和書>趣味・生活・雑誌>趣味>スポーツ>登山
著者プロフィール
岩崎 元郎(いわさき もとお)
1945〜
東京都生まれ。一九六三年に昭和山岳会に入会。一九七〇年蒼山会を設立。一九八一年ネパールヒマラヤ・ニルギリ南峰登山隊に隊長として参加。同年「無名山塾」設立。一九九五年よりNHK『中高年のための登山』で講師を務めた。現在無名山塾・遠足倶楽部でとくに中高年、女性の登山者育成に努力している。
1945〜
東京都生まれ。一九六三年に昭和山岳会に入会。一九七〇年蒼山会を設立。一九八一年ネパールヒマラヤ・ニルギリ南峰登山隊に隊長として参加。同年「無名山塾」設立。一九九五年よりNHK『中高年のための登山』で講師を務めた。現在無名山塾・遠足倶楽部でとくに中高年、女性の登山者育成に努力している。
解説
運動靴で富士登山、携帯電話で救助隊要請。こんな人は、『登山不適格者』と呼ばせていただきます。中高年の登山ブームで、山はかつてないにぎわいを見せている。その陰で無知や無鉄砲、甘え、過信による山の事故も増えている。本書を読んで気を引き締め、山を「安全に」楽しんでいただきたい。
目次
はじめに
序章 山は危険か?
第1章 日本人の登山意識
第2章 気象と装備
第3章 食料
第4章 パーティー
第5章 山行
第6章 読図
第7章 計画
第8章 山小屋
第9章 健康と危機管理
第10章 「不適格」の烙印は誰が押すのか?
序章 山は危険か?
第1章 日本人の登山意識
第2章 気象と装備
第3章 食料
第4章 パーティー
第5章 山行
第6章 読図
第7章 計画
第8章 山小屋
第9章 健康と危機管理
第10章 「不適格」の烙印は誰が押すのか?
抄録
はじめに
山は非日常の世界である。そうと認識することができなくて、ディズニーランドへ遊びに行くのと同じ気分で山に登る人がいる。登山不適格者と言わざるをえない。
この本のタイトルは、『登山不適格者』となった。なんとも厳しいタイトルではないか。「これでは売れないのではないですか。もっとソフトなほうがいいのでは」とも思ったのだが、中高年登山界の現状を考えると、これくらいに刺激的なタイトルでちょうどいいのかもしれないと、考え直した。
*「趣味登山は四人から」というのが持論である。非日常世界での危機管理を考えれば、当然の安心・安全のシステムだろう。「単独行はやめよう」とは、県警救助隊、登山界のリーダーのだれもが発言していることだ。しかし、あっちの山こっちの山でかなりの数の単独登山者を目にする。足運びが危なっかしくて単独行が似つかわしくない人も少なくない。「なぜだ」と僕は考えた。答えは「日本の山がやさしく見えること」、ではあるまいか。
ジーパンに運動靴といういでたちで山に登っている人もけっこう多い。
相手がマッターホルンだったら、単独で登ろうという人がどれだけいるだろう。ジーパンで済ます人が、どれだけいるだろう。マッターホルンは、その山の形が「単独で登ろうなんてムチャですよ」「ジーパンと運動靴では危険ですよ」と警告を発してくれている。
それにひきかえ、日本の山々はやさしく見えるので、単独でいいや、ジーパンで登っちゃえ、となる。ほとんどの場合、その登山は成功する。しかし、ディズニーランドとの決定的な違いは、絶対の安全は保障されていないことだ。ときとして手痛いしっぺ返しをくらうことがある。
日本の山々はやさしくみえて、「手痛いしっぺ返し」という警告を発してはくれない。言葉を換えれば、危機管理がしにくいのが日本の山、ということになる。
手痛いしっぺ返しを覚悟しての、それなりの準備ができない人は、登山不適格者と言わせてもらうしかない。
マッターホルンの一般コースはヘルンリ稜である。日本の山では、ロープやピッケル、アイゼンを必要とするのはバリエーションルートと呼ばれ、特別な山行(さんこう)形態ということになる。一方、一般的な山登りとは、登山道をたどれば頂きに立てるものだ。ほとんどの場合、道標も完備したいい道で、二本の脚を交互に上げていくだけでいい。このことも日本の山はやさしいと思わせる大きな要因になっている。
