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和書>小説・ノンフィクションハーレクインハーレクイン・クラシックス

思い出の罠

思い出の罠


発行: ハーレクイン
シリーズ: ハーレクイン・クラシックス
価格:600pt
形式:XMDF形式⇒詳細 MEDUSA形式⇒詳細
対応端末:パソコン ソニー“Reader”スマートフォン タブレット
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著者プロフィール

 ペニー・ジョーダン(Penny Jordan)
 1946年にイギリスのランカシャーに生まれ、10代で引っ越したチェシャーに生涯暮らした。学校を卒業して銀行に勤めていた頃に夫からタイプライターを贈られ、執筆をスタート。以前から大ファンだったハーレクインに原稿を送ったところ、1作目にして編集者の目に留まり、デビューが決まったという天性の作家だった。2011年12月、がんのため65歳の若さで生涯を閉じる。晩年は病にあっても果敢に執筆を続け、同年10月に書き上げた『純愛の城』が遺作となった。

解説

 建築士のフェイスは、屋敷を改築する仕事を任され、思い出のハットンハウスでしばらく働くことになった。十五歳の夏に過ごした館――ナッシュに出会った場所で。家庭の事情で児童養護施設に預けられていた彼女は、見学に行ったハットンハウスで館の持ち主フィリップに気に入られ、夏のあいだ屋敷で過ごさないかと招待を受けた。そして、フィリップの名づけ子のナッシュに出会い、彼に恋をした。すべてがばら色に見えたのもつかの間、とんでもない事件が起こる。施設の非行グループがお金を盗みに屋敷に押し入り、止めようとしたフェイスが、少女たちの陰謀で首謀者として糾弾されたのだ。ナッシュにも信じてもらえず、彼女の心はずたずたに引き裂かれた。その後フェイスは、館で十年ぶりに彼と再会を果たすことになるが……。

抄録

 フェイスの喉からもれた小さな叫びは怒りというよりも悲しみの声だった。けれど、ほとんどすすり泣きに近いその声を彼は黙殺した。
「答えるんだ、フェイス。彼に話したのか、話していないのか?」
 嘘はつけないし、かといって事実を話すこともできず、フェイスはただ首を横に振った。勝ち誇った彼のまなざしに心の震えは増幅する。
 彼の威圧的な冷笑におびえながらも、相手をとことん追いつめ引き裂こうとする、専横で独断的な男のペースに巻き込まれまいと、フェイスは気持ちを立て直した。
「もちろん話していない」彼は自分で自分の問いに答えを出した。「きみにべたぼれらしいボスから聞いたところによると、財団が受け取った履歴書からは、ある重要な記述が削除されていた」
 彼が何を言いたいのか、きくまでもなくわかっている。緊張のあまり喉がからからに乾き、フェイスは心の弱さをさらけだすまいと胸を張った。
「それと仕事とは関係ないわ」
「関係ない? ひとりの人間を死に至らしめたという事実が――未成年ということで留置刑を免れたという事実が、きみの履歴となんの関係もないというのか?」
 それ以上聞くに堪えず、フェイスは踵を返して歩み去ろうとした。
「あのとき、きみはちょうどここに、この場所にいた」ナッシュは陰気につぶやき、後ろから彼女の腕をつかんで振り向かせた。
 素肌にからみつく指の感触にたじろぎ、フェイスは思わず声をあげた。「触らないで!」
「触らないで?」ナッシュは嘲るように繰り返した。「昔はそうは言わなかった。反対に、きみは触れてほしいと、抱いてほしいとぼくに哀願したじゃないか。それとも、そんなことは都合よく忘れてしまった?」
「あのころ私は十五歳で……」屈辱の思い出に唇がわななく。「自分が何を言っているのか、何をしているのか、よくわかっていなかった……」
「それは嘘だ」ナッシュは容赦なく言い返し、片手で腕をつかんだままもう一方の手を彼女の後頭部に添え、強引に顔を仰向かせて視線をとらえた。
 うなじをかすった指の感触に、十年前の記憶のすべてが生々しくよみがえってくる。どうしようもなく体が震えるのは恐怖のせいではなかった。遠い過去に置き去りにしてきたはずの、理性では説明のつかない不思議な感覚の波にもまれてフェイスは震えていた。
 ナッシュと初めて会ったあの夏、彼に触れてほしいと、抱いてほしいと、幾度願ったことだろう? あのころ、こんなふうに彼にとらえられることを何度夢見たことか。素肌を滑る彼の指の動きを想像し、彼の瞳にともる欲望のきらめきを探し……。
 十五歳で世間を知らず、がむしゃらに愛を欲しがった自分の愚かさを思い、フェイスは再び身震いした。あのころ、ナッシュに恋したと思い込んでいた。愛と情熱のすべてを彼に捧げ、彼に憧れ、若さゆえのひたむきさで彼を求めた。
「きみには自分の言っている言葉の意味がわかっていないんだ」思いきって愛を打ち明けたとき、ナッシュはそう言って若いフェイスを退けた。
「だったらあなたが教えて」フェイスは大胆に挑んだ。「キスして、ナッシュ」
“キスして、ナッシュ……”フェイスはいま、無意識のうちにあのときの言葉を繰り返していた。ナッシュはつぶやきほどのその声を聞いてびくっと身をこわばらせた。キスして? どんなゲームを始めようというのか。ナッシュは手を引こうとしたが、同時に首をめぐらしたフェイスの唇がその指に触れた。
 無防備な唇に触れた温かい指の感触にフェイスは息をのんだ。ナッシュは耐えきれないというように喉の奥でうめき、ふたりを隔てるわずかな空間を狭めた。そして両手を彼女の背中に滑らせ、腰を抱き、引き寄せ、唇で唇を覆った。
 自分のしていることが信じられなかった。寄り添う肉体はあまりにも繊細で、触れ合う唇はあまりにも甘くかぐわしい。彼女に触れ、すべてを忘れて無言の誘惑に屈したかった。だが、ここに来たのは正義を行うためであり、彼女が犯した罪にふさわしい懲罰を与えるためではなかったか? 少なくとも、彼女のせいで死期を早めた名づけ親の無念を晴らす義務は彼にあるはずだった。それなのに、復讐を果たすどころか――。
 フェイスの肉体の反応を感じてナッシュは身震いし、なんとか自分を取り戻そうとした。昔、愚かにも、フェイスを優しく純朴な少女と思い込んでいた。けれどそんな女の子は実際には存在しなかったのだ。そしていまここにいる女性は、自分が何をしているか正確に知り、それが男に対してどれほど強力な武器になり得るかを心得ている。しかしいくら自分にそう言い聞かせても、甘やかに開いた唇の誘惑を拒むことはできなかった。
 ナッシュの舌が荒々しく唇を割り、内側の柔らかなひだをまさぐり、舌をとらえて味わう。次々と押し寄せてくる欲望の怒涛にしだかれ、フェイスは暗く逆巻く危険な深みへと引きずり込まれていった。ベルベットのような甘美な官能の世界へ……ナッシュとふたりだけの世界へ……。
 ナッシュとふたり?
 突然我に返り、フェイスは当惑して身を引いた。混乱するあまり頬は上気し、瞳は苦悩の色を深めて暗い。たったいま彼の腕のなかで感じたすべてと、ふたりのあいだに横たわる憎悪と不信を一致させるには、十五歳の自分が彼にキスしたのだと、十五歳の自分が十年前のナッシュを愛したのだと考えるしかなかった。

 *この続きは製品版でお楽しみください。

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