和書>小説・ノンフィクション>エンターテインメント小説>企業・経済小説
著者プロフィール
清水 一行(しみず いっこう)
昭和六年一月十二日東京生まれ。早稲田大学中退後「東洋経済」「週刊現代」などの雑誌で株式評論を執筆、証券業界に活躍する男たちを描いた処女長篇企業小説『兜町(しま)』を四十一年に発表、作家生活に入る。その後はベストセラー作品を立て続けに発表し、企業小説の旗手と呼ぶにふさわしい活躍をしている。四十八年には、低公害車が全国キャンペーン中に事故を起こすという発端の処女長篇推理小説『噂の安全車(セーフティカー)』を刊行、企業ミステリーや社会派サスペンスも発表している。
『動脈列島』で第二十八回日本推理作家協会賞を受賞。
昭和六年一月十二日東京生まれ。早稲田大学中退後「東洋経済」「週刊現代」などの雑誌で株式評論を執筆、証券業界に活躍する男たちを描いた処女長篇企業小説『兜町(しま)』を四十一年に発表、作家生活に入る。その後はベストセラー作品を立て続けに発表し、企業小説の旗手と呼ぶにふさわしい活躍をしている。四十八年には、低公害車が全国キャンペーン中に事故を起こすという発端の処女長篇推理小説『噂の安全車(セーフティカー)』を刊行、企業ミステリーや社会派サスペンスも発表している。
『動脈列島』で第二十八回日本推理作家協会賞を受賞。
解説
並木亨は、国際問題を担当する、田中角栄のブレーン。
テヘランからの帰途、友人のジャーナリスト・ピーターから、香港のホテルで〈蛙〉に会えと指示を受ける。
ホテルであった美女〈蛙〉は、並川の帰国後、数日中に日韓の間で重大なトラブルの原因になる事件が起こると言う。日本に滞在中の、韓国要人の身辺に気をつけるようにと。だが、その後〈蛙〉は変死をとげてしまう。
そして並川の帰国後、金大中事件が起こった──!
ロッキード事件、金大中事件などの「事実」の上に組み立てられた、壮大なミステリー!
テヘランからの帰途、友人のジャーナリスト・ピーターから、香港のホテルで〈蛙〉に会えと指示を受ける。
ホテルであった美女〈蛙〉は、並川の帰国後、数日中に日韓の間で重大なトラブルの原因になる事件が起こると言う。日本に滞在中の、韓国要人の身辺に気をつけるようにと。だが、その後〈蛙〉は変死をとげてしまう。
そして並川の帰国後、金大中事件が起こった──!
ロッキード事件、金大中事件などの「事実」の上に組み立てられた、壮大なミステリー!
目次
一章 香港(ホンコン)の〈蛙(かえる)〉
二章 白い顔
三章 憎悪の眼
四章 ファイサル戦略
五章 黒いうねり
六章 殺させない
七章 腐肉の味
八章 狂乱の転機
九章 幻の微笑
十章 袋小路
十一章 謀略の影
十二章 ホステス・デビ
十三章 韓国の五億円
十四章 朴(ぼく)ルート
十五章 反田中の展開
十六章 病床の花
十七章 唇の感触
十八章 無惨な死体
十九章 危険な段階
二十章 消えた遺書
二十一章 モナリザの眸(め)
二十二章 ブルコプター
二十三章 七月政変日誌
二十四章 九竜城内
二十五章 〈蛙〉の犯人
二十六章 黒い仕掛人
二十七章 庶民の次元
二十八章 ソウル/夏
二十九章 大がかりな手品
三十章 政治の真実
二章 白い顔
三章 憎悪の眼
四章 ファイサル戦略
五章 黒いうねり
六章 殺させない
七章 腐肉の味
八章 狂乱の転機
九章 幻の微笑
十章 袋小路
十一章 謀略の影
十二章 ホステス・デビ
十三章 韓国の五億円
十四章 朴(ぼく)ルート
十五章 反田中の展開
十六章 病床の花
十七章 唇の感触
十八章 無惨な死体
十九章 危険な段階
二十章 消えた遺書
二十一章 モナリザの眸(め)
二十二章 ブルコプター
二十三章 七月政変日誌
二十四章 九竜城内
二十五章 〈蛙〉の犯人
二十六章 黒い仕掛人
二十七章 庶民の次元
二十八章 ソウル/夏
二十九章 大がかりな手品
三十章 政治の真実
抄録
二つの水割りがテーブルに揃ってから、並川はグラスを取り、軽く〈蛙〉のグラスに合わせ、唇をつけた。
スコッチが、おかしいくらいに香った。
「ここでいいでしょうか」
〈蛙〉も一口つけ、テーブルにグラスを置いて並川を見上げた。
「え?……」
「わたしはレポです」
「それはしかし」
「でも、きちんとお伝えしなければ」
「そうじゃないんです。用件を聞いてからも、すこしの間付きあってくれますか」
「並川さんって……」
「厚かましい?」
「いいえ、お上手です」
言ってから、〈蛙〉はハンドバッグからケントの白い箱を出して、一本を抜いた。素早く差し出した並川のライターの火に、〈蛙〉は微笑を払った潤いのある眸で、並川を見つめた。
