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著者プロフィール
大原 健士郎(おおはら けんしろう)
1930年、高知県生まれ。東京慈恵会医科大学を卒業。南カリフォルニア大学精神科招聘教授、東京慈恵会医科大学助教授を経て、1977年、浜松医科大学精神科教授となる。1996年、同大学名誉教授に。
現在、横浜相原病院名誉院長 。
研究領域:神経症、うつ病、森田療法、アルコール・薬物依存症、老人、児童。
著書多数。
1930年、高知県生まれ。東京慈恵会医科大学を卒業。南カリフォルニア大学精神科招聘教授、東京慈恵会医科大学助教授を経て、1977年、浜松医科大学精神科教授となる。1996年、同大学名誉教授に。
現在、横浜相原病院名誉院長 。
研究領域:神経症、うつ病、森田療法、アルコール・薬物依存症、老人、児童。
著書多数。
解説
現代は神経症の時代である。
神経症の本態である「とらわれ」の心理とは、どういうものだろう。本書は視線恐怖、不潔恐怖、尖端恐怖、確認癖、自己臭恐怖、対人恐怖、不安恐怖……ほか具体的症例を多数収録し、著者がアドバイス。
「思い込み」と「とらわれ」の生き方から脱却したい、無理をせず自然体で生きたい、つまらないこと・くだらないことにとらわれず有意義なことにエネルギーを使いたいと悩んでいる人、必読の一冊!
神経症の本態である「とらわれ」の心理とは、どういうものだろう。本書は視線恐怖、不潔恐怖、尖端恐怖、確認癖、自己臭恐怖、対人恐怖、不安恐怖……ほか具体的症例を多数収録し、著者がアドバイス。
「思い込み」と「とらわれ」の生き方から脱却したい、無理をせず自然体で生きたい、つまらないこと・くだらないことにとらわれず有意義なことにエネルギーを使いたいと悩んでいる人、必読の一冊!
目次
文庫版まえがき
まえがき
第1講 「ふつう」であることのむずかしさ
第2講 「死」を考えるとは「生」を考えること
第3講 じたばたしても何もはじまらない
第4講 もっと自分をさらけ出して
第5講 悪い癖は薬を飲んでも治らない
第6講 過去を反省し、再出発を
第7講 自意識過剰を取り払うこと
第8講 「とらわれ」からの脱却を
第9講 劣等感の塊が、実はプライドの塊
第10講 「自分さえよければいい」という考えを変える
第11講 人生は思いどおりにならないことが多いもの
第12講 幸せになる、ならないはそれぞれの努力から
第13講 神経質な性格は形を変えれば活きてくる
第14講 逃げずに徹底的にのめり込むことも必要
第15講 自分が気にしているほど周りは気にしていない
第16講 理屈でなく体で学んでいく姿勢を
第17講 他人に感謝する気持ちをもつ
第18講 限られた命だからこそ、より有意義に生きる
第19講 人との出会いを楽しいものに代えていく
第20講 「迷ったら行動する」ことが自信に
第21講 生きる目標があれば、たいていの苦難に絶えられる
第22講 人並みに行動することで人並みの心理になる
第23講 「あるがまま」に受け入れる心を
第24講 「必ず治るんだ」という希望を
第25講 「純な心」をプラスに向けて
第26講 人に良く思われたいのは、みんな同じ
あとがき
まえがき
第1講 「ふつう」であることのむずかしさ
第2講 「死」を考えるとは「生」を考えること
第3講 じたばたしても何もはじまらない
第4講 もっと自分をさらけ出して
第5講 悪い癖は薬を飲んでも治らない
第6講 過去を反省し、再出発を
第7講 自意識過剰を取り払うこと
第8講 「とらわれ」からの脱却を
第9講 劣等感の塊が、実はプライドの塊
第10講 「自分さえよければいい」という考えを変える
第11講 人生は思いどおりにならないことが多いもの
第12講 幸せになる、ならないはそれぞれの努力から
第13講 神経質な性格は形を変えれば活きてくる
第14講 逃げずに徹底的にのめり込むことも必要
第15講 自分が気にしているほど周りは気にしていない
第16講 理屈でなく体で学んでいく姿勢を
