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プロジェクトX 挑戦者たち 壁を崩せ 不屈の闘志 世界最大の船 火花散る闘い

プロジェクトX 挑戦者たち 壁を崩せ 不屈の闘志 世界最大の船 火花散る闘い


発行: 日本放送出版協会
シリーズ: プロジェクトX 挑戦者たち
価格:100pt
形式:XMDF形式⇒詳細 
対応端末:パソコン ソニー“Reader”
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解説

 昭和41年、横浜で世界最大の船の建造が始まった。船体の長さは東京タワーを凌ぐ342メートル。積み荷は原油、日本の一日の消費量を一気に運ぶ夢のタンカーである。
 当時、世界中のタンカーは欧米の石油メジャーに握られていた。日本は割高な油に苦しんでいた。「自前のタンカーを持ち、直接中東から買い付ける」立ち上がったのは、石油会社、出光興産。船の建造を請け負ったのは、石川島播磨重工業だった。その下に電気、機械、鉄鋼、全国から1千社。36万人が結集した。
 世界最大の船体工事、現場の指揮を託されたのは石川島播磨重工業の技術者、南崎邦夫38歳。入社3年目に事故で右足を切断。それでも現場を歩き続けた不屈の男だった。その南崎たちの前に次々と難問が立ちはだかる。
 船体を覆う、最強の鉄板「ハイテンション鋼」。溶接できず真っ二つに折れた。直径7.8メートルのスクリューを支える巨大シャフト。船体に原因不明の歪みが生じ、取り付けられない。そして、運命の処女航海。東シナ海で巨大台風に襲われた。
 造船大国の誇りを賭けた人々の壮絶なドラマを描く。

目次

一 いまこそ造船王国の意地を見せろ
二 空前の巨大船体、立ちはだかる壁
三 現場を奮い立たせるもの感動
四 そして日本の誇りは取り戻された

抄録

一 いまこそ造船王国の意地を見せろ


日本の誇りを懸けた船『出光丸』


 神奈川県横浜市磯子。長く続く広大な埋め立て地に、戦後日本の工業力を象徴する風景がある。
 巨大な煙突から白い煙を吐きつづける「大型火力発電所」。フレアの炎が真っ赤に燃え立つ「石油精製基地」。そして「自動車積み出し港」……。みな、高度成長真っただ中の昭和三〇年代後半、ここに生まれた。
 この埋め立て地の一角に、ひときわ背の高いクレーン一三基が林立する大工場がある。
『石川島播磨重工業横浜第二工場(現・IHIマリンユナイテッド横浜工場)』。
 いまから三七年前の昭和四一(一九六六)年。この工場で、世界最大の船の建造が始まった。
 船の名は、発注主の名前を冠した『出光丸』。全長は、じつに三四二メートル。あの「東京タワー」よりも九メートル長い。さらに、積める荷物の量(載貨重量トン)は二〇万九〇〇〇トンで、それまでの世界記録一三万二〇〇〇トンをはるかに上回る大きさ。「旧丸ビル」の体積に匹敵した。
 世界の誰もが、その大きさに度肝を抜かれた『出光丸』。この船には、日本の命運が懸かっていた。積み荷は原油。日本で消費される一日分を一気に運ぶことができた。当時、世界中のタンカーは欧米の石油メジャーに握られていた。仕入れる油の値段は、石油メジャーの言うがまま。日本は、高値の油に苦しめられていた。敗戦から必死に立ち直り、再び表舞台に立とうと成長を続けてきた日本。『出光丸』は、その根幹を支える使命を担っていたのである。
 空前の巨大船建造。カギは、史上最大の船体工事だった。リーダーに選ばれたのは、悲運の事故から立ち上がった造船技術者。部下たちから絶大な信頼を得ていた闘将だった。
「いまこそ、造船王国・日本の底力を見せるときだ!」
 指揮官の大号令が響くなか、日本全国から鉄鋼、機械、電気など一〇〇〇社が集結。三六万人の男たちが続いた。「出光丸建造プロジェクト」は、大きなうねりとなった。
 しかし、闘いは困難を極めた。
 巨大な船体は、すべて「電気溶接(鉄の溶接棒に強い電流を流し、先端をスパークさせ溶かしながら溶接する方法)」でつながなければならない。「下向き溶接の会得に五年、横向き三年、さらに上向き五年……」。一三年でやっと一人前といわれるほどの難しい作業。戦後日本は、この溶接技術で世界のトップを走り、霞が関ビルや瀬戸大橋など様々な巨大建造物をつくり上げてきたが、『出光丸』に求められる溶接部分の長さは半端ではなかった。総延長は、何と四〇〇キロメートル。東京から岐阜までの距離に匹敵した。しかも、使われる鉄板は新素材「ハイテンション鋼」。強度は高いが、溶接が極端に難しい代物だった。溶接技術の開発がうまくいかず、鉄板はことごとく真っ二つに折れた。
 さらに、巨大な船体を動かす要は「史上最強のエンジン」。巨大スクリューは、直径七・八メートルにもなった。強度を高めるために部品重量を増やせば、その分、船は沈み、積める油の量は減ってしまう。材料には、最強の鋼(はがね)が必要だった。その難しい作業に、封じられていた怪物「一万トンプレス機」が唸りを上げた。
 そして、船の運命を決する「初航海」。そこに、風速三〇メートルの巨大台風が襲いかかった。『出光丸』はかつて経験したこともない大きな揺れに見舞われた。
 これは、造船王国・日本の誇りを懸けて、世界最大の船建造に粉骨砕身した人々の、壮絶なドラマである。