エル・カリフ・ルームの客の出入りは、かなり頻繁であった。
「じゃ、聞かせてもらいます」
並川は姿勢を整えて言った。
〈蛙〉も、火をつけたばかりの煙草を、小さな灰皿で消し、並川にうなずいた。
「並川さんが日本へ帰られたら、数日中に日韓の間で重大なトラブルの原因になるような事件が起きます。日本に滞在中の、韓国要人の身辺に気をつけてください。このことは、ミスター・ナミカワのボスにだけ、直接伝えてください」
「ボスに?」
「そうです」
「あなたは、わたしのボスを知っているんですか」
「いいえ」
「しかし……」
並川は首をかしげた。
日本に滞在中の韓国要人と言われても、並川は一か月近くも日本を留守にしていたから、いま、誰が日本に滞在しているのか、まったく見当がつかなかった。
「わたしのお伝えすることはこれだけです」
「誰ですか要人というのは」
「わたしにはわかりません」
「わたしへの連絡を、あなたに頼んだのはピーター?」
「誰とも言えないんです」
「しかし、ピーターは香港に来ているんでしょう」
「わたしは会っていません」
〈蛙〉は緊張気味に首を振った。
以前から、ピーターは予言めいた情報の伝え方をよくした。こんどの場合も、そういうピーターらしい情報だったし、確率は高いに違いない。だが、それにしても並川には、納得のいかないことが多過ぎた。
ピーターの行動半径は、明らかにフリーのジャーナリストの領域を越えている。どうやら、ピーターには並川の知らない秘密がありそうだった。
「中曾根(なかそね)先生のときも、そうでしたね」
雨宮が、首相に相槌(あいづち)を打った。
「そうさ」
「一弾は浴びせることができても、二弾は浴びせられない。マスコミにだって、限界がありますから」
「中曾根君の告訴はどうなったんだ」
「納まったんじゃないでしょうか」
「福田(ふくだ)も、当てが外れたな」
首相の口髭(くちひげ)が揺れた。
中曾根問題というのは、前年の自民党総裁公選で、福田赳夫(たけお)を捨てて、田中派に寝返った中曾根の変身に怒った福田派の領袖(りょうしゅう)の一人が、その報復として、某週刊誌に、ブラックジャーナリズムを使って、中曾根スキャンダルを売り込んだというものである。
当時、雨宮が並川にした説明では、福田派には、福田がということではないにしても、岸信介(きししんすけ)から受け継いだ、謀略的な遺産があって、得体の知れないブラックジャーナリストにすぐ結びつくのだということだった。
だが、ウォーターゲート事件は、そういった小手先のマスコミ懐柔策ではないはずだった。
発端は、田中―ニクソンのハワイ会談の直前、昭和四十七年六月十七日、ワシントンのウォーターゲート地区にある、民主党本部に忍び込んだ五人の賊を、警察が掴(つか)まえたことで、その首領の身許が、十九年間もCIAに勤務し、ニクソン再選委の警備部長をしていたジェームズ・マッコードであった。
しかし、田中―ニクソンのハワイ会談当時は、大統領選挙をめぐる汚ない事件……ぐらいにとどまっていて、まったく問題にならなかった。
これが大がかりな政治スキャンダルに変貌したのは、盗賊?……の首領、マッコードの秘密証言に端を発した。
それは、民主党の選挙運動にたいする盗聴計画であり、ミッチェル司法長官、ディーン大統領法律顧問、マグルーダー・ニクソン再選委委員長、それにマッコードが集まって計画し、ホワイトハウスのハルドマン大統領補佐官も、この計画を知っていたと暴露したことからである。
政治的な指導力を喪った国では、きまって三流の、いかがわしい政治家がのし上がり、権力を握るものである。
だが、いかがわしい政治家は、いかがわしい体質の故に滅びる……。
並川の抱く懸念は、ニクソンではなく、田中首相自身にたいするものであり、それは、雨宮に請われ、首相となった田中の、国際問題に関する個人ブレーンに就任するときも、深刻に悩んだ問題であった。
昭和四十七年暮からの物価高と反比例するように、田中内閣にたいする支持率は、四月末の朝日新聞全国世論調査によると、発足当初の六十二パーセントから、一挙に二十七パーセントへと急落していた。そんな田中首相にとって、せめてもの救いは、まだ、致命的なスキャンダルが、表面化していないということであった。
スコッチが、おかしいくらいに香った。
「ここでいいでしょうか」
〈蛙〉も一口つけ、テーブルにグラスを置いて並川を見上げた。
「え?……」
「わたしはレポです」
「それはしかし」
「でも、きちんとお伝えしなければ」
「そうじゃないんです。用件を聞いてからも、すこしの間付きあってくれますか」
「並川さんって……」
