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遺恨の譜

遺恨の譜

著: 滝口康彦
発行: 講談社
価格:420円(税込)
10ポイント還元
形式:ドットブック形式⇒詳細 
対応端末:パソコン 
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著者プロフィール

 滝口 康彦(たきぐち やすひこ)
 (1929〜2004)
 佐世保市生まれ。炭鉱で働きながらラジオドラマの台本や小説を発表。1957年から、作家の道へ。1958年にサンデー毎日大衆文芸賞を受賞した「異聞浪人記」が『切腹』(1962)、「拝領妻始末」が『上意討ち−拝領妻始末−』(1967)として、映画化される。「高柳父子」「かげろう記」「霧の底から」「仲秋十五日」「日向延岡のぼり猿」「主家滅ぶべし」で計6回、直木賞候補となる。

解説

 薩摩藩の勤王派による先走りを、上意によって阻もうとした寺田屋の変。辛くも生き残った志士たちは、国元へ送り返されたかにみえたが、長州とのリーダーシップ争いに腐心する薩摩藩としては、若者たちに苛酷な運命を刻印せざるをえなかった! 歴史の変動に挟みこまれた犠牲者のうめき、酷薄な人生を、鮮やかに浮き彫りにする表題作等4篇。

目次

青い落日──沖田総司
遺恨の譜
古心寺の石
酔小楠

抄録

 人間の顔って不思議なものです。同じ人間だからといって、いつも同じ顔とはかぎりません。そのときそのときで、いい顔になったり、みじめったらしい顔になったり、ずいぶんと違うものです。それも、うれしかったり、悲しかったり、いらいらしていたり、うきうきしていたり、心のありよう、気持の持ちように左右されることももちろんですが、それとはかかわりなく、同じ顔を、右から見るか左から見るか、そんなことでもおどろくほど違います。
 どんなにいい男だからって、どこから見ても、寸分のすきもないいい男なんて、まずありっこないでしょう。業平(なりひら)みたいな男でも、どこか見ばえのしない、いびつな面を持っていたはずです。同じ人間でも、右から見る顔と左から見る顔では、びっくりするほど違う場合のあることは、だれだって覚えがあるでしょう。こういうあたしにしても、
「右から見たら、おせいさんの鼻、とてもいい形だけど、左から見たら、なんだか高慢ちきにつんとしてるのね」
 なんてよくいわれたものでした。横顔だとほれぼれするけど、まともから見ればそれほどでもないとか、その逆とか、そうです、あの人の場合もちょうどそんなでした。
 日野宿の名主、佐藤彦五郎さまが、いつだったか、
「あいつの顔はひらめに似ていたよ」
 と、あの人のことをおっしゃったそうですが、ずっと後になって、そのことをだれかに聞かされたとき、あたしは、
「あ……」
 と、思わず声に出したものでした。ええ、その顔です。その顔を、たった一度だけ、あたしも見たことがありました。といっても、そのとき、ひらめに似ていると思ったわけではありません。佐藤さまのお話を、人から聞かされたあとで、なるほどそういえば、あの顔はひらめだったと、何年も前に見たあの人の、ある一瞬の顔を思い出したとでもいったがいいでしょう。

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