和書>小説・ノンフィクション>ライトノベル>異世界ファンタジー
著者プロフィール
萩原 麻里(はぎわら まり)
兵庫県神戸市出身。3月10日生まれ。第10回ティーンズハート大賞(講談社)佳作受賞後、「ましろき花の散る朝に」(講談社X文庫ティーンズハート)でデビュー。その他著書に「はかなき夢の覚めぬ間に」「届かぬ想いの咲くころに」(講談社X文庫ティーンズハート)、「暗く、深い、夜の泉。蛇々哩姫」(講談社X文庫ホワイトハート)などがある。
兵庫県神戸市出身。3月10日生まれ。第10回ティーンズハート大賞(講談社)佳作受賞後、「ましろき花の散る朝に」(講談社X文庫ティーンズハート)でデビュー。その他著書に「はかなき夢の覚めぬ間に」「届かぬ想いの咲くころに」(講談社X文庫ティーンズハート)、「暗く、深い、夜の泉。蛇々哩姫」(講談社X文庫ホワイトハート)などがある。
解説
空に浮かぶ雲を自由に操ることのできる、選ばれし職人「霧練り」に憧れる少年ジル。ある日、ジルは彼の住む村を襲う災害を予知し、救ってくれた、通りすがりの「黒い服のおじさん」に霧練り候補生が集う学校への入学をすすめられる。憧れる霧練りの学校への入学を喜ぶジルだったが、後に「黒服のおじさん」は、現人神と呼ばれる伝説の霧練り・レリックだと知る。レリックの紹介という、鳴り物入りの新入生として期待されるも、授業にも試験にも落ちこぼれ、霧練りの才の片鱗さえ見あたらないジル。「僕は本当に霧練りになれるのかな?」。少年たちの心の葛藤と友情、胸躍る冒険ファンタジー。
目次
序
第一章 雲の学校
第二章 大雪崩
第三章 雲練りの塔
終
あとがき
第一章 雲の学校
第二章 大雪崩
第三章 雲練りの塔
終
あとがき
抄録
翌日からジルとミッジの猛特訓が始まった。
ジルは試験にそなえて勉強を続け、補習授業にも進んで参加するようになっていた。勉強に目覚めたジルを誰より歓迎したのは学年主任のナディル教授で、彼女が丁寧に気象学の基礎を教えてくれたお陰もあって、ジルはしばらくすると、普通の生徒と同じくらいには授業内容を理解できるようになった。
「ジル。貴方は確かに気象学の基礎を知らないけれど、それを補うための努力と、知識とを持っているわね。これはとても大切なことなのよ」
「知識、ですか?」
「そう。たとえば貴方は気圧のことをまるで知らない。けれど温めれば圧力が高くなり、冷やせば圧力が低くなることを知っているでしょう。それは貴方が、密封した金物を火にかけた時、膨張して破裂することを経験から覚えているためだわ。
貴方の中にはきちんと知識があるの。その使い方を覚えていけば、きっと今習っている物事の規則性に気付くはずです。勉強はね、きっかけさえつかめば、案外面白いものなのよ」
ナディル教授の言葉は嘘ではない。慣れてくると不思議なもので、あれだけとっつきにくかった講義にも、それぞれポイントのようなものがあることが分かり始めたのだ。全部を覚えるのではなく、要領よく、重要な部分を覚えていけば良いのである。
そうして約束を守ったのはジルばかりではない。ミッジもまた頑張った。
彼は毎夜ジルとともに吹き抜けの場所まで行き、避難《ひなん》梯子《はしご》を下ろして高所恐怖症を克服するための努力を惜しまなかった。とはいえ恐怖心はそう簡単に乗り越えられるものではなく、ミッジはいつも、手すりから梯子に移ろうとした途端に青くなり、見ているジルが心配になるくらい震えていたのだが。汗で手がすべるし、震えるから足元まで危ういし、とにかくミッジのこの様子を見ていたら、さすがのジルも楽天的なものの見方を改めざるをえないほどだった。
(高い所が怖いって、大変なんだなあ)
それでもミッジはあの約束の日から一度も、ジルに「やめたい」と弱音を吐いてはいない。ジルが勉強疲れで起きられなかった夜中にだって、一人でかかさず、特訓に向かった。時にはジルが、まだ新入生として『当番』がないのをいいことに、ミッジの代わりに仕事をこなしたりしながらも……やがてひと月もすると、棒をつかむために身を乗り出すだけで目を回していたミッジは、避難梯子を一階分上りきるくらいにまで成長していた。
「やった、ジル! ねえ見てた? 僕、上れたよ!」
まだ下りてくる勇気はなかったので、ミッジはわざわざ上の階から遠回りして階段を使い、ジルのもとまで戻ってきてそう告げたのだった。ジルも嬉しくて嬉しくて、その瞬間、眠気が吹き飛んだほどだ。
「ねえジル、僕、なんだか全部うまくいくような気がしてきたよ。君の勉強も僕の訓練も、うんと順調なんだもの……ね、ジルもそう思わない?」
