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拝領妻始末

拝領妻始末

著: 滝口康彦
発行: 講談社
価格:420円(税込)
10ポイント還元
形式:ドットブック形式⇒詳細 
対応端末:パソコン 
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著者プロフィール

 滝口 康彦(たきぐち やすひこ)
 (1929〜2004)
 佐世保市生まれ。炭鉱で働きながらラジオドラマの台本や小説を発表。1957年から、作家の道へ。1958年にサンデー毎日大衆文芸賞を受賞した「異聞浪人記」が『切腹』(1962)、「拝領妻始末」が『上意討ち−拝領妻始末−』(1967)として、映画化される。「高柳父子」「かげろう記」「霧の底から」「仲秋十五日」「日向延岡のぼり猿」「主家滅ぶべし」で計6回、直木賞候補となる。

解説

 会津藩主松平正容の愛妾お市の方は男子を生んだが、藩主の気まぐれから家臣笹原与五郎の妻として生きる。夫や舅にいたわられる幸せな一時の後、突如再び藩に戻された。彼女の生んだ子がお世継ぎとなったのだ。藩命に屈すべきかどうか。与五郎は父と共に決心をした……。
 武家社会の非合理を峻烈に描く名作短編集。映画『切腹』の原作「異聞浪人記」を含む8編。

目次

拝領妻始末
下野さまの母
千間土居
上意討ち心得
異聞浪人記
三弥ざくら
綾尾内記覚書
悲運の果て

抄録

   一


 その話が出たとき、笹原家ではすくなからず当惑した。途方にくれたといってもよい。困ったことになった。正直、そんな思いが強かった。話を持ってきたのは、会津若松二十三万石の主、松平正容(まさかた)のお側用人高橋外記(げき)であった。
 笹原家は、物頭(ものがしら)で禄三百石、藩祖保科(ほしな)正之以来の家柄だが、お側用人が、それも夜、わざわざたずねてくるのは異例といわねばならない。なにごとだろうと、笹原伊三郎は、見当をつけかねてとまどいながらも、ともかく外記を座敷へ案内した。
 享保十年秋はじめ、近く願い出て、二十五歳になる嫡男(ちやくなん)与五郎に、そろそろ家督を譲ろうという矢先である。座につくと、世間話の一つもするではなく、高橋外記はただちに用件に入った。
「今夜うかがったのはほかでもない。実は近くお市の方さまにお暇(いとま)がつかわされる」
 ついてはと、外記が切り出したのは、思いもかけぬことだった。二年前から主君正容の寵(ちよう)を得、容貞と名づける男の子までもうけたお市の方を、妻として与五郎に賜わるというのである。お暇が出される理由は、いささか御意にかなわざるところがあって、とだけで、外記は言葉をにごした。
「とはいえ、なまじなものに縁づけては、不憫(ふびん)と仰せられてな」
 殿の御内意ゆえ、ありがたくお受けするように。返事はあらためて聞きに参るといいおいて外記が帰ると、伊三郎は、妻女のすが、長男の与五郎、次男の文蔵を呼んだ。どの顔にも、困惑の色があった。
 すでに五十を越した正容にとって、お市の方は、孫娘ほども年が違っている。それだけに、溺愛ぶりも常軌を逸して、おつきの者が顔あからめるような振舞も多かったという正容が、にわかに暇を出す気になったのには仔細があった。この春お市の方は、正容のすすめもあって、容貞を乳人に預け、熱塩(あつしお)へ保養に出かけたが、一月ほどして、お奥に戻ってみると、正容のそばには、お玉という若い女がとりすまして侍(はべ)っていた。逆上したお市の方は、いきなり髪をつかんでお玉を引き倒し、さんざんに打擲(ちようちやく)したばかりか、はては正容の胸に武者ぶりついて泣き狂いしたという。
「あまりのことにあいそづかしなされて、殿は以来一度も、お市の方を閨(ねや)に召されてはおらぬそうな」
 もっぱらの家中(かちゆう)のうわさであった。

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