第17講 他人に感謝する気持ちをもつ
第18講 限られた命だからこそ、より有意義に生きる
第19講 人との出会いを楽しいものに代えていく
第20講 「迷ったら行動する」ことが自信に
第21講 生きる目標があれば、たいていの苦難に絶えられる
第22講 人並みに行動することで人並みの心理になる
第23講 「あるがまま」に受け入れる心を
第24講 「必ず治るんだ」という希望を
第25講 「純な心」をプラスに向けて
第26講 人に良く思われたいのは、みんな同じ
あとがき
抄録
現代は神経症の時代と呼んでいいだろう。
肝臓が悪い、心臓が悪いといって通院する患者の三分の一が神経症だったという報告がある。調査によっては三分の二という数字もある。本人ばかりか医者までも肝臓病、心臓病と信じて治療しているわけである。
神経症とは、心理的なストレスから起こってくる軽い心の病気のことである。精神病に比べて、非常識な言動や行為はなく、自殺とか反社会的な行動もない。しかし、本人は重病だと思っている。
神経症には、不安神経症、強迫神経症(対人恐怖、不潔恐怖など、いろいろな恐怖症状を示すもの)、抑うつ神経症という三つのタイプがある。
神経症には、いくら頭が痛い、どこそこが具合が悪い、といっても、その訴えに相当する器質(きしつ)的な病気がない。器質的な病気では、たとえば頭が痛いときに脳波をとったりレントゲンをとると、病変が発見できる。神経症では、いくら調べても何も出てこない。病気でもないのに、病気だ、病気だと騒いでいるわけである。
神経症の症状には、実にいろいろなものがある。出社拒否に登校拒否、不眠症、不安発作、対人恐怖、その中に醜貌(しゆうぼう)恐怖といって、自分の顔が醜(みにく)く思えて人前に出るのをいやがる病気もある。
自分は変な臭(にお)いを出して人に迷惑をかけていると考える自己臭恐怖。その臭いのせいで、人間関係がうまくいかないと悩むわけである。
雑念が浮かんで仕事や受験勉強に集中できないと悩む、雑念恐怖の人もいる。
高所恐怖は、飛行機にも乗れないし、高いところにも登れない。
狭(せま)い部屋にいるのが苦痛の閉所(へいしよ)恐怖症もあれば、反対に広い場所に耐えられない広場恐怖症もある。
肝臓が悪い、心臓が悪いといって通院する患者の三分の一が神経症だったという報告がある。調査によっては三分の二という数字もある。本人ばかりか医者までも肝臓病、心臓病と信じて治療しているわけである。
神経症とは、心理的なストレスから起こってくる軽い心の病気のことである。精神病に比べて、非常識な言動や行為はなく、自殺とか反社会的な行動もない。しかし、本人は重病だと思っている。
神経症には、不安神経症、強迫神経症(対人恐怖、不潔恐怖など、いろいろな恐怖症状を示すもの)、抑うつ神経症という三つのタイプがある。
神経症には、いくら頭が痛い、どこそこが具合が悪い、といっても、その訴えに相当する器質(きしつ)的な病気がない。器質的な病気では、たとえば頭が痛いときに脳波をとったりレントゲンをとると、病変が発見できる。神経症では、いくら調べても何も出てこない。病気でもないのに、病気だ、病気だと騒いでいるわけである。
神経症の症状には、実にいろいろなものがある。出社拒否に登校拒否、不眠症、不安発作、対人恐怖、その中に醜貌(しゆうぼう)恐怖といって、自分の顔が醜(みにく)く思えて人前に出るのをいやがる病気もある。
自分は変な臭(にお)いを出して人に迷惑をかけていると考える自己臭恐怖。その臭いのせいで、人間関係がうまくいかないと悩むわけである。
雑念が浮かんで仕事や受験勉強に集中できないと悩む、雑念恐怖の人もいる。
高所恐怖は、飛行機にも乗れないし、高いところにも登れない。
狭(せま)い部屋にいるのが苦痛の閉所(へいしよ)恐怖症もあれば、反対に広い場所に耐えられない広場恐怖症もある。




















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