和書>小説・ノンフィクション>ミステリ小説>日本ミステリ小説
著者プロフィール
江戸川 乱歩(えどがわ らんぽ)
本名:平井太郎。明治27年10月21日、三重県名張市に生まれる。大正5年、早稲田大学経済学科を卒業。職を転々としながら11年に「二銭銅貨」を執筆。以降、「パノラマ島奇談」「孤島の鬼」など数々の傑作を発表。昭和40年7月28日没。
本名:平井太郎。明治27年10月21日、三重県名張市に生まれる。大正5年、早稲田大学経済学科を卒業。職を転々としながら11年に「二銭銅貨」を執筆。以降、「パノラマ島奇談」「孤島の鬼」など数々の傑作を発表。昭和40年7月28日没。
解説
先代の遺言は不条理なものだった。双生児の兄弟のうち生き存えた側に全財産を与える。如何ともしがたい、四十年前に決まったことだ。かくて兄の余命幾許もない今、弟の勝ちは目前。よかろう、それも運命。肯じえない定めには人為的な死を。濡れぬ先こそ露をも厭え、ひとたび踏み惑うた人の道、悪行を重ねることに躊躇いなどない……。癒されぬ渇きゆえに屈折した、哀しい愛の物語。
目次
異様な建物
鏡中影
奇人の遺志
二老人
消える焔
守銭奴の倫理
幽 霊
君が犯人?
名探偵
片輪者
足跡の謎
深夜の散歩者
紙幣の秘密
幽霊再現
いまわしき前兆
意中の人
猿類の歌
怪人現わる
幕間の挨拶
唯一の目撃者
惨劇の前夜
名探偵の焦慮
エレベーター
不可能事
柄のない短剣
エレベーターの抜け穴
フラスコ手鞠
幽霊犯人
再び手提金庫
四重唱
▼読者諸君へ挑戦!
罠
告 白
脅迫状
禅問答
猿田犯人説
戦闘準備
深夜の冒険
怪人出現
格 闘
異様な動機
▼犯人当て当選者発表
自註自解
鏡中影
奇人の遺志
二老人
消える焔
守銭奴の倫理
幽 霊
君が犯人?
名探偵
片輪者
足跡の謎
深夜の散歩者
紙幣の秘密
幽霊再現
いまわしき前兆
意中の人
猿類の歌
怪人現わる
幕間の挨拶
唯一の目撃者
惨劇の前夜
名探偵の焦慮
エレベーター
不可能事
柄のない短剣
エレベーターの抜け穴
フラスコ手鞠
幽霊犯人
再び手提金庫
四重唱
▼読者諸君へ挑戦!
罠
告 白
脅迫状
禅問答
猿田犯人説
戦闘準備
深夜の冒険
怪人出現
格 闘
異様な動機
▼犯人当て当選者発表
自註自解
抄録
彼は何かつまずくものでもありはしないかと、念入りに足元を見ながら、ゆっくりとはいってきた。トボトボと弱々しく、兄老人よりも老けて見えるが、その実は案外健康らしい。動作がのろいのは、なみなみならぬ用心深さのためであろう。彼は注意深い眼で、どんな小さなものでも見のがすまいとするように、ジロジロと部屋の中を見廻している。
森川弁護士との初対面の挨拶がすむと、弟老人はソファの一つに腰をおろす。兄老人もそれを待ちかねていたように、元の椅子に倒れこんだが、その時思わず、ハッと大きな溜め息をもらしたのを、相手の老人はわざと気づかぬふりで、
「健作、お前加減が悪いそうだが……」とゆっくり言う。
「なあに、ちょっと風を引いたばかりさ。大したことはないよ」
「お前はどうも用心が足らん。見るがいい。すっかり弱りこんでいるじゃないか」
「まあ、そんなことはどうでもいい。きょう森川さんにきてもらったのは、実はわれわれの問題を、この際はっきり取りきめておきたいのでね」
「え、われわれの問題というと?」
弟老人はとぼけてみせる。
「わかっているじゃないか。お前にとっても、わしにとっても、これほど大きな問題はない。あれがわれわれの生活を支配するようになってから、四十年もたった。わしはこのごろ、つくづくその重大な意味がわかってきた。あの問題があるために、お互にどんなに苦労をしているか。また気まずい思いをしているか。もうこれ以上、わしには堪えられんのだ」
「それはなんの事だ。わしにはとんとわからんが」
「お前。わからんというのかっ」
健作老人は危うくかんしゃくを破裂させるところであった。額の静脈が恐ろしいほどふくれあがった。だが、やっとの思いで怒りを噛み殺して、
「もちろん、例の遺産相続の問題だよ」
「おお、あのことか」康造老人は落ちつきはらって、
「あれにはお前、死んだおやじと兄貴の二重の意志がこもっている。法律から言っても非のうちどころはない。今さらわしたちにはどうにもできんことじゃないか」
「いや、お前さえ承知すれば、ふたりの合意でなんとでもできる。おやじや兄貴だって、まさかこんなことになるとは、知らなかったに違いない。おやじも兄貴も、わしたちふたりを同じように可愛がっていたのだからね。どちらかひとりが悲惨な目にあうなんて、決して本意じゃないだろう」
「だが、四十年もたって、今さらそういうことを言いだすのは、どんなものかな。そんなことははじめからわかっていたのだからね。異議があれば、兄貴が遺言状を見せてくれたときに、言うべきではなかったかな……じゃが、それにしても、お前が突然こんなことを言いだしたのは、何かさしせまったわけでもあるのかね」
弟老人はそう言って、意地わるく相手の顔を見つめた。
「これ、康造、子供のころを思い出してくれ。わしたちはあんなに仲よしだったじゃないか。同じ着物を着せられて、同じおもちゃをあてがわれて、顔までソックリ同じ顔で、いつも一緒に遊んだじゃないか。それが、お前にしても、わしにしても、どちらか先に死んだ方の子供たちが、乞食になってしまうなんて、こんな残酷なことがあるだろうか」
