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プロジェクトX 挑戦者たち 勝者たちの羅針盤 地図のない国 執念の測量1500日

プロジェクトX 挑戦者たち 勝者たちの羅針盤 地図のない国 執念の測量1500日


発行: 日本放送出版協会
シリーズ: プロジェクトX 挑戦者たち
価格:100pt
形式:XMDF形式⇒詳細 
対応端末:パソコン ソニー“Reader”
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解説

 25年前、灼熱の大地アフリカで、日本人測量士が壮大なプロジェクトに挑んだ。
「一国の地図をゼロから作る」。それは、4年に及ぶ、文字通り、命を賭けた壮絶な戦いだった。
 1950年代、次々と独立を果たしたアフリカ各国。そのなかでも最も熾烈な闘争を繰り広げた国があった。西アフリカ・ギニア共和国。
 「隷属による豊かさよりも、貧しさのなかの自由を選ぶ」。58年、宗主国フランスに対し一方的に独立を宣言。数百年に渡る植民地支配と決別した。
 しかし、フランスは反発。ギニアの公共施設を破壊し、国の重要資料のほとんどを本国に持ち去った。そのなかには、後の国づくりの要ともいえる「国土基本図(地図)」も含まれていた。地図がないため、ギニアの開発は行き詰った。道路、鉄道、農地…新たな国土開発の目処すら立たなかった。そして、まもなく世界最貧国に転落した。
 1977年、地球の裏側から救いの手が差し伸べられた。日本政府はODA(政府開発援助)としては異例の、総額10億円の予算を提供。ギニアの国土基本図作成に乗り出す。ベテラン測量士・本島建三(当時・52歳)を筆頭に、日本全国から腕利き測量士が集められた。
 しかし、その作業は困難を極めた。過酷な自然環境。摂氏40度を越す熱風が測量隊を襲った。さらに、ギニア人との深刻な文化の違い。男たちは絶体絶命の窮地に立たされた。
 「ギニアを豊かにしたい」という思いを胸に、アフリカの大地と格闘し、やがて現地の人々と心を通わせ一国の地図を完成させた測量士たちの冒険と挑戦のドラマを描く。

目次

一 アフリカの豊かな大地、その礎をつくり上げた日本人
二 測量の鬼、アフリカへ
三 灼熱の大地との闘い
四 悪魔の住む森を制覇せよ

抄録

一 アフリカの豊かな大地、その礎をつくり上げた日本人


はるかなるアフリカ大陸


 成田空港を飛び立ってから二四時間、丸一日が過ぎた。パリのド・ゴール空港で、全日空からエールフランスに乗り換えてからは、機内の映画もすべてフランス語吹き替え。内容もわからず、すっかり暇を持て余していた。眠ることすら飽きたという感じで、イライラと貧乏揺すりを続ける男もいる。めざすはアフリカ大陸。日本からは果てしなく遠かった。
 数分後、安全ベルト着用のサインが出た。乗客がざわめく。飛行機が着陸に向け、下降を始めたようだった。とそのとき、どこからか歓声が上がった。慌てて窓のシャッターを開けてみて、そこに広がる光景に息をのんだ。どこまでも広がる“真っ白な絨(じゆう)毯(たん)”。サハラ砂漠だった。われわれの目的地は、人を寄せつけないこの砂漠の向こうにあった。
 その名は、ギニア共和国。タレントのオスマン・サンコン氏の出身国であることで有名だが、アフリカのいったいどこにあって、どの程度の広さで、どんな産業があるのか――答えられる日本人は少ないだろう。しかし、そこは美しく整地された農地が広がるアフリカ屈指の穀倉地帯。国中で国土建設が一気に進む、アフリカきっての注目国なのである。そんなギニアの大地を切り拓く基礎をつくったのが、いまから二五年前、遠く地球の反対側からやって来た日本人なのだという。


悲願の独立の陰で


 現地時間、午後七時半。飛行機はギニアの首都コナクリに到着した。こぢんまりとした空港を出ると、活気あふれる街が続いた。その一角に、めざす建物『ギニア国土地理院』はあった。そこに、日本人たちの成果が、いまも大事に保管されていた。
 それは、ギニア全土(国土は約二五万平方キロ。人口は二〇〇〇年現在、約七四〇万人)の精密な国土地図だった。かつて、日本人がゼロからつくり上げたものである。国土地理院の高官は言った。
「彼ら日本人がいなかったら、ギニアのいまの発展は決してなかったでしょう。彼らは、“ギニア復興の父”なのです」
 一九五〇年代、アフリカの国々は、空前の熱狂に包まれていた。リビア、エジプト、ガーナ……。そしてギニアもまた、一〇〇年以上にわたったフランスによる屈辱的な植民地支配からの独立を勝ち取った。しかし喜びは長くは続かなかった。フランス軍が容赦のない報復を行ったのである。鉄道や空港、さらには郵便局などの公共施設が、徹底的に破壊された。そしてついには、今後の「国づくりの要(かなめ)」までも、パリに持ち去られてしまう。
 それが「国土基本図」――一国全土の緯度・経度、勾配を詳細に記した地図――である。それは、ダム開発や道路建設などの国土開発のときに欠かせない地図だった。もし、国土基本図がなければ、国の形すらわからないし、道路一本引く計画すら立てることもできない。ギニアの国土が荒れ果てるのに時間はいらなかった。たちまち、国民は貧困にあえぐことになった。
 ギニア政府高官は、当時の心境をこう語る。
「すべてを壊された光景を目の当たりにしたとき、本当に独立したことがよかったのか、植民地のままのほうがよかったのではないか――そうまで思い詰めました」
 そんな苦悩するアフリカの小国のもとに駆けつけたのが、日本の測量士たち四〇人である。
 彼らは、日本が焼け野原から奇跡の戦後復興を遂げるのを支えてきた黒子として、高速道路や新幹線、巨大ダムなどの建造に関わってきた。その技術をアフリカ復興のために生かそうと燃えていた。
 しかし、アフリカの大自然は、想像を絶する厳しさだった。気温は四〇度。水準儀の目盛りは、熱風で揺れてしまい計測できない。死の「吸血バエ」が、寝ている間までひっきりなしに襲ってくる。さらには、外国人を警戒する地元少数部族との軋轢も頻発……。そんな過酷な闘いが、五年以上も続いたのである。
 これは、アフリカの独立を支え、復興の礎(いしずえ)となった日本人測量士たちの知られざる物語である。


*この続きは製品版でお楽しみください。

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