和書>趣味・生活・雑誌>趣味>ギャンブル>競馬
著者プロフィール
松浦 謙助(まつうら けんすけ)
1923年、東京生まれ。生まれながらのとんかつ屋。
1923年、東京生まれ。生まれながらのとんかつ屋。
解説
愛すべき競馬とともに生きた、浅草の下町情緒溢れる親子三代の物語。その存分な打ち込みぶりには嫉妬さえ感じられる。
競馬好きにはたまらない、なつかしい名馬たちも数多く登場!
また、競馬を知らなくても、70年も競馬をやりつづけたという「おばあちゃん」の話には、誰もが微笑み、涙するはず!
競馬好きにはたまらない、なつかしい名馬たちも数多く登場!
また、競馬を知らなくても、70年も競馬をやりつづけたという「おばあちゃん」の話には、誰もが微笑み、涙するはず!
目次
第一部 浅草っ子おんま三代
羽織袴の正装で競馬場へ
月給40円、馬券一枚20円
焦土の浅草を目の前に死す
親の血をひく息子と孫たち ほか
第二部 タマミ慕情
1 康の青春
記念すべき成人式の日
十二頭立ての8―8伝説
2 克っちゃん神の子
自由奔放に育つ
鍛冶屋だからトンチンカン
3 梅花一輪土俵入り
かつては角界のホープ
4 大穴の仙さん
必勝器具を胸に
5 おでん残照
出馬表買いの仲間
銭湯へ行って洗ってこい
おでん残照
羽織袴の正装で競馬場へ
月給40円、馬券一枚20円
焦土の浅草を目の前に死す
親の血をひく息子と孫たち ほか
第二部 タマミ慕情
1 康の青春
記念すべき成人式の日
十二頭立ての8―8伝説
2 克っちゃん神の子
自由奔放に育つ
鍛冶屋だからトンチンカン
3 梅花一輪土俵入り
かつては角界のホープ
4 大穴の仙さん
必勝器具を胸に
5 おでん残照
出馬表買いの仲間
銭湯へ行って洗ってこい
おでん残照
抄録
昭和60年5月21日。
浅草中が燃えた三社祭も終わり、オークスの興奮も去った翌未明。
「あたしゃ、なんとなく調子がおかしいよ」
そんな一言を残して、眠るように逝ってしまったおふくろ。彼女自身の望んでいたとおりの最期だった。
「あたしみたいに幸せな人間はいないよ」
常々口癖のように行っていたけれど、苦しい長い生涯だったと思う。大好きだった最期のオークスを見ることができたのが、残された者にとって、せめてもの救いだった。
30年も前、定期健診の際、医者から生きているのが奇跡くらいに言われた、おふくろの体だった。レントゲンに写った心肺は素人目に見ても驚くほどの状態だった。そんな状態のなかで、周囲の心配をよそに、まあよく馬場にも通っていたし、自分なりの馬券哲学のようなものも、しっかりと持っていたようだった。
「競馬がなかったら、こんなには生きられなかったよ」
とは、よく言っていたけれど。あまり医者の世話にもならず、その気力だけで頑張ってきた姿には、わが親ながら敬服せざるを得なかった。見事に整理された押入れやタンスの片隅に、多くの競馬の本や、これまた見事に整理された外れた馬券の一団があった。枕元に置かれた、オルゴールのついた当たり馬券入れの一番上には、オークスの的中馬券が誇らしげに収められていた。モモコは立派に代役を果たしていたのだ。
おふくろの意に反して、下町の葬式は盛大をきわめる。国会の先生をはじめ、全然関係のない人々までが押しよせきて、まるでお祭り騒ぎなのだ。そんな混雑のなかに、ぐっと涙をこらえていた鍛冶屋の克っちゃん。いつもクールな抜き型の芳っちゃん。取られっぱなしの鳶の治郎さん。能書き箸屋の家吹くん。出目表の宗ちゃん。ダンプの勇くん。大川ファンの正男くん。洗濯屋の肇くん。タクシーの村山さん。真っ赤に目を泣き腫らしていた肉屋のケン坊。お年玉には、いつも金杯の馬券を入れてくれた佐藤くん。黒い喪服の人々の中に真白な割烹着で駆けつけた、そば屋の康っちゃん。
誰よりも、誰よりもいつもワイワイ騒いでいた、この競馬仲間が来てくれたことが、おふくろにとっては、いちばん嬉しかったのではないか。
棺の中には、出馬表と花札と、オークスの馬券が入れられ、
「あたしゃ、あの人やボサツのところへ行くんだよ」
まるで微笑をうかべて、いまにも語りかけてくるような最期の姿だった。
オークスもダービーも終わって、なんとなく気の抜けたような東京競馬場。
