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蹴りたい背中

蹴りたい背中


発行: 河出書房新社
レーベル: 河出文庫
価格:350pt
形式:XMDF形式⇒詳細 
対応端末:パソコン ソニー“Reader”
みんなの評価 ★★☆☆☆1
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著者プロフィール

 綿矢 りさ(わたや りさ)
 1984〜
 京都府生まれ。2001年「インストール」で第38回文藝賞を受賞し、17歳でデビュー。04年『蹴りたい背中』で芥川賞を史上最年少で受賞。著書に『インストール』『蹴りたい背中』がある。

解説

 第130回芥川賞受賞作品。高校に入ったばかりの“にな川”と“ハツ”はクラスの余り者同士。やがてハツは、あるアイドルに夢中のにな川の存在が気になってゆく……いびつな友情? それとも臆病な恋!? 不器用さゆえに孤独な二人の関係を描く、待望の文藝賞受賞第一作。127万部のベストセラー。

抄録

 学習机の下に大きなプラケースがある。普通だったら冬物の洋服なんかを詰め込んで、夏の間押入れにしまっておくような、大きな蓋付きのプラスチックケース。ケース自体は異様ではないけれど、置き場所が変だ。ケースが巨大すぎて、机の下の空きスペース、本来なら椅子に座った時に足をぶらぶらさせるための場所、をほとんど占めているのだ。あれじゃ椅子に座った時、足をどこにやるんだろうか。椅子の上で正座するしかないじゃないか。
「机の下にあんな大きいケースがあると邪魔でしょう。」
「いや、これは……こうやればいいから。」
 椅子の上で三角座りをした。コンパクトになってしまった彼の姿が恥ずかしくなって、目をそらした。私が恥ずかしくなるなんておかしい。思春期の高校生男子なんだから、こんな格好をしている彼自身に恥ずかしがってほしい。
 にな川が椅子から下りた後、私は地図を描くのを中断して机の下のブツをちょっと引っぱった。すると底についていた車輪が畳の目に沿ってうまく滑って、ケースは私の前まで来た。透けて見えている中身は、確かに服が入ってるんだけれど、その服はどう見ても女物。いつでも拝見できるようにプラケースの内側に貼りつくようにして入っている。思わず蓋の両側についている黒く光る留め具を外すと、柔らかい甘い匂いがドライアイスの煙のようにケースからあふれた。4月号、5月号、6月号、ひと月も欠かさずに、一ミリの隙間も許さずにみっしり詰め込んであるのは、理科室で見ていたあの女性ファッション雑誌だった。ケースの一番外側に貼りついている号では、オリチャンとかいうあのモデルが表紙を飾っていた。雑誌だけじゃない。にな川が絶対に着られそうにない、大きな赤いダリアの花がプリントされた派手なブラウスや、指輪などのアクセサリー類もある。ケースの中はとても華やかだけれど、どこかまがまがしい感じがする。押し込めるようにして、急いで蓋を閉めた。
「そこにある雑誌には全部オリチャンが載ってる。かなり昔に発行されていた古い雑誌も、ネットオークションで買って揃えた。他の服とかは読者サービスの抽選やラジオの景品。サイン入りのハンカチもあるんだ。オリチャン、芸歴が長い上活動の幅が広いから、それくらい大きなケースじゃないと入りきらないね。」
 変声期の済んだ男子がオリチャンオリチャン言っているのは、かなり不気味だ。
「なんでこんなことしてるの、こんな、集めて……。」
「ファンだから。」
「ファン……。」
 間抜けな声で反芻した。ファン、さらりとした言葉。新しく発売された清涼飲料水の名前のよう。ファンって、もしかしてこの地図も。
「おれ、オリチャンのファンなんだ。死ぬほど好き。」彼は真面目な顔で言った。
 ファンという言い方は、ふさわしくない。ややこしい。その軽快な響きと、にな川のオリチャンに対する強い思い入れは、まるで結びつかない。
 私の描いた地図を見て、彼は首をひねった。
「難解だな。あの店ってこんなに複雑な所だったっけ?」
 確かに気もそぞろで描いたせいか、地図は迷路みたいな上、メモ用紙は手の汗とみみず文字で汚れていて、既に描いた本人にさえ解読不可能だ。
「ううん、うまく平面にできなかっただけ。ごめんね。役立たずで。」
 役立たずで、の部分の声が尖る。
「全然役立たずじゃない。この地図を頼りにして行ってみるよ。」
 にな川は慌てて取り繕い、そして私を愛しそうに見つめる。
「おれ、今、一緒にいることができてるんだな……生のオリチャンに会ったことのある人と。」
 気分がかさついた。にな川にとって、私は“オリチャンと会ったこと”だけに価値のある女の子なんだ。ほれられたんじゃないの、なんて見当違いもいいところ。
「地図も描いたし、もういいでしょ? 帰るよ。」
「あ、これだけ教えて、オリチャンてどんな人だった? 似てる人とかでいいから教えて。」
 お菓子だけは食べていってやる、と包装紙を剥きながら、いやいや古い記憶を掘り返した。そう、あの人から話しかけてきた。とてもじゃないけど、こっちから話しかけられるような人じゃなかった。

*この続きは製品版でお楽しみください。

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