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著者プロフィール
リチャード・F・バートン(Richard Francis Burton)
(1821〜1890)
英国生まれ。早くから語学的天分に恵まれ、修めた外国語は35カ国語にものぼる。インドや東洋諸国をはじめとして世界中を遊歴し、さまざまな旅行記を書いた。1890年トリエストで永眠。
(1821〜1890)
英国生まれ。早くから語学的天分に恵まれ、修めた外国語は35カ国語にものぼる。インドや東洋諸国をはじめとして世界中を遊歴し、さまざまな旅行記を書いた。1890年トリエストで永眠。
解説
どん底生活におちいった漁師を描きながらも、あふれるばかりのユーモア満載の楽しい滑稽談「バグダッドの漁師ハリファー」、満たされぬ性生活をおくる美しい人妻が若者に口説かれて真実の愛に生きる決心をする「マスルールとザイン・アル・マワシフ」、若い相愛の男女の逃避行をえがく佳作「アリ・ヌル・アル・ディンと帯作りのミリアム姫」の3編を収録。おもしろおかしい詩も豊富にある。7巻その1。
目次
バグダッドの漁師ハリファー
バグダッドの漁師ハリフ(ブレスラウ版による)
マスルールとザイン・アル・マワシフ
アリ・ヌル・アル・ディンと帯作りのミリアム姫
バグダッドの漁師ハリフ(ブレスラウ版による)
マスルールとザイン・アル・マワシフ
アリ・ヌル・アル・ディンと帯作りのミリアム姫
抄録
昔々、いまを去るおおむかしのこと、バグダッドの都にハリファーと呼ぶ、ひとりの漁師が住んでいましたが、たいへん貧乏で、そのため、ついぞ妻をめとったことがありませんでした。
ある朝、ハリファーはいつものように、他人よりさきに漁をしようと、投綱をかついで川へ出かけました。川岸にたどりつくと、帯を直し、裾《すそ》をからげて、身支度をととのえ、川の中にふみこんで網を投げました。一度、二度と網を打ちましたが、なにもかかりません。さらに網を打ちつづけて、とうとう十回も投げましたが、それでも一匹の獲物もかかりませんでした。このさまに、ハリファーは胸がふさがる思いで、どうしてよいやらわからず、ただ途方にくれてしまいました。そして、ひとりごとを言いました。
「偉大なる神の許しを求めん! 永久《とこしえ》に生き長らえたもうアラーのほかに神なく、われは神に懺悔《ざんげ》せん。栄えある、偉大な神アラーのほかに主権《ちから》なく、権力なし! 神欲したまわば、なべて生じ、神いなみたまわば、なべてなし! 日々の糧《かて》もまたアラー(栄誉と栄光のあらんことを!)のみ心によるなり! 神、下僕《しもべ》に授けたもうときは、なにびとも下僕を拒まず、神、下僕に拒みたもうときは、なにびとも下僕に与えざるなり」
そして、悲しみのあまり、こんな詩句をよみました。
君が運命《さだめ》に激しくも
嘆き悲しむそのときは、
つらきをしのびて、胸ひろげ
心をやすめて待ちたまえ。
三界の主は慈悲をもて
不安の胸にいと甘き
やすけき憩いを与うべし。
それから、ややしばらくわが身のさまを思いめぐらして、うなじをたれていましたが、やがてまた、こんな対句を誦《しょう》しました。
しのびたまえよ、運命《さだめ》を
よし甘くとも、苦くとも
神の意は神により
やがて成就すべきもの、
一夜のつかの間、膿瘍《のうよう》を
うますがごとく、わざわいも
やがて潰《つい》えて消ゆるべし。
有為転変は世の常ぞ、
若き命に時移り
憂いは逝《ゆ》きて帰らざる。
さらに心のうちで思うには、「アラーを信じて、もう一ぺんだけ網を打ってやろう。ひょっとすりゃ、神さまもおれの望みをかなえてくださらんでもないぞ」
ハリファーは立ちあがると、腕ののびるかぎり遠く、川の中へ網を投げこみました。そして、紐を両手《もろて》でたぐりよせ、たっぷりひと時ばかりも待って、これをひっぱってみると、ずしりと手ごたえがあります。
……シャーラザッドは夜がしらんできたのを知って、許された物語をやめた。
