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ボディ・レンタル

ボディ・レンタル

著: 佐藤亜有子
発行: 河出書房新社
価格:525円(税込)
10ポイント還元
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対応端末:パソコン ソニー“Reader”
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著者プロフィール

 佐藤 亜有子 (さとう あゆこ)
 1969年、岩手県生まれ。東京大学仏文科卒業。『ボディ・レンタル』が第33回文藝賞優秀作となり、ベストセラーに。著書に、『生贄』『首輪』『東京大學殺人事件』(すべて河出書房新社刊)。

解説

 女子大生マヤはリクエストに応じて身体をレンタルし、契約を結べば顧客まかせのモノになりきる。あらゆる妄想を呑み込む空っぽの容器になることを夢見る、彼女の禁断のファイルとは? 文藝賞優秀作となった話題作!

抄録

 きょうは妙なリクエストがあり、昼間から出前に行ってきた。
 彼はわたしの二十人目の客だ。某商社の重役をしている。笑うと笠地蔵のように愛嬌のある顔になるが、けっこう神経が細かいらしく、店ではわがまま殿下として通っている。
 二週間前に店で会って、商社系の常でドイツは飾り窓の女の話で盛り上がるうちに、彼の目つきに脈ありと感じたわたしは、帰り際にそっとカードを渡した。お地蔵さんも雪の田舎道で凍えていた昔とは違い、都会人のすれっからしになっているため、カードを一目見ただけで、何も言わずにさりげなくわたしのお尻を撫でた。
 殿下はその後十日たってふたたび店に現れ、今度はわたしに一枚の名刺をくれた。彼の名刺かと思ったが、よく見ると、系列会社の秘書課の女性の名前が書いてある。
 ──おとといこんなものを作ってみた。もちろん偽名だが、誰にもわかりはしない。木曜の午後三時に、この名前でアポを取ってくれ。秘書にはわたしの部屋に通すように指示しておくから。いいね。
 というわけで、わたしは約束どおりアポを取り、午後三時十五分前に殿下の会社に行った。受付で待っていると、彼の秘書が迎えに来る。さすがに少しは緊張したが、秘書は毛ほども疑っていないらしい。わたしは角ばった革の鞄にキャリアウーマン風のスーツ、髪はアップにまとめて、精いっぱい三十近くに見えるように作っている。それに、知的な会話ならお手の物だ。エレベーターに乗って重役室まで行く途中、彼から指示のあったとおり、わたしの上司であるところの秘書課の課長の話などして、うまく彼女をまるめこんだと思う。
 秘書が重役室の扉をノックする。殿下が出てきた。昼間の笠地蔵はしかつめらしい石仏のような顔になっていて、事務的な態度でわたしを中に入れ、ドアを閉めた。偽名でアポを取れと言うことは、殿下はドアの向こうにまじめくさった秘書が控えている昼間の重役室でお戯れをし、スリルを味わいたいに違いない。何をするつもりだろう。鍵はかけないのだろうか。そう思って見ていると、彼はゆったりした足どりでデスクの向こうの椅子に座り、粘っこい目でわたしを見上げた。
 わたしはデスクに近づいて襟元のボタンを外し、胸を迫り出すように両手をついた。唇を舌で舐めたりして、多少の演出は心がける。殿下はしきりにわたしの唇を気にする様子なので、彼の要望はだいたい察しがついた。そこでローズ色のマニキュアを塗った親指を口に含み、たっぷり唾液で濡らす。とたんに彼の顔がゆがんだ。
 ──ああ……苦しい。ぞくぞくする。早く……口で……。
 秘書課の役職なしとの面会は五分で済む。公衆トイレの個室でも同じ行為を同じ時間でできるが、神宮外苑の緑を見下ろすこの部屋では、落書きだらけの壁に囲まれているよりよほどゴージャスな快楽が味わえるに違いない。わたしはデスクの向こうに回り、彼の前に膝をついた。殿下はスラックスのジッパーを下ろし、トランクスに手をかけた。
 ──胸を出して。きみのおっぱいが見たい。
 そのストレートな言説に感心したわたしは、ジャケットを脱ぎ、ブラウスの前を完全にはだける。
 ──だめだ、もっと。
 わたしはストラップレスのブラジャーをはずす。
 彼はそれを見るなりうっと息を止め、トランクスの前から例のものを取り出した。
 この日の口紅はベージュに近い色だが、ヌードとも言われるだけあり、唇を開けばけっこう煽情的な眺めになる。彼はこの刺激的な状況と、わたしの大して立派でもないおっぱいにのぼせ上がり、ことが終わるのに三分とかからなかった。
 大商社の重役室といってもさすがにバスルームはないため、ハンカチで口を拭ってこっそり後始末をし、とりあえず強烈なミントを口に含む。殿下はいまだに極楽浄土をさまよっていて、椅子に座ってぐったり脚を広げたまま、しきりに痙攣している。それではなぜか、少し物足りない。
 レンタル契約を結んだからには、このパーツを心ゆくまで堪能してほしい。わたしはミントのほどよく溶け込んだ唾液を口にため、彼のペニスになすりつけた。そうやっておいて、じっくり指を使う。彼が本当に満足したならやめるつもりだったが、たちまち昂ぶってきたものらしく、ほとんど自動的にわたしの首をつかんだ。そうなると、もはやそれはわたしの唇ではなく、女の唇でもなく、ただなま温かくて粘りけのある空洞になる。極楽浄土をさまよっていた男が、地獄に堕ちたか、獄に迷い込んだかは知らない。とにかく彼は二度目の往生を遂げた。
 昼間のレンタルは、まわりが明るいぶんだけ終わらせ方が難しい。彼が目を閉じたままでいるのは、宴のあとの物憂さに浸っているだけでなく、非人間から人間に移行したわたしと向き合うのが決まり悪いせいだと思う。
 ここはあくまでビジネスライクに振る舞うのがいい。わたしは殿下のジッパーを上げてやり、にっこり笑って頬にキスしてから、口紅をなおして秘書課の某嬢の顔に戻った。
 本日の売り上げ、八万円ナリ。

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