「おい、健作、お前そう昂奮してはいかんよ。病気には昂奮が一ばん毒じゃ。この次にしよう。ね、この話は、お前がもっと元気になってからにしよう。きょう話さなくても、まだいくらも機会がある」
「いや、わしはなんともない。病気ではない。せっかく森川さんにきてもらったのだから、今話をきめておきたいのだ。わしたちは久しく仲たがいをしているが、どうか水に流してくれ。子供の時を思いだしてくれ。なあ康造、お前はわしよりも長生きをする気でいるから、そんな無慈悲なことをいうが、どんな事で、お前が先に死なないものでもない。そうすればお前の可愛がっている子供たちが路頭に迷うのだ。ここをよく考えてくれ。なあ康造」
弟老人はだまって考えていた。心の中でこまかく計算をして利害得失を割り出しているらしい。一分ほどもそうしていたあとで、やっと用心深く口をひらいた。
森川弁護士との初対面の挨拶がすむと、弟老人はソファの一つに腰をおろす。兄老人もそれを待ちかねていたように、元の椅子に倒れこんだが、その時思わず、ハッと大きな溜め息をもらしたのを、相手の老人はわざと気づかぬふりで、
「健作、お前加減が悪いそうだが……」とゆっくり言う。
「なあに、ちょっと風を引いたばかりさ。大したことはないよ」
「お前はどうも用心が足らん。見るがいい。すっかり弱りこんでいるじゃないか」
「まあ、そんなことはどうでもいい。きょう森川さんにきてもらったのは、実はわれわれの問題を、この際はっきり取りきめておきたいのでね」
「え、われわれの問題というと?」
弟老人はとぼけてみせる。
「わかっているじゃないか。お前にとっても、わしにとっても、これほど大きな問題はない。あれがわれわれの生活を支配するようになってから、四十年もたった。わしはこのごろ、つくづくその重大な意味がわかってきた。あの問題があるために、お互にどんなに苦労をしているか。また気まずい思いをしているか。もうこれ以上、わしには堪えられんのだ」
「それはなんの事だ。わしにはとんとわからんが」
「お前。わからんというのかっ」
健作老人は危うくかんしゃくを破裂させるところであった。額の静脈が恐ろしいほどふくれあがった。だが、やっとの思いで怒りを噛み殺して、
「もちろん、例の遺産相続の問題だよ」
「おお、あのことか」康造老人は落ちつきはらって、
「あれにはお前、死んだおやじと兄貴の二重の意志がこもっている。法律から言っても非のうちどころはない。今さらわしたちにはどうにもできんことじゃないか」
「いや、お前さえ承知すれば、ふたりの合意でなんとでもできる。おやじや兄貴だって、まさかこんなことになるとは、知らなかったに違いない。おやじも兄貴も、わしたちふたりを同じように可愛がっていたのだからね。どちらかひとりが悲惨な目にあうなんて、決して本意じゃないだろう」
「だが、四十年もたって、今さらそういうことを言いだすのは、どんなものかな。そんなことははじめからわかっていたのだからね。異議があれば、兄貴が遺言状を見せてくれたときに、言うべきではなかったかな……じゃが、それにしても、お前が突然こんなことを言いだしたのは、何かさしせまったわけでもあるのかね」
弟老人はそう言って、意地わるく相手の顔を見つめた。
「これ、康造、子供のころを思い出してくれ。わしたちはあんなに仲よしだったじゃないか。同じ着物を着せられて、同じおもちゃをあてがわれて、顔までソックリ同じ顔で、いつも一緒に遊んだじゃないか。それが、お前にしても、わしにしても、どちらか先に死んだ方の子供たちが、乞食になってしまうなんて、こんな残酷なことがあるだろうか」
「おい、健作、お前そう昂奮してはいかんよ。病気には昂奮が一ばん毒じゃ。この次にしよう。ね、この話は、お前がもっと元気になってからにしよう。きょう話さなくても、まだいくらも機会がある」
「いや、わしはなんともない。病気ではない。せっかく森川さんにきてもらったのだから、今話をきめておきたいのだ。わしたちは久しく仲たがいをしているが、どうか水に流してくれ。子供の時を思いだしてくれ。なあ康造、お前はわしよりも長生きをする気でいるから、そんな無慈悲なことをいうが、どんな事で、お前が先に死なないものでもない。そうすればお前の可愛がっている子供たちが路頭に迷うのだ。ここをよく考えてくれ。なあ康造」
弟老人はだまって考えていた。心の中でこまかく計算をして利害得失を割り出しているらしい。一分ほどもそうしていたあとで、やっと用心深く口をひらいた。
本の情報
形式
【XMDF形式】
XMDFデータをご覧いただくためには専用のブラウザソフト・ブンコビューア最新版(無料)が必要になります。ブンコビューアはここから無料でダウンロードできます。
詳しくはブンコビューアダウンロード初めての方へをご覧下さい。
対応端末欄に「ソニー“Reader”」と表示されている作品については、eBook Transfer for Readerで“Reader”にファイルを転送する事で閲覧できます。
海外版の“Reader”は対応しておりませんので予めご了承くださいませ。




























