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浅草っ子おんま三代

浅草っ子おんま三代

著: 松浦謙助
発行: 三恵書房
価格:525円(税込)
10ポイント還元
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対応端末:パソコン ソニー“Reader”
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著者プロフィール

 松浦 謙助(まつうら けんすけ)
 1923年、東京生まれ。生まれながらのとんかつ屋。

解説

 愛すべき競馬とともに生きた、浅草の下町情緒溢れる親子三代の物語。その存分な打ち込みぶりには嫉妬さえ感じられる。
 競馬好きにはたまらない、なつかしい名馬たちも数多く登場!
 また、競馬を知らなくても、70年も競馬をやりつづけたという「おばあちゃん」の話には、誰もが微笑み、涙するはず!

目次

第一部 浅草っ子おんま三代


 羽織袴の正装で競馬場へ
 月給40円、馬券一枚20円
 焦土の浅草を目の前に死す
 親の血をひく息子と孫たち ほか


第二部 タマミ慕情


1 康の青春
 記念すべき成人式の日
 十二頭立ての8―8伝説


2 克っちゃん神の子
 自由奔放に育つ
 鍛冶屋だからトンチンカン


3 梅花一輪土俵入り
 かつては角界のホープ


4 大穴の仙さん
 必勝器具を胸に


5 おでん残照
 出馬表買いの仲間
 銭湯へ行って洗ってこい
 おでん残照

抄録

 昭和60年5月21日。
 浅草中が燃えた三社祭も終わり、オークスの興奮も去った翌未明。
 「あたしゃ、なんとなく調子がおかしいよ」
 そんな一言を残して、眠るように逝ってしまったおふくろ。彼女自身の望んでいたとおりの最期だった。
 「あたしみたいに幸せな人間はいないよ」
 常々口癖のように行っていたけれど、苦しい長い生涯だったと思う。大好きだった最期のオークスを見ることができたのが、残された者にとって、せめてもの救いだった。


 30年も前、定期健診の際、医者から生きているのが奇跡くらいに言われた、おふくろの体だった。レントゲンに写った心肺は素人目に見ても驚くほどの状態だった。そんな状態のなかで、周囲の心配をよそに、まあよく馬場にも通っていたし、自分なりの馬券哲学のようなものも、しっかりと持っていたようだった。
 「競馬がなかったら、こんなには生きられなかったよ」
 とは、よく言っていたけれど。あまり医者の世話にもならず、その気力だけで頑張ってきた姿には、わが親ながら敬服せざるを得なかった。見事に整理された押入れやタンスの片隅に、多くの競馬の本や、これまた見事に整理された外れた馬券の一団があった。枕元に置かれた、オルゴールのついた当たり馬券入れの一番上には、オークスの的中馬券が誇らしげに収められていた。モモコは立派に代役を果たしていたのだ。
 おふくろの意に反して、下町の葬式は盛大をきわめる。国会の先生をはじめ、全然関係のない人々までが押しよせきて、まるでお祭り騒ぎなのだ。そんな混雑のなかに、ぐっと涙をこらえていた鍛冶屋の克っちゃん。いつもクールな抜き型の芳っちゃん。取られっぱなしの鳶の治郎さん。能書き箸屋の家吹くん。出目表の宗ちゃん。ダンプの勇くん。大川ファンの正男くん。洗濯屋の肇くん。タクシーの村山さん。真っ赤に目を泣き腫らしていた肉屋のケン坊。お年玉には、いつも金杯の馬券を入れてくれた佐藤くん。黒い喪服の人々の中に真白な割烹着で駆けつけた、そば屋の康っちゃん。
 誰よりも、誰よりもいつもワイワイ騒いでいた、この競馬仲間が来てくれたことが、おふくろにとっては、いちばん嬉しかったのではないか。
 棺の中には、出馬表と花札と、オークスの馬券が入れられ、
 「あたしゃ、あの人やボサツのところへ行くんだよ」
 まるで微笑をうかべて、いまにも語りかけてくるような最期の姿だった。
 オークスもダービーも終わって、なんとなく気の抜けたような東京競馬場。
 柄にもなく、おふくろの写真など胸に入れた私。
 まるで嘘のように、後半のレースで、おふくろの好きだった2―6の目が、連続して四レースも続く。
 「バカだねえ、お前さん。それやぁ偶然っていうもんだよ!」
 ふと、大空の彼方から、そんな声が聞こえてくるようだった。

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