さて第八百三十二夜になると
シャーラザッドは語りつづけた。おお、恵み深い王さま、漁師のハリファーはなんべんも流れに網を入れましたが、なにひとつかかってこないので、わが身のさまを思案して、さきにあげたような詩を作ってよみました。それから、ひそかに思いました。
「アラーを信じて、いま一度だけ網をいれてやろう。ひょっとすれば、神さまもおれの望みをかなえてくださらんでもあるまい」
そこで、ハリファーは立ちあがって網を投げ、まるひと時も待ってから、紐をひっぱってみました。すると、ずしりと手ごたえがあるので、そっと、少しずつ、これをたぐり寄せて、岸辺までひきあげました。
と、なんとしたことか中には片目で、びっこの猿が一匹かかっているではありませんか。このありさまに、ハリファーは叫びました。「アラーのほか主権なく、権力なし! われらはアラーのものなれば、アラーのもとへかえらんとするなり! 胸のはり裂けるような、惨めなこの不幸、この情けない不運は、いったいどうしたというんだ? きょうというきょうは、なんてえざまなんだろう! だが、なにもかもみんな、全能のアラーのみ心による運命《さだめ》なんだ!」
ハリファーは猿をつかまえると、川岸に生えていた一本の木に紐で縛りつけました。そして、持っていた鞭をひっつかむと、したたか鞭を加えてやろうと、さっと腕を宙にふりあげました。と、そのとたんに、アラーのみ心で、猿がべらべらしゃべり出したのでございます。
「おい、ハリファー、ちょっとお待ち、おいらを打っちゃいけねえ。おいらは木にしばったまま、川へいって、アラーを念じながら、網を打つがいい。アラーは一日の糧《かて》ぐらい恵んでくださるよ」
その言葉を聞いて、ハリファーは川へはいると、さっと網を投げて、紐をくり出しました。それから、紐をたぐってみると、まえよりもいっそう重い手ごたえがあります。そこで、懸命にこれをたぐって、陸《おか》にひきあげましたが、見ればなんと、また猿が一匹かかっているではありませんか。前歯がうんとすき、目はコール粉でくまどり、両手《もろて》はヘンナの染料で染めた猿です。しかも腰にはぼろぼろの腰布を巻きつけて、にたにたと笑っています。
ハリファーは「川の魚を猿に変えたもうたアラーをたたえん!」と言うと、まだ木にしばりつけてあった、最初の猿のそばに近づいて声をかけました。
「やい、見ろ、縁起でもねえ猿公め! きさまの入れ知恵はなんてまあ、あくどいんだい! この二度めの猿をひっかけたのは、きさまのせいなんだぞ! 朝っぱらから、片目とちんばを見せつけやがったんで、こっちはすっかりしけくさって、びた一文にもなりゃしねえじゃねえか」
ハリファーはそう言いながら棒を手にして、これを三度宙にふりあげ、いまにもちんばの猿の上にはっしとふりおろそうとしました。そのとたんに、くだんの猿は大声で救いを求めると、こう言いました。
「どうかお願いだから、このおいらの仲間に免じて、命ばかりは助けておくれ。用があったら、その仲間にたのんでごらんな。あいつなら、願いごとのかなうようにしてくれるはずだから」
そこで、ハリファーは手をひっこめて、捧を投げ出すと、二番めの猿のところにいって、そばにつっ立ちました。すると、猿が言いました。
「なあ、ハリファー、おれのしゃべることは、おまえさんによく聞いてもらわなくちゃ、なんの役にも立たないよ。でもね、おれの言いつけどおりにして逆らわなけりゃ、おれはおまえさんを大金持ちにしてみせるよ」
ハリファーがたずねました。「言うとおりにしろって、いったい、どうしろって言うんだ!」
すると、猿が申しますには、「おれをこのまんま岸につないでおいて、川へおりてゆくのさ。それから、三度めに網を打つがいい。あとは、どうすりゃいいか、また教えてあげるよ」