柄にもなく、おふくろの写真など胸に入れた私。
まるで嘘のように、後半のレースで、おふくろの好きだった2―6の目が、連続して四レースも続く。
「バカだねえ、お前さん。それやぁ偶然っていうもんだよ!」
ふと、大空の彼方から、そんな声が聞こえてくるようだった。
浅草中が燃えた三社祭も終わり、オークスの興奮も去った翌未明。
「あたしゃ、なんとなく調子がおかしいよ」
そんな一言を残して、眠るように逝ってしまったおふくろ。彼女自身の望んでいたとおりの最期だった。
「あたしみたいに幸せな人間はいないよ」
常々口癖のように行っていたけれど、苦しい長い生涯だったと思う。大好きだった最期のオークスを見ることができたのが、残された者にとって、せめてもの救いだった。
30年も前、定期健診の際、医者から生きているのが奇跡くらいに言われた、おふくろの体だった。レントゲンに写った心肺は素人目に見ても驚くほどの状態だった。そんな状態のなかで、周囲の心配をよそに、まあよく馬場にも通っていたし、自分なりの馬券哲学のようなものも、しっかりと持っていたようだった。
「競馬がなかったら、こんなには生きられなかったよ」
とは、よく言っていたけれど。あまり医者の世話にもならず、その気力だけで頑張ってきた姿には、わが親ながら敬服せざるを得なかった。見事に整理された押入れやタンスの片隅に、多くの競馬の本や、これまた見事に整理された外れた馬券の一団があった。枕元に置かれた、オルゴールのついた当たり馬券入れの一番上には、オークスの的中馬券が誇らしげに収められていた。モモコは立派に代役を果たしていたのだ。
おふくろの意に反して、下町の葬式は盛大をきわめる。国会の先生をはじめ、全然関係のない人々までが押しよせきて、まるでお祭り騒ぎなのだ。そんな混雑のなかに、ぐっと涙をこらえていた鍛冶屋の克っちゃん。いつもクールな抜き型の芳っちゃん。取られっぱなしの鳶の治郎さん。能書き箸屋の家吹くん。出目表の宗ちゃん。ダンプの勇くん。大川ファンの正男くん。洗濯屋の肇くん。タクシーの村山さん。真っ赤に目を泣き腫らしていた肉屋のケン坊。お年玉には、いつも金杯の馬券を入れてくれた佐藤くん。黒い喪服の人々の中に真白な割烹着で駆けつけた、そば屋の康っちゃん。
誰よりも、誰よりもいつもワイワイ騒いでいた、この競馬仲間が来てくれたことが、おふくろにとっては、いちばん嬉しかったのではないか。
棺の中には、出馬表と花札と、オークスの馬券が入れられ、
「あたしゃ、あの人やボサツのところへ行くんだよ」
まるで微笑をうかべて、いまにも語りかけてくるような最期の姿だった。
オークスもダービーも終わって、なんとなく気の抜けたような東京競馬場。
柄にもなく、おふくろの写真など胸に入れた私。
まるで嘘のように、後半のレースで、おふくろの好きだった2―6の目が、連続して四レースも続く。
「バカだねえ、お前さん。それやぁ偶然っていうもんだよ!」
ふと、大空の彼方から、そんな声が聞こえてくるようだった。
本の情報
この本を読んだ人は、こんな本も読んでいます
形式
【XMDF形式】
XMDFデータをご覧いただくためには専用のブラウザソフト・ブンコビューア最新版(無料)が必要になります。ブンコビューアはここから無料でダウンロードできます。
詳しくはブンコビューアダウンロード初めての方へをご覧下さい。
対応端末欄に「ソニー“Reader”」と表示されている作品については、eBook Transfer for Readerで“Reader”にファイルを転送する事で閲覧できます。
海外版の“Reader”は対応しておりませんので予めご了承くださいませ。
【bookend形式】
この書籍は、商品の初回閲覧時に必要ソフト「bookend」(無料)を手動インストールする必要があります。
詳細はbookend形式のご利用方法をご覧下さい。
bookend形式の書籍をご覧いただくためにはAdobe Reader最新版(無料)が必要になります。Adobe Reader最新版はここから無料でダウンロードできます。


