「厚かましい?」
「いいえ、お上手です」
言ってから、〈蛙〉はハンドバッグからケントの白い箱を出して、一本を抜いた。素早く差し出した並川のライターの火に、〈蛙〉は微笑を払った潤いのある眸で、並川を見つめた。
エル・カリフ・ルームの客の出入りは、かなり頻繁であった。
「じゃ、聞かせてもらいます」
並川は姿勢を整えて言った。
〈蛙〉も、火をつけたばかりの煙草を、小さな灰皿で消し、並川にうなずいた。
「並川さんが日本へ帰られたら、数日中に日韓の間で重大なトラブルの原因になるような事件が起きます。日本に滞在中の、韓国要人の身辺に気をつけてください。このことは、ミスター・ナミカワのボスにだけ、直接伝えてください」
「ボスに?」
「そうです」
「あなたは、わたしのボスを知っているんですか」
「いいえ」
「しかし……」
並川は首をかしげた。
日本に滞在中の韓国要人と言われても、並川は一か月近くも日本を留守にしていたから、いま、誰が日本に滞在しているのか、まったく見当がつかなかった。
「わたしのお伝えすることはこれだけです」
「誰ですか要人というのは」
「わたしにはわかりません」
「わたしへの連絡を、あなたに頼んだのはピーター?」
「誰とも言えないんです」
「しかし、ピーターは香港に来ているんでしょう」
「わたしは会っていません」
〈蛙〉は緊張気味に首を振った。
以前から、ピーターは予言めいた情報の伝え方をよくした。こんどの場合も、そういうピーターらしい情報だったし、確率は高いに違いない。だが、それにしても並川には、納得のいかないことが多過ぎた。
ピーターの行動半径は、明らかにフリーのジャーナリストの領域を越えている。どうやら、ピーターには並川の知らない秘密がありそうだった。
「中曾根(なかそね)先生のときも、そうでしたね」
雨宮が、首相に相槌(あいづち)を打った。
「そうさ」
「一弾は浴びせることができても、二弾は浴びせられない。マスコミにだって、限界がありますから」
「中曾根君の告訴はどうなったんだ」
「納まったんじゃないでしょうか」
「福田(ふくだ)も、当てが外れたな」
首相の口髭(くちひげ)が揺れた。
中曾根問題というのは、前年の自民党総裁公選で、福田赳夫(たけお)を捨てて、田中派に寝返った中曾根の変身に怒った福田派の領袖(りょうしゅう)の一人が、その報復として、某週刊誌に、ブラックジャーナリズムを使って、中曾根スキャンダルを売り込んだというものである。
当時、雨宮が並川にした説明では、福田派には、福田がということではないにしても、岸信介(きししんすけ)から受け継いだ、謀略的な遺産があって、得体の知れないブラックジャーナリストにすぐ結びつくのだということだった。
だが、ウォーターゲート事件は、そういった小手先のマスコミ懐柔策ではないはずだった。
発端は、田中―ニクソンのハワイ会談の直前、昭和四十七年六月十七日、ワシントンのウォーターゲート地区にある、民主党本部に忍び込んだ五人の賊を、警察が掴(つか)まえたことで、その首領の身許が、十九年間もCIAに勤務し、ニクソン再選委の警備部長をしていたジェームズ・マッコードであった。
しかし、田中―ニクソンのハワイ会談当時は、大統領選挙をめぐる汚ない事件……ぐらいにとどまっていて、まったく問題にならなかった。
これが大がかりな政治スキャンダルに変貌したのは、盗賊?……の首領、マッコードの秘密証言に端を発した。
それは、民主党の選挙運動にたいする盗聴計画であり、ミッチェル司法長官、ディーン大統領法律顧問、マグルーダー・ニクソン再選委委員長、それにマッコードが集まって計画し、ホワイトハウスのハルドマン大統領補佐官も、この計画を知っていたと暴露したことからである。
政治的な指導力を喪った国では、きまって三流の、いかがわしい政治家がのし上がり、権力を握るものである。
だが、いかがわしい政治家は、いかがわしい体質の故に滅びる……。
並川の抱く懸念は、ニクソンではなく、田中首相自身にたいするものであり、それは、雨宮に請われ、首相となった田中の、国際問題に関する個人ブレーンに就任するときも、深刻に悩んだ問題であった。
昭和四十七年暮からの物価高と反比例するように、田中内閣にたいする支持率は、四月末の朝日新聞全国世論調査によると、発足当初の六十二パーセントから、一挙に二十七パーセントへと急落していた。そんな田中首相にとって、せめてもの救いは、まだ、致命的なスキャンダルが、表面化していないということであった。
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