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エイリアン魔獣境 I

エイリアン魔獣境 I

著: 菊地秀行
発行: 朝日新聞社
シリーズ: トレジャーハンター(エイリアン)
価格:525円(税込)
10ポイント還元
形式:XMDF形式⇒詳細 
対応端末:パソコン ソニー“Reader”
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著者プロフィール

 菊地 秀行(きくち ひでゆき)
 1949〜
 昭和24年、千葉県銚子市に生まれる。青山学院大学法学部卒業。在学中に推理小説研究会で活躍。卒業後は、フリーライターで雑誌等に寄稿のかたわら、小説を執筆。昭和57年『魔界都市〈新宿〉』で鮮烈なデビューを飾る。60年から『魔界行』『妖魔戦線』『妖獣都市』等、超伝記官能バイオレンスを発表し人気爆発、超売れっ子作家に。少林寺拳法をたしなみ、ホラー映画を愛し、とにかく小説を書くのが好きな好漢。

解説

 不世出のピアニスト、クリストファー・サイラスから《盗まれた手首を奪い返してほしい》という奇怪な依頼がきた。若い頃サイラスは、奇跡を起こす手首をアマゾンの秘境に存在する幻の王国から盗み出し、名声をほしいままにしたのだ。《報酬は幻の王国への地図》というサイラスの提案におれはのった。トレジャー・ハンターの血をこれほど掻きたてるものが他にあるだろうか。

目次

第一章 異形の影走る
第二章 サイラスの腕
第三章 死霊秘宝館
第四章 中華街妖蛇戦線
第五章 横浜港サブマリン血戦
第六章 幻の巨大都市
第七章 好敵手
あとがき

