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和書>小説・ノンフィクションホラー名作・古典

高野聖

高野聖

著: 泉鏡花
発行: オンライン出版
価格:452円(税込)
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著者プロフィール

 泉 鏡花(いずみ きょうか)
 一八七三年金沢市生まれ。本名鏡太郎。十七歳で上京し、尾崎紅葉のもとで小説を学ぶ。二十二歳の時に発表した『夜行巡査』『外科室』が絶賛を浴び、明治文壇での地位を確立。以後、耽美的な怪奇と神秘の世界を艶麗な文体で描きだし、後世の作家にも多大な影響を与える。一九三七年死去。

解説

 優しいなかに強みのある、おかし難い気品。白桃の花のような女。鳥もかよわぬ奥山の孤屋(こおく)に、白痴の夫と世をわびる哀れさ。
 一夜の宿をかりた旅僧の心は乱れ、若い血潮はたぎり騒ぐ。ついに心を決して、女のもとで一生を、と思いつめた時、はからずも、女の秘密を知る。「義血侠血」「夜行巡査」「外科室」「眉かくしの霊」を収める。

目次

義血侠血
夜行巡査
外科室
高野聖
眉かくしの霊

抄録

 そのままじっと覗(のぞ)いていると、薄黒く、ごそごそと雪を踏んで行く、伊作の袖(そで)の傍を、ふわりと巴(ともえ)の提灯(ちょうちん)が点(つ)いて行く。おお今、窓下では提灯を持ってはいなかったようだ、それに、もうやがて、庭を横ぎって、濡(ぬ)れ縁か、戸口に入(はい)りそうだ、と思うまで距(へだた)った。遠いまで小さく見える、としばらくして、ふとあとへ戻るような、やや大きくなって、あの土間廊下の外の、萱屋根(かややね)のつま下をすれずれにだんだん此方へ引き返す、引き返すのが、気のせいだか、いつの間にか、中へ入って、土間の暗がりを点(とも)れて来る。……橋がかり、一方が洗面所、突き当たりが湯殿……ハテナとぎょっとするまで気がついたのは、その点れて来る提灯を、座敷へ振り返らずに、逆に窓から庭の方に乗り出しつつ見ていることであった。
 トタンに消えた。――頭からゾッとして、首筋を硬(こわ)く振り向くと、座敷に、白鷺かと思う女の後ろ姿の頸脚(えりあし)がスッと白い。
 違い棚(だな)のかたわらに、十畳のその辰巳(たつみ)に据えた、姿見に向かった、うしろ姿である。……湯気に山茶花(さざんか)の悄(しお)れたかと思う、濡れたように、しっとりと身についた藍鼠(あいねずみ)の縞小紋(しまこもん)に、朱鷺色(ときいろ)と白のいち松のくっきりした伊達(だて)巻きで乳の下の縊(くび)れるばかり、消えそうな弱腰に、裾(すそ)模様が軽く靡(なび)いて、片膝(かたひざ)をやや浮かした、棲(つま)を友染(ゆうぜん)がほんのり溢(こぼ)れる、露の垂(た)りそうな円髷(まるまげ)に、桔梗色(ききょういろ)の手絡(てがら)が青白い、浅黄の長襦袢(ながじゅばん)の裏がなまめかしく搦(から)んだ白い手で、刷毛(はけ)を優しく使いながら、姿見を少しこごみなりに覗くようにして化粧をしていた。
 境は起(た)つも坐(い)るも知らず息を詰めたのである。
 あわれ、着た衣(きぬ)は雪の下なる薄もみじで、膚(はだ)の雪が、かえって薄もみじを包んだかと思う、深く脱いだ襟脚(えりあし)を、すらりと引いて掻き合わすと、ぼっとりとして膝近だった懐紙(かみ)を取って、くるくると丸げて、掌(てのひら)を拭(ふ)いて落としたのが畳へ白粉のこぼれるようであった。
 衣摺(きぬず)れが、さらりとしたとき、湯どのできいた人膚に紛う留南奇(とめき)が薫(かお)って、少し斜めに居返ると、煙草(たばこ)を含んだ。吸い口が白くつやつやと煙管(きせる)が黒い。
 トーンと、灰吹きの音が響いた。
 きっと向いて、境を見た瓜核顔(うりざねがお)は、目(ま)ぶちがふっくりと、鼻筋通って、色の白さはすごいよう。――気の籠(こ)もった優しい眉(まゆ)の両方を懐紙(かみ)で、ひたと隠して、大きな瞳(ひとみ)でじっと視(み)て、
 「……似合いますか」
 と、にっこりした歯が黒い。と、にっこりしながら、褄(つま)を合わせざまにすっくりと立った。顔が鴨居(かもい)に、すらすらと丈(たけ)が伸びた。
 境は胸が飛んで、腰が浮いて、肩が宙へ上がった。ふわりと、その婦の袖で抱き上げられたと思ったのは、そうではない、横に口に引き銜(くわ)えられて、畳を空に釣り上げられたのである。
(「眉かくしの霊」より)

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