和書>小説・ノンフィクション>エンターテインメント小説>ハードボイルド小説
著者プロフィール
菊地 秀行(きくち ひでゆき)
昭和24年、千葉県銚子市に生まれる。青山学院大学法学部卒業。在学中に推理小説研究会で活躍。卒業後は、フリーライターで雑誌等に寄稿のかたわら、小説を執筆。昭和57年『魔界都市〈新宿〉』で鮮烈なデビューを飾る。60年から『魔界行』『妖魔戦線』『妖獣都市』等、超伝記官能バイオレンスを発表し人気爆発、超売れっ子作家に。少林寺拳法をたしなみ、ホラー映画を愛し、とにかく小説を書くのが好きな好漢。
昭和24年、千葉県銚子市に生まれる。青山学院大学法学部卒業。在学中に推理小説研究会で活躍。卒業後は、フリーライターで雑誌等に寄稿のかたわら、小説を執筆。昭和57年『魔界都市〈新宿〉』で鮮烈なデビューを飾る。60年から『魔界行』『妖魔戦線』『妖獣都市』等、超伝記官能バイオレンスを発表し人気爆発、超売れっ子作家に。少林寺拳法をたしなみ、ホラー映画を愛し、とにかく小説を書くのが好きな好漢。
解説
その美貌で女たちを、男でさえも誑しこんでしまう醍醐蘭馬のいくところ、揉め事が発生する。この霧の夜もそうだった。血の匂いを嗅いだ蘭馬が間一髪、身をそらせてよけた光、それは殺人鬼の鉈の軌跡だった。殺人鬼が去ったあと、首、胴、手足……ばらばらの屍体が残っていた!
目次
PART 1 血の遭遇
PART 2 生地家の女たち
PART 3 美人モデルと石の物語
PART 4 盲目の怪医師
PART 5 鉈にのびる手
PART 6 『トランジット』
PART 7 ジャックの顔
あとがき
PART 2 生地家の女たち
PART 3 美人モデルと石の物語
PART 4 盲目の怪医師
PART 5 鉈にのびる手
PART 6 『トランジット』
PART 7 ジャックの顔
あとがき
抄録
「八つ裂きだぞ、蘭馬」
テーブルの向うで小柄な男がとがめるように言った。
「十八歳のうら若い娘がばらばらだ」
「正確には七つですよ、叔父さん」
と蘭馬はソファの上で訂正した。
「両手両足、首と胴が二つ――実に手際が――いや、残虐だ」
「手際がいいと誉《ほ》めたらどうだ。――どうせ、おまえと似た趣味の奴だろう。なら、じきに捕まるな」
「釈放してくれた叔父さんに文句は言いたくありませんが、少しく僕という人間を誤解していらっしゃいませんか。僕は被害者です。二日間も留置されました」
あれからパトロール中の警官に連行され、“死なず”の醍醐の甥《おい》だと言って釈放されるまでの日数である。留置場から真っすぐ――ここは、青山にある醍醐の事務所であった。窓から正午近い日がさしこんでいる。
目撃者も見つからず、凶器もなく、通りすがりだと言い返して、何とか証拠不十分で出られたが、当分は警察の尾行を覚悟しなければなるまい。
「その辺のことはとやかく言ってもはじまらん」
と彼の叔父は手にした葉巻――ラ・コロナ・コロナを灰皿に押しつけ、
「おまえ――この事件から手を引け」
と言った。
「何故です?――僕は叔父さんと同じ揉め事処理屋《トラブル・シューター》ですよ。まだ半年もたっていない同業者が、そんなに邪魔ですか?」
「おまえには別の名前を贈ってやろう。――揉め事製造屋《トラブル・メーカー》だ」
蘭馬は眼を落として、
「哀しいな」
「嘘をつけ」
「治療代くらいは稼がないとね」
蘭馬は顔を上げ、こめかみのバンドエイドを指先でつついた。
「おれが出してやる。余計な真似はするな」
「どうして、また。やけに敵側につきますね、あの時代遅れ《アナクロ》野郎に」
「おまえの実力はおれもよく知ってるし、認めざるを得ん。残念ながらな」
醍醐は立ち上がり、キャビネットからトーケイのワインを取り出し、二つのグラスと一緒に戻った。
なみなみと注《つ》いで、ひとつを蘭馬に押しやる。
「どういう風の吹き廻しです?」
と蘭馬はうすく笑った。この叔父は、昼間から酒をやるような‘やわな’男では断じてない。
「少し、気になることがある」
と醍醐はひと口飲んでから言った。
「犯人ですか?」
「大昔――ロンドンに、“切り裂きジャック”という奴が出た。知ってるだろ?」
「何ですか、それ?」
「……知らんのか?」
じっと蘭馬を見つめて、
「本当に?」
「本当に」
「おまえ、まじめに廃業を考えろ」
「何ですか、そいつは?」
「一八八八年の八月三十一日から十一月九日にかけて、五人の娼婦を惨殺した男だ。性的殺人の嚆矢《こうし》として今も名高いが、本当に有名なのは、こいつがとうとう捕まらなかったためだ」
「そいつも、鉈で?」
「いや、解剖用の大型ナイフだと言われている。ばらばらにしたのも最後の犠牲者メアリ・ケリーだけで、それも内蔵を摘出したきり、手足や首はちゃんとつながってた」