抄録

 ほどなく、リムジンはお堀ばたに出た。すれちがう車の数も少なく、いやに白々とした月光の下に、石垣と堀の水面が鈍く沈んでいる。ホテルの敷地に入った。
 ふと、頭のてっぺんがむず痒くなった。
 ドアに手をかけ押し開けると同時に、空中へ眼をやる。名雲が何か叫んだ。
 運転手の驚きを示して車が停まるより早く、おれの眼は前方にそびえるホテルの壁面を落下する三つの人影を捉えていた。
 自殺か! だが三人一緒というのは――。
 猛スピードで、ホテルの玄関に突き出した石屋根に激突するはずが、音もなく着地し、次の瞬間、軽々と地上へ降り立ったのを見て、疑問は驚きに変わった。
「お待ち下さい!」
 名雲の静止もきかず車から降りる。三人組は真っしぐらにリムジンへ向かって疾走してきた。グレーのレインコートを着ている。今は夏で、今夜は晴天だ。
 車の前へ出たとき、三人は眼前に迫っていた。十メートルの走破にコンマ二秒とかかっていまい。突風がおれの顔を打った。
 恐怖に近い愉悦を感じながら、おれは真ん中の奴の顔面に右ストレートを叩きこんだ。タイミングは絶妙だった。あの猛スピードで、かわしたり後退したりができるはずがない。
 拳は何の手応えもなく顔にめり込んだ。それが眼前で跳躍したための残像だと気づいて振り向いたとき、距離・高さともに五メートル以上を跳び切った三つの影は、風に追われるようにお堀に向かっていた。
「馬鹿が!」
 吐き捨て、おれも走り出した。走りながら、無駄だという予感はあった。
 三つの影は水面に身を躍らせた。そして案の定、おれが堀の淵に駆けつける寸前、彼方の石垣の上まで舞い上がり、あっと言う間に闇に呑まれた。おれの口からため息が洩れたのは、三人がジャンプしたはずの水面に、波紋ひとつ広がっていないことを見届けてからだった。
「八頭さま、お怪我は!?」
 名雲の声と足音が背後でした。ありがたいことに、不安がこもっている。おれを主人のもとへ送り届けるまで責任を果たしたことにはならないのだ。
 おれは首を振った。
「あいつらに心当たりはあるか?」
「存じません」
「サイラスさんは何階だ」
「三〇階に宿泊しております」
 おれは頭上を振り仰いだ。
 ところどころ光が洩れる、完成寸前のジグソー・パズルみたいなホテルの一角――図抜けて高い一点に、小さな人影が灼きついていた。窓辺に立って何を見ているのか。
 おれは無言でホテルの玄関へ歩き出した。武者震いが襲ってくる。やくざの四、五人もぶちのめしたいほど高揚した気分だった
 おれは奴らの顔を見てしまったのだ。
 それと、真ん中の奴が後生大事に抱えていた品物を。
 しなびた人間の手首がふたつ。
 世界最高のピアニストは、ばかでかいリビング・ルームの革張りソファに腰を下ろしていた。
 写真通りの悪相だ。鼻の下が異様に長く、唇はやけに厚ぼったい。風呂帰りのグラマーを横目に舌なめずりでもすれば一番似合いそうだ。糸みたいに細くて吊り上がった眼が、下からおれを値踏みしている。
 身長は一五〇センチもあるまい。部屋の雰囲気とはおよそ場違いな、ピアニストどころかアラブの三流奴隷商人が分相応な爺いだ。辛うじてマッチしているのは、金糸銀糸で縫いあわせた絹のナイトガウンと、樫のテーブル上で組みあわせた左薬指に光る大粒のダイヤくらいである。
 なるほど、この面であの演奏――新・世界七不思議のひとつといわれるだけのことはある。
 おれは椅子をすすめられるのも待たず、居間を横断し、サイラスの前の肘掛け椅子に腰を下ろした。
 爺さん、露骨に唇を歪めたぜ。
「日本人は好かん」と早口のドイツ語でののしる。「餓鬼のしつけもなっとらん」
「そう嫌うなよ」おれは言い返した。「せっかく呼び出しといて、そりゃつれなかろうぜ、おっさん」
 サイラス老人の口があんぐり開いた。日本の高校生が、まさか自分より流暢にドイツ語を喋るとは思ってもいなかったろう。
「お……おまえは……」
 おれは大きくうなずいて「会話ぐらいならなんとかね」と言った。ほんとは読み書きもそこそこいけるが、気に食わねえ野郎に教える義理はない。
「さ、用件に移ろうか。わざわざおれを指名したくらいだ。大層なお宝を盗まれたんだろうな」
 サイラスは悪意を隠そうともせず、陰火の燃えるような眼でおれをにらみつけていたが、じき、ドアに向かって顎をしゃくった。ドアの開く音がして、すぐに閉まった。名雲の気配が消えた。通訳はいらなくなったわけだ。
「虫の好かん小僧だが、さすがに太鼓判を押されただけのことはあるようじゃな。よかろう」
 苦々しげに言い放ち、右手をナイト・ガウンのポケットに突っ込む。恐る恐るテーブルに置かれたのは、長さ十五センチほどのガラスの円筒だった。直径は約五センチ。オートメーション製造の規格品じゃないのはすぐわかるが、中に水が入ってるくらいじゃ誰も驚くまい。しかし、その水の中に中世ヨーロッパの絵巻物に出てくるみたいな、黄金の宝冠と純白のドレスを着たお姫さまが突っ立ってて、おれと目が合うや哀しげな微笑を浮かべたとなると、話は別だ。
 おれは身を乗り出した。驚きを隠すようにサイラスの指輪に手を伸ばす。
「でっかいダイヤだな」
 富も名声も欲しいままの大芸術家は、さっと手を引っ込めた。
「ダイヤの話などしとらん。おまえの腕が噂通りなら、‘こいつ’の名前ぐらい心得とるはずじゃな――言うてみい」
「『幽閉されたオンディーヌ』」とおれは間髪入れずに答えた。「一五三一年、パラケルススがストラスブルグで極秘裡に作り出したという人造生命体《ホムンクルス》だ。対でもうひとつ、『炎に狂うサラマンデル』というのがあって、こちらは永劫に消えぬ熱なき炎の中に王子さまが閉じこめられてる。――大変だ。このふたつが離ればなれになると、手放した持ち主を、とんでもない不幸が襲うそうだな。探して欲しい品てな、それかい?」


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