和書>小説・ノンフィクション>文芸>日本文学>名作小説
著者プロフィール
有島 武郎(ありしま たけお)
一八七八年、東京都小石川に大蔵省官僚の長男として生まれる。小説家、画家の有島生馬(いくま)、小説家の里見とんの実兄。学習院高等科中退、札幌農学校に入学。三十八歳の時、実父と妻の死を契機に本格的な文筆活動に入り、不朽の傑作『或る女』『カインの末裔』などを次々と発表。白樺派文学興隆期の一翼を担った。一九二三年、婦人記者波多野秋子(はたのあきこ)と共に軽井沢の別荘で自殺。三男を残し、四十五年の生涯を閉じた。
一八七八年、東京都小石川に大蔵省官僚の長男として生まれる。小説家、画家の有島生馬(いくま)、小説家の里見とんの実兄。学習院高等科中退、札幌農学校に入学。三十八歳の時、実父と妻の死を契機に本格的な文筆活動に入り、不朽の傑作『或る女』『カインの末裔』などを次々と発表。白樺派文学興隆期の一翼を担った。一九二三年、婦人記者波多野秋子(はたのあきこ)と共に軽井沢の別荘で自殺。三男を残し、四十五年の生涯を閉じた。
解説
「生まれ出づる悩み」には、白樺派らしい人道主義が、一筋に個性をのばす人間への隣人愛となってほとばしっている。「クララの出家」は現世にひかれる心を感じながら、神と共にある清浄な世界に憧憬する。共に、芸術への精進、聖なるものへの登高という武郎の霊的一面を代表する注目すべき作品。他に「フランセスの顔」「石にひしがれた雑草」併載。
目次
生まれ出づる悩み
フランセスの顔
クララの出家
石にひしがれた雑草
フランセスの顔
クララの出家
石にひしがれた雑草
抄録
私が君にはじめて会ったのは、私がまだ札幌に住んでいるころだった。私の借りた家は札幌の町はずれを流れる豊平川という川の右岸にあった。その家は堤の下の一町歩ほどもある大きな林檎園(りんごえん)の中に建ててあった。
そこにある日の午後君は尋ねてきたのだった。君は少し不機嫌そうな、口の重い、癇(かん)で背たけが伸びきらないといったような少年だった。汚ない中学校の制服の立襟のホックをう・る・さ・そ・う・にはずしたままにしていた、それが妙なことにまことにはっきりと私の記憶に残っている。
君は座につくとぶっきらぼうに自分の描いた画(え)を見てもらいたいと言いだした。君は片手では抱(かか)えきれないほど油画や水彩画を持ちこんできていた。君は自分自身を平気で虐(しいた)げる人のように、風呂敷包みの中から乱暴に幾枚かの画を引き抜いて私の前に置いた。そしてじっと探るように私の顔を見詰めた。あからさまに言うと、その時私は君をいやに高慢ちきな若者だと思った。そして君の方には頭も向けないで、よんどころなく差し出された画を取り上げて見た。
私は一眼見て驚かずにはいられなかった。少しの修練も経てはいないらしい幼稚な技巧ではあったけれども、その中には不思議に力がこもっていてそれがすぐ私を襲ったからだ。私は画面から眼を放してもう一度君を見なおさないではいられなくなった。で、そうした。その時、君は不安らしいそのくせ意地張りな眼つきをして矢張り私を見続けていた。
「どうでしょう。それなんかはくだらない出来だけれども」
そう君はいかにも自分の仕事を軽蔑(けいべつ)するように言った。もう一度あからさまに言うが、私は一方で君の画に喜ばしい驚きを感じながらも、いかにも思いあがったような君の物腰には一種の反感を覚えて、ちょっと皮肉でも言ってみたくなった。
「くだらない出来がこれほどなら、会心の作というのはたいしたものでしょうね」とかなんとか。
しかし私は幸いにもとっさにそんな言葉で自分を穢すことを遁(のが)れたのだった。それは私の心が美しかったからではない。君の画がなんといっても君自身に対する私の反感に打ち勝って私に迫っていたからだ。(「生まれ出づる悩み」より)
そこにある日の午後君は尋ねてきたのだった。君は少し不機嫌そうな、口の重い、癇(かん)で背たけが伸びきらないといったような少年だった。汚ない中学校の制服の立襟のホックをう・る・さ・そ・う・にはずしたままにしていた、それが妙なことにまことにはっきりと私の記憶に残っている。
君は座につくとぶっきらぼうに自分の描いた画(え)を見てもらいたいと言いだした。君は片手では抱(かか)えきれないほど油画や水彩画を持ちこんできていた。君は自分自身を平気で虐(しいた)げる人のように、風呂敷包みの中から乱暴に幾枚かの画を引き抜いて私の前に置いた。そしてじっと探るように私の顔を見詰めた。あからさまに言うと、その時私は君をいやに高慢ちきな若者だと思った。そして君の方には頭も向けないで、よんどころなく差し出された画を取り上げて見た。
私は一眼見て驚かずにはいられなかった。少しの修練も経てはいないらしい幼稚な技巧ではあったけれども、その中には不思議に力がこもっていてそれがすぐ私を襲ったからだ。私は画面から眼を放してもう一度君を見なおさないではいられなくなった。で、そうした。その時、君は不安らしいそのくせ意地張りな眼つきをして矢張り私を見続けていた。
「どうでしょう。それなんかはくだらない出来だけれども」
そう君はいかにも自分の仕事を軽蔑(けいべつ)するように言った。もう一度あからさまに言うが、私は一方で君の画に喜ばしい驚きを感じながらも、いかにも思いあがったような君の物腰には一種の反感を覚えて、ちょっと皮肉でも言ってみたくなった。
「くだらない出来がこれほどなら、会心の作というのはたいしたものでしょうね」とかなんとか。
しかし私は幸いにもとっさにそんな言葉で自分を穢すことを遁(のが)れたのだった。それは私の心が美しかったからではない。君の画がなんといっても君自身に対する私の反感に打ち勝って私に迫っていたからだ。(「生まれ出づる悩み」より)
本の情報
この本を読んだ人は、こんな本も読んでいます
形式
【XMDF形式】
XMDFデータをご覧いただくためには専用のブラウザソフト・ブンコビューア最新版(無料)が必要になります。ブンコビューアはここから無料でダウンロードできます。
詳しくはブンコビューアダウンロード初めての方へをご覧下さい。
対応端末欄に「ソニー“Reader”」と表示されている作品については、eBook Transfer for Readerで“Reader”にファイルを転送する事で閲覧できます。
海外版の“Reader”は対応しておりませんので予めご了承くださいませ。


