ここでも、「いい道」というのはほとんどの場合であって、絶対ではない。道標が不備な山もあるし、道が不明瞭な山も少なくない。この春、足利の仙(せん)人(にん)ヶ(が)岳(たけ)(六六三メートル)に登った。ガイドブックの記述にしたがって峠に立つが、「猪(いの)子(こと)峠(うげ)」と明示した道標はない。深(しん)高(こう)山(ざん)(五〇八メートル)方向を明示する道標はあるが、われわれがめざす仙人ヶ岳方面を示す道標はない。尾根上に道はある。そしてそれが仙人ヶ岳に向かうものであることは地図と磁石があれば判断できる。
ここはディズニーランドではないのだ。
* 道標が完備していて、コースは明瞭かつ歩きやすく整備されていなくては困る、という人は困る。
そこは山である。
台風が一回来たら道標は不備となり、コースが荒れて不明瞭になることは自明である。すると行政は、そんな登山者からのクレームに先手を打つべく、「去年の台風で道が不明瞭になっているので、登山禁止」などという看板を立てるのである。本当に困った問題だ。
日本の山々がやさしく見えてしまうことに端を発する問題なのだが、『登山不適格者』という厳しいタイトルで、登山不適格者の足を多少でもひっぱることができれば、編集者と一緒に祝杯をあげたいと思っている。
序章 山は危険か?
あらかじめ「危険」を覚悟で登る山々だけが危険なのではない。
低山であっても、不注意による転倒、
おしゃべりによる道迷いは起こりうる。
楽しいはずの登山が、瞬時にして危険なものに豹変する。
山で見かける異様な光景
『夏が来れば思い出す――』と、歌にもなっている尾(お)瀬(ぜ)は、昔も今も山好きには根強い人気がある。動植物の宝庫であり、山ならではの大自然の美しさを存分に堪能できる山域だ。最近、その尾瀬で僕は自分が山に来ているということを忘れてしまいそうになった。
山の上で登山者同士が出会えば、あいさつを交わしたり、ときには貴重な情報交換をしたりする。ところが尾瀬の登山道では、どこから見ても登山者とは思えない人たちに、僕は何度となくすれ違った。
たとえば、背広姿の年配の男性。足元を見れば革靴である。山登りというより、会社帰りといった方がピッタリくる。
さらには、派手なブラウスにパンプスのご婦人。日焼けすることを気にしているらしく、手には日傘が握られていた。
山登りがブームと言われている。しかし、近ごろ山に登っていると、そのブームが“曲がり角”に来ているのではないかという気がしてならない。つい先日、北(きた)八(やつ)ヶ(が)岳(たけ)の横岳(二四八〇メートル)に登ったときもそうだった。
ロープウェイ山麓駅の駐車場付近にはマイカーがズラリと並んでいた。登山道はたいへんな混雑で、登山者と下山者がすれ違うのもたいへんな状態。そして、山に殺到する人たちの間で目立つのが、ジーンズに運動靴といった軽い装備。
アウトドア業界では、近年、登山靴の売れ行きが落ちていると聞く。北アルプスの山小屋では、宿泊客の数が減っているという。その一方で、軽装備で日帰り登山を楽しむ人がどんどん増え続けている。
本当に「楽しめる」のであれば、僕がとやかく言うこともない。しかし、基本的な装備の大切さを無視して山に登ることは、あまりにも危険が大きすぎる。たとえ夏山ハイキングのつもりで訪れた尾瀬であっても、山を甘く見ていると、悲しい体験をしてしまうことにもなりかねない。
『夏が来れば思い出す――』それが事故やケガだったりすることのないように、と、他人事ながら心配になってくる。
そう言えば、「以前、金時山でひどい目にあいました……」と、苦い思い出を話していた知人がいた。尾瀬同様に、この山にも軽装備で登ってくる観光客がいる。僕の知人も、聞けば、箱根に遊びに行ったついでに金(きん)時(とき)山(やま)(一二一三メートル)を登ったのだとか。服装はジーンズに運動靴。背広やパンプスよりはマシな装備だったが、ころは二月。乙女(おとめ)峠(とうげ)から雪道となり、山頂直下は手足をついて登るような状態だったという。それでもどうにか山頂に立つことはできたものの、アイゼンもストックもないのだから、下りは地獄。足を何度も滑らせて、死ぬほどの恐怖を味わったと話していた。
――それが“山”というものだ。
