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街を陰る死翼

街を陰る死翼

著: 牧逸馬
発行: インタープレイ
レーベル: 現代教養文庫
価格:630円(税込)
10ポイント還元
形式:bookend形式⇒詳細
対応端末:パソコン 
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著者プロフィール

 牧 逸馬(まき いつま)
 本名、長谷川海太郎。1900年、新潟県佐渡に生まる。函館中学を卒業直前、ストライキ事件で退校。18歳で単身渡米、オベリン、ノーザン大学に在学、ボクシングに熱中したり、コック、ポーター、学僕等で働きつつ勉学、7年間の渡米生活は貴重な人生体験として刻みこまれた。帰国後、森下雨村の勧めにより谷譲次名で「めりけんじゃっぷ」ものを「新青年」に発表。以降、牧逸馬、林不忘と合わせ、三つの筆名を駆使して執筆、翻訳・創作・翻案に渡っての華々しい文壇活躍で一躍寵児となる。1935年、心臓麻痺で急逝。「7時03分」が絶筆となる。
 著書:「丹下左膳」「水晶の座」 「白仙境」「この太陽」「心の波止場」「新しき天」「暁の狩人」「踊る地平線」「もだん・でかめろん」「世界怪奇実話集」等多数。
 訳書:「猶太人ジュス」「バッド・ガール」他

解説

 踊り子エンマの屍体は、全身刺傷だらけだった。おまけに、死骸の腕と頸部に、ほとんど原形を止めないまでに、一面に歯で噛み破った跡がついている。
 ヒステリイ的な戦慄がドュッセルドルフの全市を包む。同時に、今度の事件は、恐怖の伝説として、ヨーロッパ人の古い迷信の背景をなしている吸血鬼の物語を思い出して真剣に騒ぎたてている。ドュッセルドルフは、種々歴史的な過去をもっている。何世紀となく家庭の炉辺から炉辺へといい伝えられてきた吸血鬼なる存在。半人半魔の怪物で、夜陰ひそかに人を襲って人血を吸いとるという――。
 この時からである。この、歴史的に名誉ある「吸血鬼」という名が、ドュッセルドルフの通り魔に、冠せられることになる。それとともに、ドュッセルドルフ全市は、「吸血鬼」の死翼の下に恐怖の淵にたたきこまれた。――「街を陰る死翼」ほか、世界怪奇実話7編を収録。