そこで、ハリファーは網を手にすると、川へおりていって、もう一度網を投げました。そして、しばらく待ったうえで、たぐりよせてみると、ずっしり重いので、一生懸命になって、やっとこさで岸にひきあげました。が、のぞきこんでみれば、またしても、一匹の猿がかかっているではありませんか。ただ今度のは毛並みがまっ赤で、腰に青い腰布を巻いていました。手足はやはりヘンナで染め、両の目はコール粉で黒々とくまどっています。ハリファーはこのさまを見ると、叫びました。
「偉大な神に栄光あれ! 全き主をほめたたえん! いやはや全く、きょうというきょうは最初からしまいまで、くそいまいましい日だな。運勢の悪いことは最初の猿の面にありあり出ていたが、書物だって、表題で中身がわかるものなんだ。ほんとに、きょうは猿公の日だな。川にゃ、一匹だって魚が残っちゃいねえし、まるで猿をつかまえにやってきたようなもんだ!」
……「バグダッドの漁師ハリファー」冒頭
ある朝、ハリファーはいつものように、他人よりさきに漁をしようと、投綱をかついで川へ出かけました。川岸にたどりつくと、帯を直し、裾《すそ》をからげて、身支度をととのえ、川の中にふみこんで網を投げました。一度、二度と網を打ちましたが、なにもかかりません。さらに網を打ちつづけて、とうとう十回も投げましたが、それでも一匹の獲物もかかりませんでした。このさまに、ハリファーは胸がふさがる思いで、どうしてよいやらわからず、ただ途方にくれてしまいました。そして、ひとりごとを言いました。
「偉大なる神の許しを求めん! 永久《とこしえ》に生き長らえたもうアラーのほかに神なく、われは神に懺悔《ざんげ》せん。栄えある、偉大な神アラーのほかに主権《ちから》なく、権力なし! 神欲したまわば、なべて生じ、神いなみたまわば、なべてなし! 日々の糧《かて》もまたアラー(栄誉と栄光のあらんことを!)のみ心によるなり! 神、下僕《しもべ》に授けたもうときは、なにびとも下僕を拒まず、神、下僕に拒みたもうときは、なにびとも下僕に与えざるなり」
そして、悲しみのあまり、こんな詩句をよみました。
君が運命《さだめ》に激しくも
嘆き悲しむそのときは、
つらきをしのびて、胸ひろげ
心をやすめて待ちたまえ。
三界の主は慈悲をもて
不安の胸にいと甘き
やすけき憩いを与うべし。
それから、ややしばらくわが身のさまを思いめぐらして、うなじをたれていましたが、やがてまた、こんな対句を誦《しょう》しました。
しのびたまえよ、運命《さだめ》を
よし甘くとも、苦くとも
神の意は神により
やがて成就すべきもの、
一夜のつかの間、膿瘍《のうよう》を
うますがごとく、わざわいも
やがて潰《つい》えて消ゆるべし。
有為転変は世の常ぞ、
若き命に時移り
憂いは逝《ゆ》きて帰らざる。
さらに心のうちで思うには、「アラーを信じて、もう一ぺんだけ網を打ってやろう。ひょっとすりゃ、神さまもおれの望みをかなえてくださらんでもないぞ」
ハリファーは立ちあがると、腕ののびるかぎり遠く、川の中へ網を投げこみました。そして、紐を両手《もろて》でたぐりよせ、たっぷりひと時ばかりも待って、これをひっぱってみると、ずしりと手ごたえがあります。
……シャーラザッドは夜がしらんできたのを知って、許された物語をやめた。
さて第八百三十二夜になると
シャーラザッドは語りつづけた。おお、恵み深い王さま、漁師のハリファーはなんべんも流れに網を入れましたが、なにひとつかかってこないので、わが身のさまを思案して、さきにあげたような詩を作ってよみました。それから、ひそかに思いました。
「アラーを信じて、いま一度だけ網をいれてやろう。ひょっとすれば、神さまもおれの望みをかなえてくださらんでもあるまい」
そこで、ハリファーは立ちあがって網を投げ、まるひと時も待ってから、紐をひっぱってみました。すると、ずしりと手ごたえがあるので、そっと、少しずつ、これをたぐり寄せて、岸辺までひきあげました。