近年、尾瀬や北八ヶ岳や金時山に限らず、都市近郊や観光開発された日帰りできる山域では、普段着そのままの服装で歩いている人さえ見かけるようになってきた。日本の山は、ハイキングの感覚で登れてしまう場合がある。ハイキングであれば、山に対する装備も覚悟も必要ない、とついつい考えてしまうのかもしれない。が、そこには決して小さくない落とし穴が待ちかまえている。
*この続きは製品版でお楽しみください。
山は非日常の世界である。そうと認識することができなくて、ディズニーランドへ遊びに行くのと同じ気分で山に登る人がいる。登山不適格者と言わざるをえない。
この本のタイトルは、『登山不適格者』となった。なんとも厳しいタイトルではないか。「これでは売れないのではないですか。もっとソフトなほうがいいのでは」とも思ったのだが、中高年登山界の現状を考えると、これくらいに刺激的なタイトルでちょうどいいのかもしれないと、考え直した。
*「趣味登山は四人から」というのが持論である。非日常世界での危機管理を考えれば、当然の安心・安全のシステムだろう。「単独行はやめよう」とは、県警救助隊、登山界のリーダーのだれもが発言していることだ。しかし、あっちの山こっちの山でかなりの数の単独登山者を目にする。足運びが危なっかしくて単独行が似つかわしくない人も少なくない。「なぜだ」と僕は考えた。答えは「日本の山がやさしく見えること」、ではあるまいか。
ジーパンに運動靴といういでたちで山に登っている人もけっこう多い。
相手がマッターホルンだったら、単独で登ろうという人がどれだけいるだろう。ジーパンで済ます人が、どれだけいるだろう。マッターホルンは、その山の形が「単独で登ろうなんてムチャですよ」「ジーパンと運動靴では危険ですよ」と警告を発してくれている。
それにひきかえ、日本の山々はやさしく見えるので、単独でいいや、ジーパンで登っちゃえ、となる。ほとんどの場合、その登山は成功する。しかし、ディズニーランドとの決定的な違いは、絶対の安全は保障されていないことだ。ときとして手痛いしっぺ返しをくらうことがある。
日本の山々はやさしくみえて、「手痛いしっぺ返し」という警告を発してはくれない。言葉を換えれば、危機管理がしにくいのが日本の山、ということになる。
手痛いしっぺ返しを覚悟しての、それなりの準備ができない人は、登山不適格者と言わせてもらうしかない。
マッターホルンの一般コースはヘルンリ稜である。日本の山では、ロープやピッケル、アイゼンを必要とするのはバリエーションルートと呼ばれ、特別な山行(さんこう)形態ということになる。一方、一般的な山登りとは、登山道をたどれば頂きに立てるものだ。ほとんどの場合、道標も完備したいい道で、二本の脚を交互に上げていくだけでいい。このことも日本の山はやさしいと思わせる大きな要因になっている。
ここでも、「いい道」というのはほとんどの場合であって、絶対ではない。道標が不備な山もあるし、道が不明瞭な山も少なくない。この春、足利の仙(せん)人(にん)ヶ(が)岳(たけ)(六六三メートル)に登った。ガイドブックの記述にしたがって峠に立つが、「猪(いの)子(こと)峠(うげ)」と明示した道標はない。深(しん)高(こう)山(ざん)(五〇八メートル)方向を明示する道標はあるが、われわれがめざす仙人ヶ岳方面を示す道標はない。尾根上に道はある。そしてそれが仙人ヶ岳に向かうものであることは地図と磁石があれば判断できる。
ここはディズニーランドではないのだ。
* 道標が完備していて、コースは明瞭かつ歩きやすく整備されていなくては困る、という人は困る。
そこは山である。
台風が一回来たら道標は不備となり、コースが荒れて不明瞭になることは自明である。すると行政は、そんな登山者からのクレームに先手を打つべく、「去年の台風で道が不明瞭になっているので、登山禁止」などという看板を立てるのである。本当に困った問題だ。
日本の山々がやさしく見えてしまうことに端を発する問題なのだが、『登山不適格者』という厳しいタイトルで、登山不適格者の足を多少でもひっぱることができれば、編集者と一緒に祝杯をあげたいと思っている。
序章 山は危険か?