「叔父さんも平気な顔でエグイこと言いますね」
と蘭馬はわざとらしく顔をしかめて、
「そいつがまた現われた、とでも言いたいのですか?」
「だったらまだいいがな」
「ほう」
蘭馬は愉しそうに笑った。山海の珍味を前にした食道楽の雰囲気である。
「そいつと今度の犯人が直接関係があるのは、娼婦殺しとアナクロなスタイルだけだ。多分――‘奴’だろう」
「ご存知だったんですか!?」
青天の霹靂《へきれき》であった。手にしたワインを干すことも忘れて、
「だ、誰です、そいつは?」
と訊く声も上ずっていた。
この冷酷非情な甥に、凄まじい痛打を浴びせたのも知らぬげに、“死なず”の醍醐は迎えを待つ死刑囚みたいな表情を崩さずに、
「おれは一度、戦って敗けたことがある。――“八つ裂きジャック”にな」
テーブルの向うで小柄な男がとがめるように言った。
「十八歳のうら若い娘がばらばらだ」
「正確には七つですよ、叔父さん」
と蘭馬はソファの上で訂正した。
「両手両足、首と胴が二つ――実に手際が――いや、残虐だ」
「手際がいいと誉《ほ》めたらどうだ。――どうせ、おまえと似た趣味の奴だろう。なら、じきに捕まるな」
「釈放してくれた叔父さんに文句は言いたくありませんが、少しく僕という人間を誤解していらっしゃいませんか。僕は被害者です。二日間も留置されました」
あれからパトロール中の警官に連行され、“死なず”の醍醐の甥《おい》だと言って釈放されるまでの日数である。留置場から真っすぐ――ここは、青山にある醍醐の事務所であった。窓から正午近い日がさしこんでいる。
目撃者も見つからず、凶器もなく、通りすがりだと言い返して、何とか証拠不十分で出られたが、当分は警察の尾行を覚悟しなければなるまい。
「その辺のことはとやかく言ってもはじまらん」
と彼の叔父は手にした葉巻――ラ・コロナ・コロナを灰皿に押しつけ、
「おまえ――この事件から手を引け」
と言った。
「何故です?――僕は叔父さんと同じ揉め事処理屋《トラブル・シューター》ですよ。まだ半年もたっていない同業者が、そんなに邪魔ですか?」
「おまえには別の名前を贈ってやろう。――揉め事製造屋《トラブル・メーカー》だ」
蘭馬は眼を落として、
「哀しいな」
「嘘をつけ」
「治療代くらいは稼がないとね」
蘭馬は顔を上げ、こめかみのバンドエイドを指先でつついた。
「おれが出してやる。余計な真似はするな」
「どうして、また。やけに敵側につきますね、あの時代遅れ《アナクロ》野郎に」
「おまえの実力はおれもよく知ってるし、認めざるを得ん。残念ながらな」
醍醐は立ち上がり、キャビネットからトーケイのワインを取り出し、二つのグラスと一緒に戻った。
なみなみと注《つ》いで、ひとつを蘭馬に押しやる。
「どういう風の吹き廻しです?」
と蘭馬はうすく笑った。この叔父は、昼間から酒をやるような‘やわな’男では断じてない。
「少し、気になることがある」
と醍醐はひと口飲んでから言った。
「犯人ですか?」
「大昔――ロンドンに、“切り裂きジャック”という奴が出た。知ってるだろ?」
「何ですか、それ?」
「……知らんのか?」
じっと蘭馬を見つめて、
「本当に?」
「本当に」
「おまえ、まじめに廃業を考えろ」
「何ですか、そいつは?」
「一八八八年の八月三十一日から十一月九日にかけて、五人の娼婦を惨殺した男だ。性的殺人の嚆矢《こうし》として今も名高いが、本当に有名なのは、こいつがとうとう捕まらなかったためだ」
「そいつも、鉈で?」
「いや、解剖用の大型ナイフだと言われている。ばらばらにしたのも最後の犠牲者メアリ・ケリーだけで、それも内蔵を摘出したきり、手足や首はちゃんとつながってた」
「叔父さんも平気な顔でエグイこと言いますね」
と蘭馬はわざとらしく顔をしかめて、
「そいつがまた現われた、とでも言いたいのですか?」
「だったらまだいいがな」
「ほう」
蘭馬は愉しそうに笑った。山海の珍味を前にした食道楽の雰囲気である。
「そいつと今度の犯人が直接関係があるのは、娼婦殺しとアナクロなスタイルだけだ。多分――‘奴’だろう」
「ご存知だったんですか!?」
青天の霹靂《へきれき》であった。手にしたワインを干すことも忘れて、
「だ、誰です、そいつは?」
と訊く声も上ずっていた。
この冷酷非情な甥に、凄まじい痛打を浴びせたのも知らぬげに、“死なず”の醍醐は迎えを待つ死刑囚みたいな表情を崩さずに、
「おれは一度、戦って敗けたことがある。――“八つ裂きジャック”にな」
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