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昨日にさよなら

昨日にさよなら


発行: ハーレクイン
シリーズ: ハーレクイン・セレクト
価格:500pt
形式:XMDF形式⇒詳細 MEDUSA形式⇒詳細
対応端末:パソコン ソニー“Reader”スマートフォン タブレット
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著者プロフィール

 シャーロット・ラム(Charlotte Lamb)
 第二次大戦中にロンドンで生まれ、結婚後はマン島で暮らす。大の子供好きで、五人の子供を育てた。ジャーナリストだった夫の強いすすめによって執筆活動に入り、百作以上の作品を著す。二〇〇〇年秋、多くのファンに惜しまれつつこの世を去った。

解説

 マリーサはいつものように幼い息子を連れて散歩に出かけたが、帰宅途中、わずかな隙に息子が乳母車ごと消えてしまった。大富豪ガブリエルに見初められての結婚だったが、夫とは心が通い合わず、家を出たあとに妊娠が発覚し、マリーサはひとりで子供を産み育ててきたのだった。二度と夫のもとへは戻らないつもりで……。だから父親の名は言えない、どんなに警察に問いただされようとも。だが事件が新聞に報道されたために、夫は駆けつけてきた。逃亡生活の終わり――そして愛しい息子の行方を思い、マリーサは恐怖のあまり、その場にくずおれた。

抄録

「今夜、一緒に食事をしよう」強い口調だった。
 マリーサは顔を上げた。胸がどきどきした。
「ね」ガブリエルはささやいた。ほほが赤らみ、くちびるがぴくついた。
「なぜですの?」マリーサはうろたえながらも、やさしい声で尋ねた。
「たまらないんだ」ガブリエルは抑えた声で言った。「きみに会いたくて」
 マリーサには信じられなかった。低く、追い詰められたような彼の声には真実味はあった。しかしマリーサには信じられないのだ。マリーサは頭を振った。重ねられた手を振りほどき、恐れおののくように急いでデスクから後じさりした。
 いすから立ち上がったガブリエルはマリーサに部屋から出て行くいとまを与えなかった。ドアを背に立ちはだかり、マリーサを暗い目でみつめた。
「あの雨の日にきみに会ってから、きみのとりこになってしまったのだよ。気が狂いそうなんだ。ニューヨークへ行っても、どこへ行っても、きみのその大きなブルーのひとみが、ぼくの目の前にちらついた。帰国して、ぼくがオフィスへ現れても、きみはうつむいてタイプを打っていて、ぼくを見向きもしない。きみの姿を見ようと、ぼくは何回、必要もないのに、きみたちの部屋を行ったりきたりしたことか。しかし、きみは全くぼくに無関心だった」
 早口のつぶやくようなガブリエルのその言葉はマリーサの心にしみた。しかし、かといってマリーサがどうすればよいのか……。
「ね、承知してくれるだろう?」訴えに近かった。
 マリーサは無言で頭を振った。
「きみと会いたいんだ。会って話がしたい。一緒にいたい。ぼくはきみに打ちのめされたんだ。もうきみ以外のことは何も考えられなくなった」ガブリエルはマリーサの青白いほほにそっと手を当て、やさしくなでた。「食事をつき合ってほしい」
「だめですわ」マリーサは拒んだ。
「食事だけなんだ。そのあときみをベッドへ誘おうなんて思ってやしない。ひとときも忘れられないそのかわいらしい顔のきみが、どんなひとなのか知りたいだけなんだ」
 マリーサはためらい、ガブリエルをみつめた。
「お願いだ」ガブリエルはつぶやき、笑みを浮かべた。その笑みがマリーサの固い心をほぐした。それほどに弱々しく、自らをあざけるような笑みだった。いつものガブリエルとは思われない表情がマリーサの目の前にあった。マリーサは決心を変えた。
 二人はロンドンの静かなレストランで夕食をともにした。マリーサは自分のドレスがほかの女性客よりも見劣りするのを気にしたが、ガブリエルは、そんなことには目もくれなかった。マリーサの顔からひとときも目を離さずに語りかけた。ガブリエルのまなざしは、マリーサのブルーのひとみを、そしてピンクのくちびるを、飽かず行きつ戻りつした。
 ガブリエルは、マリーサの学んだ学校のこと、友人たちのこと、そして家族のこと、マリーサの関心のありか、などのすべてについて知りたがった。それらは、しかし、ガブリエル自身にくらべれば極めてありきたりで、マリーサがそんなにたくさんしゃべるほどの中味はなかった。財産や飛びきりの魅力があるわけではなく、とりたててあちこちへ行ったこともない十九歳の娘が、どうしてガブリエルのようなきらびやかでぜいたくな生活を送っている男性と対等に話ができよう。
 マリーサは恥じらいで伏せたきりのまなざしを、時折、勇気を出してガブリエルに向けた。ガブリエルのやさしい語りかけを聞きもらすまいとし、まつげをひんぱんにまたたかせた。ガブリエルをみつめ、目が合うと、視線をそらすのはマリーサだった。
 コーヒーが終わると、ガブリエルはテーブルの上のキャンドルを横へ動かした。二人の間を遮るものは何もなくなり、ろうそくのゆるやかな光がテーブルの上に影を落とした。その影を、ガブリエルの話にうなずきながら、指先でなぞっていたマリーサの手に、ガブリエルの指がそっと触れた。マリーサは胸が激しく波打ち、うつむいた顔を上げられない。ガブリエルの指先がやさしく自分のてのひらをなでるのをじっと見守るばかりだ。
 このときだった。ガブリエルの言ったことを信じる気持がマリーサにわき起こってきたのは。ためらいがちなガブリエルの指先の愛撫が、二人の間にこれまでにない親密な気分をもたらしたのだ。
 その夜の二人はキスは交わさなかった。ガブリエルはマリーサを家まで送り、穏やかにお休みの挨拶を告げて、彼女がドアの向こうに消えるまで見送った。
 二日後の夜、二人は再び食事を一緒にした。しゃべるのはやはりガブリエルのほうだったが、その口数は先夜ほど多くはなかった。ともに相手に夢中なのに、声は低く、伏し目がちで、二人は強くひかれ合った者同士のあの奇妙に気を遣い合う状態にあった。
 マリーサの家の前に車をとめ、ガブリエルは車の中でマリーサにキスをした。
 ガブリエルに引き寄せられたとき、マリーサの鼓動は早鐘のように激しく打ち、いまにも気を失うのではないかと思った。マリーサはおずおずとくちびるを差し出した。それまでに一度もキスの経験はなかったのだ。どのようにキスするのかも知らなかった。ガブリエルの腕に身をゆだねながら、マリーサのやわらかいくちびるは震えた。

 *この続きは製品版でお楽しみください。

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