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走れメロス

走れメロス


発行: オンライン出版
価格:470pt
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著者プロフィール

 太宰 治(だざい おさむ)
 明治42年、青森県金木村生まれ。本名、津島修治。東大仏文科在学中に非合法運動に従事し、やがて本格的な執筆活動に入る。昭和10年、「逆行」で第一回芥川賞の次席となり、翌年には処女作品集「晩年」を刊行。以後「走れメロス」「斜陽」など多くの佳作を執筆。「人間失格」を発表した昭和23年、玉川上水に入水し、没。

解説

 妹の婚礼を終えると、メロスはシラクスの市めざして走りに走った。約束の三日目の日没までに暴虐の王の下に戻らねば、自分の代わりに友セリヌンティウスが殺される。日はすでに傾いている。メロスよ、走れ!――
 身命を賭けた友情の美しさを描いて名高い表題作のほか、「富嶽百景」「駈込み訴え」「東京八景」など、執筆活動の充実ぶりを示す、太宰中期の佳作9篇を収録。

目次

富嶽百景
懶惰の歌留多
八十八夜
畜犬談
おしゃれ童子
俗天使
駈込み訴え
老(アルト)ハイデルベルヒ
走れメロス
東京八景

抄録

 私が、その峠の茶屋へ来て二、三日経って、井伏氏の仕事も一段落ついて、ある晴れた午後、私たちは三ツ峠へのぼった。三ツ峠、海抜千七百メートル。御坂峠より、少し高い。急坂を這うようにしてよじ登り、一時間ほどにして三ツ峠頂上に達する。蔦かずら掻きわけて、細い山路、這うようにしてよじ登る私の姿は、決して見よいものではなかった。井伏氏は、ちゃんと登山服着ておられて、軽快の姿であったが、私には登山服の持ち合わせがなく、ドテラ姿であった。茶屋のドテラは短く、私の毛臑は、一尺以上も露出して、しかもそれに茶屋の老爺から借りたゴム底の地下足袋をはいたので、われながらむさ苦しく、少し工夫して、角帯をしめ、茶店の壁にかかっていた古い麦藁帽をかぶってみたのであるが、いよいよ変で、井伏氏は、人のなりふりを決して軽蔑しない人であるが、このときだけはさすがに少し、気の毒そうな顔をして、男は、しかし、身なりなんか気にしないほうがいい、と小声で呟いて私をいたわってくれたのを、私は忘れない。とかくして頂上についたのであるが、急に濃い霧が吹き流れて来て、頂上のパノラマ台という、断崖の縁(へり)に立ってみても、いっこうに眺望がきかない。何も見えない。井伏氏は、濃い霧の底、岩に腰をおろし、ゆっくり煙草を吸いながら、放屁なされた。いかにも、つまらなそうであった。パノラマ台には、茶店が三軒ならんで立っている。そのうちの一軒、老爺と老婆と二人きりで経営しているじみな一軒を選んで、そこで熱い茶を呑んだ。茶店の老婆は気の毒がり、ほんとうにあいにくの霧で、もう少し経ったら霧もはれると思いますが、富士は、ほんのすぐそこに、くっきり見えます、と言い、茶店の奥から富士の大きい写真を持ち出し、崖の端に立ってその写真を両手で高く掲示して、ちょうどこの辺に、このとおりに、こんなに大きく、こんなにはっきり、このとおりに見えます、と懸命に註釈するのである。私たちは、番茶をすすりながら、その富士を眺めて、笑った。いい富士を見た。霧の深いのを、残念にも思わなかった。
 その翌々日であったろうか、井伏氏は、御坂峠を引きあげることになって、私も甲府までおともした。甲府で私は、ある娘さんと見合いすることになっていた。井伏氏に連れられて甲府のまちはずれの、その娘さんのお家へお伺いした。井伏氏は、無雑作な登山服姿である。私は、角帯に、夏羽織を着ていた。娘さんの家のお庭には、薔薇がたくさん植えられていた。母堂に迎えられて客間に通され、挨拶して、そのうちに娘さんも出て来て、私は、娘さんの顔を見なかった。井伏氏と母堂とは、おとな同士の、よもやまの話をして、ふと、井伏氏が、
 「おや、富士」と呟いて、私の背後の長押(なげし)を見あげた。私も、からだを捻じ曲げて、うしろの長押を見上げた。富士山頂大噴火口の鳥瞰写真が、額縁にいれられて、かけられていた。まっしろい睡蓮の花に似ていた。私は、それを見とどけ、また、ゆっくりからだを捻じ戻すとき、娘さんを、ちらと見た。きめた。多少の困難があっても、このひとと結婚したいものだと思った。あの富士は、ありがたかった。
 井伏氏は、その日に帰京なされ、私は、ふたたび御坂にひきかえした。それから、九月、十月、十一月の十五日まで、御坂の茶屋の二階で、少しずつ、少しずつ、仕事をすすめ、あまり好かないこの「富士三景の一つ」と、へたばるほど対談した。(「富嶽百景」より)

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