目次

白日の幽霊
街を陰る死翼
聖エリザベスの嫉妬
戦争とは何だ
チャン・イ・ミヤオ博士の罪
八つ切られ三助
沈黙の水平線

抄録

 かつてそんな船は存在もしていなかったように、なんらの手がかりもなく、船全体から乗客、乗組員の全部が、そっくりそのまま、海洋という千古《せんこ》の大神秘にのまれ去った例は、古来、かなりある。が、この行方不明船のなかでも、ここにのべる客船ワラタ号The S.S Waratahの運命は、比較的近ごろの出来事であり、そしてまたこの種の怪異のなかでもっとも有名な事件であるといえよう。一万六千余トンの大客船が、文字どおり泡のように、いずこへともなく消えうせたのである。まるではじめから空想の船で、てんで実在していなかったかのごとく、その船客と乗主とともに、完全に蒼《あお》い無のなかへ静かに航行していったのだ。一団の煙りが海面を這《は》って、やがて吹き散らされ、水に溶けこむかのように――。
 一九〇九年、七月二十六日、ワラタ号はロンドンヘ向けて南アフリカ・ダアバンの港を解纜《かいらん》した。乗組員は船長以下百十九人、船客九十二人。イギリス本国・オーストラリアの定期客船で、この時は帰航だった。オーストラリアを発してこの南アフリカのダアバンヘ寄港したもので、いまもいったようにロンドンを指しての復航だから、ダアバンのつぎの投錨《とうびょう》地は、おなじく南アフリカの突端ケエプ・タウンである。新造船で、ロンドンの船籍簿《せんせきぼ》にはA1―― いの一 ――の級別《クラス》に登録された当時最新式の優秀船、処女航海をすまし、二度目にオーストラリアヘいったその帰りだった。処女航海はなにごともなく終り、船長も、その試験航海の成績に特にこれという異状は認めなかったが、ただ、どうも大洋へ押しだしてすこし暴《し》けてくると、なんとなく船の安定が悪いように感じて、この第二回の、そして最後の航海に出航する際も、船長はしじゅうちょっとそれを気にしていたという。いったい、船は人と同じで、デリケイトな有機体だ。とにかく、七月二十六日ダアバンを出帆《しゅっぱん》したワラタ号は、翌二十七日の午前、ワラタよりすこし小さなクラン・マッキンタイア号に洋上で追いついている。このクラン・マッキンタイア号が、ダアバンを出港以後のワラタ号を見かけた唯一の船だが、この時は健康なワラタ号だった。当時のことで、両船ともまだ無線の設備はない。モウルス信号の旗を檣頭《しょうとう》に靡《なび》かせて、海の騎士達は慇懃《いんぎん》に挨拶を交換する。
 「本船はワラタ号、ケエプ・タウンを指し航行中なり。貴船の船名、および目的地は?」
 「本船はクラン・マッキンタイア号。同じくケエプ・タウンに向う。」
 「貴船の安全かつ幸福なる航海を祈る。」
 「感謝。貴船にたいし同様に祈る。」
 海の通行人は礼儀深い。舷々並んだ時、この交歓の国際語を残して、ワラタ号は大きいだけに速力もはやいのである。たちまちのうちにクラン・マッキンタイア号をはるかに追いぬき、やがて水平線上一抹の黒煙となり、点となりて消えてしまう。これは、ワラタ号が後につづくクラン・マッキンタイア号の視界から逸《いっ》し去ったばかりでなく、この時をもって同船は地球の表面から消えうせたのである。まるで何か大きな手が海をなでて、船をも人をも、拭《ぬぐ》いとったかのように、ワラタ号はいまだに消えたまんまだ、はかりしれない海の恐怖と、神秘を残して――。
 じらい、「SSワラタ」の名はロマンティック――乗っていた人の身になればあまりロマンティックでもないが――海洋怪奇談の随一にあげられ、詩人の夢によって幾多の詩となり、多くの作家の空想を刺激しては雄大壮麗な海洋冒険小説を生みだしている。事実このワラタ号の運命にヒントをえた少年むきの物語のなかで、明治の末以来日本に翻案《ほんあん》紹介されているものもすくなくない。
 これは後日のことで、さて、話しは、船足《ふなあし》の遅いためにこの時追いぬかれて、ずっとうしろにとり残されたクラン・マッキンタイア号のうえに移る。
 先年著者は、一月元旦にオーストラリアのシドニイに着き、一月、二月と、われわれの住むこの北半球でいう冬のさかりを彼地《かのち》で暮らして、南半球の真冬がどんなものであるかを経験している。正確には、それは真冬ではなく、真夏なのだ。赤道を境いに、南北の夏と冬が倒錯する。元日に筆者の発見したオーストラリアは、眩惑《げんわく》をおぼえるほど強く日光を反射している白い砂浜と、濃い椰子《やし》の影との三伏の風景であり、大きな日傘の下に交通巡査が立って、ヘルメット白服の通行人が暑熱に喘《あえ》いでいるのが、いかにも奇異に感じられたシドニイの街路だった。
 南半球では、一月二月は真夏で、七、八が真冬――といっても、われわれ北半球人が概念するような冬ではないが――にあたる。これは南アフリカも同じことだ。  で、七月の末、ダアバンからケエプ・タウンにいたる南アフリカの海上である。冬のことで、毎日緑灰色の海が大きくうねり、空は、暗い。ぬれた帆布のような重い風が、時どき大粒の雨を運んで、かもめも、この遠い港と港の中問までは船を追ってこないのである。地球の真下にあたる黒い海を、放浪の貨物船《トランプ・フレイタア》クラン・マッキンタイア号は、たいくつな機関の音を立てて刻むように進んでいく――。
 一説には、このダアバンからケエプ・タウンまでの航海のあいだに、クラン・マッキンタイア号はいまだなんの船も経験しなかったほどの大暴風雨に逢ったともいうし、また別の説には、暴風雨《あらし》に遭遇したことは事実だけれど、この季節のこのあたりの海ではよくある程度のもので、けしてひどい荒れではなかったともある。それから、第三説には、暴風雨どころか、冬の南海には珍らしいほどの凪《な》ぎで、風ひとつない穏やかな日和《ひより》がつづき、クラン・マッキンタイア号は静かすぎるくらいしずかな航海をもってケエプ・タウンヘ入港したのだともいう。三つの記録物にそれぞれ主張がわかれていて、今となっては確かめようもないが、いまかりに第一の説にしたがって話しを進めていくと、ワラタ号に追いぬかれた二十七日の夜おそくからかけて、翌二十八日いっぱい、その、航海の歴史にないほどの猛烈な暴風雨に出っくわしたクラン・マッキンタイア号は、約二昼夜揉みに揉まれたすえ、予定が遅れて、やっとのことで翻弄されるように目的地のケエプ・タウン港へ送りこまれた。入港と同時に、規則により、途中、後から来たワラタ号に追いぬかれて信号を交し、同船――ワラタ号も、このケエプ・タウン港に向っていることを聞き知ったが――と、クラン・マッキンタイア号からさっそくケエプ・タウン海事局へ届けでる。それとともに、そのワラタ号と別れてから記録的な大暴風雨に襲われ、そのため遅着したこともあわせて報告された。ワラタはまだケエプ・タウンに入港《はい》っていない。が、だれもまだ心配するものはなかった。クラン・マッキンタイア号のいうような、どんな大荒海があったにしたところで、その小さなぼろ船でさえどうやら突破してきたくらいだから、同船よりはるかに大きく新しいワラタ号が、乗りきれないはずはない。皆そう考えて、ワラタ号は予定が遅れただけで今にも港外に姿を現わすであろうと、待ちかまえていた。きっと機関に何か故障が起って、跛足《びっこ》をひくようなぐあいに、ぶらぶらやってきているのだろう。エンジンが参ったり、そのために応急舵制動機《ジュリイ・ラダア》でもかけていたりすると、虫が這《は》うように暇のかかるものだから、遅れているのに不思議はない、と、そう話しあって、最初は比較的呑気にかまえていた。ところが、二日が三日となり、四日と過ぎても、ワラタ号は、ケエプ・タウン港外の水平線上に浮かびあがってこない。

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