毎日がめまぐるしく過ぎていく。何かに熱中し、必死になっている時間は、これまでジルが感じたこともないほど早く流れ去っていくのだった。記憶してゆくこと、学んでゆくこと、それらは叔父さん達の家で働いていた毎日とは違って、自分のために努力し、費やすことのできる充実した日々でもある。努力が苦痛でなくなる時間を、ジルは生まれて初めて経験したのだった。
そうやって、なんとか霧練《むね》りの授業に慣れてきた頃。
ジルを含めた一年生全員は、ある日、霧練りの学校に入学して初めての『特別授業』を受けることになった。以前から時間割の枠外に「美術・振替」の文字とともに記されていた、もっとも内容のつかめない、謎の多い授業である。
特別授業の教科担当はグローダ教授という人物で、気の良い、丸眼鏡の男性教授だ。おっとりとした口調は校内の誰より柔らかく、生徒達を叱りつけることも滅多にない。かといって調子に乗ってサボっていると、いつのまにか成績が下がってしまうから要注意なのだと、去年教授の授業を受けた上級生が教えてくれた。
とにもかくにも、初めての『特別授業』である。果たしてどんな講義になるのかと緊張する生徒達を、教授はそれまで出入りしたことのない教室に移動させると、
「さあ、今日の授業はここで行います」
「……うわああ」
きっぱりと宣言した教授に、生徒達は一斉に感嘆の声を上げた。
目の前に現れた教室は、外観こそ他と変わりないものの、扉を開けた途端にとんでもない景色を覗かせたのである。
それは、一面の緑の色彩だった。むっと湿気を含んだ風と、生暖かい空気に包まれた……巨大な森だったのである。
「へ、部屋の中に森がある!」
「森じゃない。これは熱帯雨林だ」
「そのとおりですよ、マウリ君。ここは人工的に作られた熱帯雨林の部屋です。今日はここで、皆さんに、空気中に含まれた水を操るための方法を学んでもらうことになっているわけです」
グローダ教授はのんびり言うと、にこにこしながら生徒達を振り返った。
「さあさあ、入口でかたまってないで、中に入って下さい。扉を閉めないと湿気が外にもれてしまいますからね」
後ろの生徒に突っつかれて、ようやくジルは我に返った。
水を操るための方法。
それは霧練り能力の基礎と呼ばれるもので、水蒸気の塊である雲を操る際、もっとも重要とされる技術なのである。つまり霧練りとは、空気中に含まれる水分を手元に引き寄せ、その周りの気圧を変化させながら、小さな雲を作り出す技というわけなのだ。
そうして今からそれを学ぶということは。
「き、教授。もしかしてこれって、実技の授業ですか?僕、実技は平均点以上取らないと、受けちゃいけないものだと思ってました!」
グローダ教授の姿を確認し、彼が教科書の類を一切持っていないことに気付いたジルは、興奮のあまり、思わず大声を上げてしまった。けれど教授はこうした生徒の反応には慣れているらしく、大して慌てた様子もなくジルを振り返ると、
「ええそうです。これは実技ですよ、実に特殊な、ね」
言って、ますます笑みを深めた。
*この続きは製品版でお楽しみください。
ジルは試験にそなえて勉強を続け、補習授業にも進んで参加するようになっていた。勉強に目覚めたジルを誰より歓迎したのは学年主任のナディル教授で、彼女が丁寧に気象学の基礎を教えてくれたお陰もあって、ジルはしばらくすると、普通の生徒と同じくらいには授業内容を理解できるようになった。
「ジル。貴方は確かに気象学の基礎を知らないけれど、それを補うための努力と、知識とを持っているわね。これはとても大切なことなのよ」
「知識、ですか?」
「そう。たとえば貴方は気圧のことをまるで知らない。けれど温めれば圧力が高くなり、冷やせば圧力が低くなることを知っているでしょう。それは貴方が、密封した金物を火にかけた時、膨張して破裂することを経験から覚えているためだわ。
貴方の中にはきちんと知識があるの。その使い方を覚えていけば、きっと今習っている物事の規則性に気付くはずです。勉強はね、きっかけさえつかめば、案外面白いものなのよ」
ナディル教授の言葉は嘘ではない。慣れてくると不思議なもので、あれだけとっつきにくかった講義にも、それぞれポイントのようなものがあることが分かり始めたのだ。全部を覚えるのではなく、要領よく、重要な部分を覚えていけば良いのである。
そうして約束を守ったのはジルばかりではない。ミッジもまた頑張った。
彼は毎夜ジルとともに吹き抜けの場所まで行き、避難《ひなん》梯子《はしご》を下ろして高所恐怖症を克服するための努力を惜しまなかった。とはいえ恐怖心はそう簡単に乗り越えられるものではなく、ミッジはいつも、手すりから梯子に移ろうとした途端に青くなり、見ているジルが心配になるくらい震えていたのだが。汗で手がすべるし、震えるから足元まで危ういし、とにかくミッジのこの様子を見ていたら、さすがのジルも楽天的なものの見方を改めざるをえないほどだった。
