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和書>小説・ノンフィクション>ノンフィクション>評論・文学研究
手塚 富雄(てづか とみお) (1903〜1983) 宇都宮市生まれ。東京帝国大学独文科卒業。その後、旧制松本高校教授に。 1943年から64年まで東京大学文学部でドイツ近代抒情詩を講義する。 東京大学名誉教授。文化功労者。
ゲーテは、つねにみずみずしい新鮮な心で、現実をありのままに受けとめ、しかも現実におぼれることなく、理想をもってそれに対処した人であった。はるかに困難な時代のなかにあって、つねにいきいきと生きるために、この師のことばに心をひそめるべきであろう。ゲーテと著者との心の対話を通じて、示唆にみちた豊かなことばの泉から、われわれ現代人への知恵をくみとる。
まえがき 1 不断の実行 2 生きているあいだは 3 辛抱づよく 4 迷いと酔いをもて 5 与えることと受けること 6 生を信ぜよ 7 永遠なる女性的なるもの 8 認めること 9 探究と畏敬 10 知と知恵 11 学問をつづけること 12 今日という日 13 率直な表明 14 享受のための断念 15 批評について 16 目ざすべきこと ゲーテの箴言・ゲーテと日本・ゲーテとわたし・ゲーテ略年譜
こころが開いているときだけゲーテは全体としてこの世を美しく見た人に違いない。それはかれの作品の多くが証明する。それゆえ、この句は、詩人としてのかれのありかたの基本を言い明かしたものと言ってよく、かれの小さい自画像のような感じがする。だがそのゲーテにしても、いつもおのずから心が開いていたのではなく、その反対の経験も多くしており、そのこともかれの作品にさまざまな痕(あと)をのこしている。ただしかれはそういう状態がながくつづくことを自分に許さず、心を開こうとつねに努めたのである。上掲の句のあとでも、「おまえの心がふさいでいたときには、おまえは何も見ることができなかったのだ」と言っている。そういう反省があって開かれたかれの心と眼に、人生と自然の生動する姿が映ったのであろう。それが、ゲーテは眼の人だと言われることの秘密であったと考えられる。筆者も病気をしたとき、この世が美しく見えた覚えがあるが、病気のときは私心のわだかまりが比較的少ないからであろう。しかし、ゲーテは健康人である。そして開いた心をもつことができたのである。
【ドットブック形式】
※注意 同一の書籍でもファイル形式が異なるものは別商品として取り扱っております。
デジタル初版:2005年2月24日
ジャンル:和書>小説・ノンフィクション>ノンフィクション>評論・文学研究 著: 手塚富雄 発行: 講談社
和書>小説・ノンフィクション>ノンフィクション>評論・文学研究 |
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