あらかじめ「危険」を覚悟で登る山々だけが危険なのではない。
低山であっても、不注意による転倒、
おしゃべりによる道迷いは起こりうる。
楽しいはずの登山が、瞬時にして危険なものに豹変する。
山で見かける異様な光景
『夏が来れば思い出す――』と、歌にもなっている尾(お)瀬(ぜ)は、昔も今も山好きには根強い人気がある。動植物の宝庫であり、山ならではの大自然の美しさを存分に堪能できる山域だ。最近、その尾瀬で僕は自分が山に来ているということを忘れてしまいそうになった。
山の上で登山者同士が出会えば、あいさつを交わしたり、ときには貴重な情報交換をしたりする。ところが尾瀬の登山道では、どこから見ても登山者とは思えない人たちに、僕は何度となくすれ違った。
たとえば、背広姿の年配の男性。足元を見れば革靴である。山登りというより、会社帰りといった方がピッタリくる。
さらには、派手なブラウスにパンプスのご婦人。日焼けすることを気にしているらしく、手には日傘が握られていた。
山登りがブームと言われている。しかし、近ごろ山に登っていると、そのブームが“曲がり角”に来ているのではないかという気がしてならない。つい先日、北(きた)八(やつ)ヶ(が)岳(たけ)の横岳(二四八〇メートル)に登ったときもそうだった。
ロープウェイ山麓駅の駐車場付近にはマイカーがズラリと並んでいた。登山道はたいへんな混雑で、登山者と下山者がすれ違うのもたいへんな状態。そして、山に殺到する人たちの間で目立つのが、ジーンズに運動靴といった軽い装備。
アウトドア業界では、近年、登山靴の売れ行きが落ちていると聞く。北アルプスの山小屋では、宿泊客の数が減っているという。その一方で、軽装備で日帰り登山を楽しむ人がどんどん増え続けている。
本当に「楽しめる」のであれば、僕がとやかく言うこともない。しかし、基本的な装備の大切さを無視して山に登ることは、あまりにも危険が大きすぎる。たとえ夏山ハイキングのつもりで訪れた尾瀬であっても、山を甘く見ていると、悲しい体験をしてしまうことにもなりかねない。
『夏が来れば思い出す――』それが事故やケガだったりすることのないように、と、他人事ながら心配になってくる。
そう言えば、「以前、金時山でひどい目にあいました……」と、苦い思い出を話していた知人がいた。尾瀬同様に、この山にも軽装備で登ってくる観光客がいる。僕の知人も、聞けば、箱根に遊びに行ったついでに金(きん)時(とき)山(やま)(一二一三メートル)を登ったのだとか。服装はジーンズに運動靴。背広やパンプスよりはマシな装備だったが、ころは二月。乙女(おとめ)峠(とうげ)から雪道となり、山頂直下は手足をついて登るような状態だったという。それでもどうにか山頂に立つことはできたものの、アイゼンもストックもないのだから、下りは地獄。足を何度も滑らせて、死ぬほどの恐怖を味わったと話していた。
――それが“山”というものだ。
近年、尾瀬や北八ヶ岳や金時山に限らず、都市近郊や観光開発された日帰りできる山域では、普段着そのままの服装で歩いている人さえ見かけるようになってきた。日本の山は、ハイキングの感覚で登れてしまう場合がある。ハイキングであれば、山に対する装備も覚悟も必要ない、とついつい考えてしまうのかもしれない。が、そこには決して小さくない落とし穴が待ちかまえている。
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