(高い所が怖いって、大変なんだなあ)
それでもミッジはあの約束の日から一度も、ジルに「やめたい」と弱音を吐いてはいない。ジルが勉強疲れで起きられなかった夜中にだって、一人でかかさず、特訓に向かった。時にはジルが、まだ新入生として『当番』がないのをいいことに、ミッジの代わりに仕事をこなしたりしながらも……やがてひと月もすると、棒をつかむために身を乗り出すだけで目を回していたミッジは、避難梯子を一階分上りきるくらいにまで成長していた。
「やった、ジル! ねえ見てた? 僕、上れたよ!」
まだ下りてくる勇気はなかったので、ミッジはわざわざ上の階から遠回りして階段を使い、ジルのもとまで戻ってきてそう告げたのだった。ジルも嬉しくて嬉しくて、その瞬間、眠気が吹き飛んだほどだ。
「ねえジル、僕、なんだか全部うまくいくような気がしてきたよ。君の勉強も僕の訓練も、うんと順調なんだもの……ね、ジルもそう思わない?」
毎日がめまぐるしく過ぎていく。何かに熱中し、必死になっている時間は、これまでジルが感じたこともないほど早く流れ去っていくのだった。記憶してゆくこと、学んでゆくこと、それらは叔父さん達の家で働いていた毎日とは違って、自分のために努力し、費やすことのできる充実した日々でもある。努力が苦痛でなくなる時間を、ジルは生まれて初めて経験したのだった。
そうやって、なんとか霧練《むね》りの授業に慣れてきた頃。
ジルを含めた一年生全員は、ある日、霧練りの学校に入学して初めての『特別授業』を受けることになった。以前から時間割の枠外に「美術・振替」の文字とともに記されていた、もっとも内容のつかめない、謎の多い授業である。
特別授業の教科担当はグローダ教授という人物で、気の良い、丸眼鏡の男性教授だ。おっとりとした口調は校内の誰より柔らかく、生徒達を叱りつけることも滅多にない。かといって調子に乗ってサボっていると、いつのまにか成績が下がってしまうから要注意なのだと、去年教授の授業を受けた上級生が教えてくれた。
とにもかくにも、初めての『特別授業』である。果たしてどんな講義になるのかと緊張する生徒達を、教授はそれまで出入りしたことのない教室に移動させると、
「さあ、今日の授業はここで行います」
「……うわああ」
きっぱりと宣言した教授に、生徒達は一斉に感嘆の声を上げた。
目の前に現れた教室は、外観こそ他と変わりないものの、扉を開けた途端にとんでもない景色を覗かせたのである。
それは、一面の緑の色彩だった。むっと湿気を含んだ風と、生暖かい空気に包まれた……巨大な森だったのである。
「へ、部屋の中に森がある!」
「森じゃない。これは熱帯雨林だ」
「そのとおりですよ、マウリ君。ここは人工的に作られた熱帯雨林の部屋です。今日はここで、皆さんに、空気中に含まれた水を操るための方法を学んでもらうことになっているわけです」
グローダ教授はのんびり言うと、にこにこしながら生徒達を振り返った。
「さあさあ、入口でかたまってないで、中に入って下さい。扉を閉めないと湿気が外にもれてしまいますからね」
後ろの生徒に突っつかれて、ようやくジルは我に返った。
水を操るための方法。
それは霧練り能力の基礎と呼ばれるもので、水蒸気の塊である雲を操る際、もっとも重要とされる技術なのである。つまり霧練りとは、空気中に含まれる水分を手元に引き寄せ、その周りの気圧を変化させながら、小さな雲を作り出す技というわけなのだ。
そうして今からそれを学ぶということは。
「き、教授。もしかしてこれって、実技の授業ですか?僕、実技は平均点以上取らないと、受けちゃいけないものだと思ってました!」
グローダ教授の姿を確認し、彼が教科書の類を一切持っていないことに気付いたジルは、興奮のあまり、思わず大声を上げてしまった。けれど教授はこうした生徒の反応には慣れているらしく、大して慌てた様子もなくジルを振り返ると、
「ええそうです。これは実技ですよ、実に特殊な、ね」
言って、ますます笑みを深めた。
*この続きは製品版でお楽しみください。
本の情報
この本を読んだ人は、こんな本も読んでいます
形式
【bookend形式】
この書籍は、商品の初回閲覧時に必要ソフト「bookend」(無料)を手動インストールする必要があります。
詳細はbookend形式のご利用方法をご覧下さい。
bookend形式の書籍をご覧いただくためにはAdobe Reader最新版(無料)が必要になります。Adobe Reader最新版はここから無料でダウンロードできます。


























