発表。白樺派文学興隆期の一翼を担った。一九二三年、婦人記者波多野秋子(はたのあきこ)と共に軽井沢の別荘で自殺。三男を残し、四十五年の生涯を閉じた。

解説

 有島武郎の童話はここに収められた8編がすべてである。男手一つで愛児を育てあげる苦労を味わいつつ、すでに学齢期に達した3人の子供に、精神の糧を与えたいという父性愛的願望から書かれたものである。表題作ほか、「おぼれかけた兄妹」「碁石を飲んだ八っちゃん」「ぼくの帽子のお話」「かたわ者」「火事とポチ」「真夏の夢」「燕と王子」を収録。

目次

一房の葡萄
おぼれかけた兄妹
碁石を飲んだ八っちゃん
ぼくの帽子のお話
かたわ者
火事とポチ
真夏の夢
燕と王子

抄録

 先生はすこしの間なんとも言わずに、ぼくの方も向かずに、自分の手のつめを見つめていましたが、やがて静かに立って来て、ぼくの肩の所を抱きすくめるようにして「絵の具はもう返しましたか」と小さな声でおっしゃいました。ぼくは返したことをしっかり先生に知ってもらいたいので深々とうなずいて見せました。
 「あなたは自分のしたことをいやなことだったと思っていますか」
 もう一度そう先生が静かにおっしゃった時には、ぼくはもうたまりませんでした。ぶるぶるとふるえてしかたがないくちびるを、かみしめてもかみしめても泣き声が出て、目からは涙がむやみに流れて来るのです。もう先生に抱かれたまま死んでしまいたいような心持ちになってしまいました。
 「あなたはもう泣くんじゃない。よくわかったらそれでいいから泣くのをやめましょう、ね。次の時間には教場に出ないでもよろしいから、私のこのお部屋にいらっしゃい。静かにしてここにいらっしゃい。私が教場から帰るまでここにいらっしゃいよ。いい?」とおっしゃりながらぼくを長椅子(ながいす)にすわらせて、その時また勉強の鐘がなったので、つくえの上の書物を取り上げて、ぼくの方を見ていられましたが、二階の窓まで高くはい上った葡萄蔓(ぶどうづる)から、一房の西洋葡萄をもぎとって、しくしくと泣きつづけていたぼくのひざの上にそれをおいて、静かに部屋を出て行きなさいました。

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