「技術力で日本を復活させる」


 昭和二〇(一九四五)年。東京は、連日、B29の大空襲にさらされていた。雨あられのように降り注ぐ焼夷弾。人々は荷車に家財道具を積み込み、逃げ惑うばかり。その中で、B29に立ち向かう高射砲の弾を運ぶ一人の青年がいた。南崎邦夫、当時一七歳。陸軍予科士官学校の一年生。この年の春、広島にあった陸軍幼年学校を卒業し、埼玉の朝霞に移ってきたばかりだった。「日本の人々を、敵国の攻撃から守ってみせる……」。南崎は、煤まみれになりながら必死に弾を運びつづけた。
「広島から朝霞に移るときに、初めて富士山を見たんですよ。ちょうど三月だから雪をかぶって、何となく霊気を漂わせながら美しかった。そのとき、日本人の一人として、また一七歳とはいえ軍人の卵として『このきれいな山や国土を守らなければならない』と心に誓ったんですよ」
 南崎の愛国心は、誰にも負けなかった。昭和三(一九二八)年、陸軍の職業軍人の末っ子として生まれた南崎邦夫。しかし、父は南崎が三歳のとき、青森・八甲田山で行われた訓練中に大事故に遭遇し、まもなく他界した。母親の腕一つで育てられた南崎は、小学校卒業後、苦労をかけまいと、学費が免除される職業軍人の道を選んだ。“夢”は、パイロットになること。南崎は、自らの人生のすべてを日本の国のために捧げることを決めていた。
 しかし、南崎たちが放つ高射砲は無力同然だった。射程距離が短く、上空を飛ぶB29になかなか当たらない。日本とアメリカの技術力の差は歴然としていた。南崎は、むなしかった。
 東京は、ことごとく焼き尽くされた。そしてまもなく、日本は戦いに負けた。
 果てしなく、どこまでも続く焼け野原。その中で、南崎は思った。
「青天の霹靂(へきれき)というのはああいうことをいうんでしょうね。突如負けたということで、天と地がひっくり返ったような感じでね。いつかはもう一度立ち上がりたい、もう一度誇りを持ちたい。何とかもう一度日本を一流国にと思ったけれど、どうしていいのか。やるせない気持ちでしたね」
 すぐさま、軍隊は解散。南崎たち若き職業軍人は、各地の大学や専門学校への編入が認められた。南崎が選んだ学校は、静岡県浜松にあった『浜松工業専門学校(現・静岡大学工学部)』。テレビ受像機の開発で世界的に有名な技術者、あの高柳健次郎たちを輩出した名門だった。
 電気工学の専門知識を学ぶかたわら、壊れたモーターを拾ってきてはコイル巻きのアルバイトを続ける、浜松での学生生活。その中で南崎は、衝撃的な光景に出会った。
「当時、浜松は、道路のあちこちに不発弾が転がっている状態で、バラックだらけだった。ただ、駅から学校に通う道の途中に、『本田技術研究所』と墨で書いた看板を掲げた木造の小さな工場があって、中では自転車にエンジン付けてしっかりモノづくりをしていたんですよ。それを見て、焼け野原になった日本を何とか復興させるには、これしかないと確信したんです」
 当時、浜松では、『本田技術研究所(現・ホンダ)』や『日本楽器(現・ヤマハ楽器)』が操業を開始していた。敗戦で、一度は人生の目標を見失った南崎は、自らの進むべき道を決めた。
「俺は、日本の復活のため、技術の向上に身を捧げよう」
 それからというもの、南崎は日本の技術力の向上にこだわりつづけた。浜松工専卒業後、いったんは電線会社『藤倉電線』に就職するが、入社後半年で退社。さらに上級の学校へ進むために猛勉強を重ね、東京大学工学部に入学。専攻は「造船学科」を選んだ。
「結局、造船で日本の工業発展の突破口を開こうと考えたんですよ。本当は飛行機をやろうと思ったんだけど、航空学科というのはなくなっていたんです。だから、造船だと。戦前、日本が誇れたものは戦闘機と戦艦大和でしたからね」
 南崎は、造船技術で日本を復活させようと誓ったのだった。


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