和書>小説・ノンフィクション>文芸>日本文学>現代小説
著者プロフィール
戸川 幸夫(とがわ ゆきお)
明治45年、佐賀県生まれ。昭和11年、旧制山形高校理科甲類中退。
昭和29年「高安犬物語」で直木賞受賞。53年、芸術選奨文部大臣賞。56年、紫綬褒章。60年、児童文学功労者に選ばれる。
主な著書は「すばらしき動物の世界」「イリオモテヤマネコ」「マタギ」「人喰鉄道」「ヒトはなぜ助平になったか」「戸川幸夫動物文学全集」(全10巻)他。
明治45年、佐賀県生まれ。昭和11年、旧制山形高校理科甲類中退。
昭和29年「高安犬物語」で直木賞受賞。53年、芸術選奨文部大臣賞。56年、紫綬褒章。60年、児童文学功労者に選ばれる。
主な著書は「すばらしき動物の世界」「イリオモテヤマネコ」「マタギ」「人喰鉄道」「ヒトはなぜ助平になったか」「戸川幸夫動物文学全集」(全10巻)他。
解説
人間に子どもを奪われ、人食い虎と化した母虎が、また暴れだした。満州国参事官の田中吾一は、狩人の竜飛とともに、再び地図もない山岳密林地帯へと向かうが、そこには、吾一を人質に身代金を狙う山賊が待ち受けていた――。
厳しい自然と戦争を背景に、国境や人種を越えた心と心の結びつきを描く、友情の物語。
厳しい自然と戦争を背景に、国境や人種を越えた心と心の結びつきを描く、友情の物語。
目次
十三 三頭の虎
十四 トーチカと芸者
十五 二つの命
十六 餓狼の群
十七 白骨と手紙
十八 罠
十九 風荒れ
二十 掟(おきて)
二十一 死と生と……
あとがきに代えて
十四 トーチカと芸者
十五 二つの命
十六 餓狼の群
十七 白骨と手紙
十八 罠
十九 風荒れ
二十 掟(おきて)
二十一 死と生と……
あとがきに代えて
抄録
背後で鳥が鳴いた。ただの鳥ではない。竜飛の合図だった。
ハッとして吾一が身を沈めたとたん、左斜めうしろで銃声が起り、ピューンと弾丸が耳を掠めた。
吾一が体をすくめなかったらその弾丸は間違いなく、彼の首すじか、頭蓋骨を貫通していただろう。
弾丸は吾一の皮膚を焼くようにして飛び去ると右手前方に立っていた椴松(とどまつ)の焼けた幹にパシッと音を立てて喰い込み、小枝がぱらぱらと散った。
“危いッ!”
と直感して、吾一は藪の中に腹這いになった。
山賊だ! やはりあの靴跡は山賊だったのだ。
そこに居ては危い、と思ったので、吾一は藪の揺れるのに注意しながら、そっと三メートルほど腹這いになったまま、後退した。
また銃声が起って、いままで吾一が匿れていた辺りの藪がパッと散った。
もうはっきりした。相手は吾一を鹿と見まちがえたのではなく、吾一を殺しにかかっているのだ。
射撃の腕は正確だった。油断のならない相手だった。
三発目の銃声が起ったとき、吾一は弾丸がどの方角から飛んでくるのかを確かめようとした。それだけの余裕が出来た。というのは相手は吾一の所在がわからなくなったので、手さぐりで射撃し、こちらの出かたを窺っているように思えたからだった。
よし、それならこっちは殺られたふりをして、じっとしていよう。そうすれば、相手は正体を現わすに違いない。
そのとき、こちら側から銃声が起って、
「わッ!」
と叫ぶ声と、ごろごろと人が転がり落ちる音がした。
竜飛はどうしたろう? まさか今、撃たれたのが竜飛ではあるまい……と思いながらも心配になった。
なおもじっとしていると、うしろの方から人の来る気配がした。
銃では間に合わない。拳銃を引き抜いてふり返ると、竜飛が這い寄ってきていた。
「一人、やっつけた。でも、まだ二人、匿れている」
と竜飛は小声で告げた。
山賊は、明らかに吾一たちが、この辺で袋角を採取していることを知って奪うチャンスを待っていたのだ。
竜飛のリュックには、これまで集めた袋角がいっぱい詰っている。小屋に置いておくのは危険なので、彼は持ち歩いていた。それを山賊たちは嗅ぎつけたのだろう。吾一はたずねた。
「二人だけか?」
「わからん。仲間、もっといるかもしれん。でも、いまは二人、見えた」
いま自分たちは獣のように狙われている。こうなったらどちらかが死ぬしかない。
相手は餓狼の群なんだ。肉を見つけた以上、それをむさぼり喰うまで追撃をやめないだろう。これは避け難いことであり、ここでは防ぐしかなかった。殺人もやむを得ない。
ハッとして吾一が身を沈めたとたん、左斜めうしろで銃声が起り、ピューンと弾丸が耳を掠めた。
吾一が体をすくめなかったらその弾丸は間違いなく、彼の首すじか、頭蓋骨を貫通していただろう。
弾丸は吾一の皮膚を焼くようにして飛び去ると右手前方に立っていた椴松(とどまつ)の焼けた幹にパシッと音を立てて喰い込み、小枝がぱらぱらと散った。
“危いッ!”
と直感して、吾一は藪の中に腹這いになった。
山賊だ! やはりあの靴跡は山賊だったのだ。
そこに居ては危い、と思ったので、吾一は藪の揺れるのに注意しながら、そっと三メートルほど腹這いになったまま、後退した。
また銃声が起って、いままで吾一が匿れていた辺りの藪がパッと散った。
もうはっきりした。相手は吾一を鹿と見まちがえたのではなく、吾一を殺しにかかっているのだ。
射撃の腕は正確だった。油断のならない相手だった。
三発目の銃声が起ったとき、吾一は弾丸がどの方角から飛んでくるのかを確かめようとした。それだけの余裕が出来た。というのは相手は吾一の所在がわからなくなったので、手さぐりで射撃し、こちらの出かたを窺っているように思えたからだった。
よし、それならこっちは殺られたふりをして、じっとしていよう。そうすれば、相手は正体を現わすに違いない。
そのとき、こちら側から銃声が起って、
「わッ!」
と叫ぶ声と、ごろごろと人が転がり落ちる音がした。
竜飛はどうしたろう? まさか今、撃たれたのが竜飛ではあるまい……と思いながらも心配になった。
なおもじっとしていると、うしろの方から人の来る気配がした。
銃では間に合わない。拳銃を引き抜いてふり返ると、竜飛が這い寄ってきていた。
「一人、やっつけた。でも、まだ二人、匿れている」
と竜飛は小声で告げた。
山賊は、明らかに吾一たちが、この辺で袋角を採取していることを知って奪うチャンスを待っていたのだ。
竜飛のリュックには、これまで集めた袋角がいっぱい詰っている。小屋に置いておくのは危険なので、彼は持ち歩いていた。それを山賊たちは嗅ぎつけたのだろう。吾一はたずねた。
「二人だけか?」
「わからん。仲間、もっといるかもしれん。でも、いまは二人、見えた」
いま自分たちは獣のように狙われている。こうなったらどちらかが死ぬしかない。
相手は餓狼の群なんだ。肉を見つけた以上、それをむさぼり喰うまで追撃をやめないだろう。これは避け難いことであり、ここでは防ぐしかなかった。殺人もやむを得ない。
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