と、なんとしたことか中には片目で、びっこの猿が一匹かかっているではありませんか。このありさまに、ハリファーは叫びました。「アラーのほか主権なく、権力なし! われらはアラーのものなれば、アラーのもとへかえらんとするなり! 胸のはり裂けるような、惨めなこの不幸、この情けない不運は、いったいどうしたというんだ? きょうというきょうは、なんてえざまなんだろう! だが、なにもかもみんな、全能のアラーのみ心による運命《さだめ》なんだ!」
ハリファーは猿をつかまえると、川岸に生えていた一本の木に紐で縛りつけました。そして、持っていた鞭をひっつかむと、したたか鞭を加えてやろうと、さっと腕を宙にふりあげました。と、そのとたんに、アラーのみ心で、猿がべらべらしゃべり出したのでございます。
「おい、ハリファー、ちょっとお待ち、おいらを打っちゃいけねえ。おいらは木にしばったまま、川へいって、アラーを念じながら、網を打つがいい。アラーは一日の糧《かて》ぐらい恵んでくださるよ」
その言葉を聞いて、ハリファーは川へはいると、さっと網を投げて、紐をくり出しました。それから、紐をたぐってみると、まえよりもいっそう重い手ごたえがあります。そこで、懸命にこれをたぐって、陸《おか》にひきあげましたが、見ればなんと、また猿が一匹かかっているではありませんか。前歯がうんとすき、目はコール粉でくまどり、両手《もろて》はヘンナの染料で染めた猿です。しかも腰にはぼろぼろの腰布を巻きつけて、にたにたと笑っています。
ハリファーは「川の魚を猿に変えたもうたアラーをたたえん!」と言うと、まだ木にしばりつけてあった、最初の猿のそばに近づいて声をかけました。
「やい、見ろ、縁起でもねえ猿公め! きさまの入れ知恵はなんてまあ、あくどいんだい! この二度めの猿をひっかけたのは、きさまのせいなんだぞ! 朝っぱらから、片目とちんばを見せつけやがったんで、こっちはすっかりしけくさって、びた一文にもなりゃしねえじゃねえか」
ハリファーはそう言いながら棒を手にして、これを三度宙にふりあげ、いまにもちんばの猿の上にはっしとふりおろそうとしました。そのとたんに、くだんの猿は大声で救いを求めると、こう言いました。
「どうかお願いだから、このおいらの仲間に免じて、命ばかりは助けておくれ。用があったら、その仲間にたのんでごらんな。あいつなら、願いごとのかなうようにしてくれるはずだから」
そこで、ハリファーは手をひっこめて、捧を投げ出すと、二番めの猿のところにいって、そばにつっ立ちました。すると、猿が言いました。
「なあ、ハリファー、おれのしゃべることは、おまえさんによく聞いてもらわなくちゃ、なんの役にも立たないよ。でもね、おれの言いつけどおりにして逆らわなけりゃ、おれはおまえさんを大金持ちにしてみせるよ」
ハリファーがたずねました。「言うとおりにしろって、いったい、どうしろって言うんだ!」
すると、猿が申しますには、「おれをこのまんま岸につないでおいて、川へおりてゆくのさ。それから、三度めに網を打つがいい。あとは、どうすりゃいいか、また教えてあげるよ」
そこで、ハリファーは網を手にすると、川へおりていって、もう一度網を投げました。そして、しばらく待ったうえで、たぐりよせてみると、ずっしり重いので、一生懸命になって、やっとこさで岸にひきあげました。が、のぞきこんでみれば、またしても、一匹の猿がかかっているではありませんか。ただ今度のは毛並みがまっ赤で、腰に青い腰布を巻いていました。手足はやはりヘンナで染め、両の目はコール粉で黒々とくまどっています。ハリファーはこのさまを見ると、叫びました。
「偉大な神に栄光あれ! 全き主をほめたたえん! いやはや全く、きょうというきょうは最初からしまいまで、くそいまいましい日だな。運勢の悪いことは最初の猿の面にありあり出ていたが、書物だって、表題で中身がわかるものなんだ。ほんとに、きょうは猿公の日だな。川にゃ、一匹だって魚が残っちゃいねえし、まるで猿をつかまえにやってきたようなもんだ!」
……「バグダッドの漁師ハリファー」冒頭
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