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有島 武郎(ありしま たけお)
1878〜1923
東京生れ。札幌農学校卒業後、3年間アメリカに留学。帰国後、母校の英語教師となる。創刊された雑誌「白樺」の同人となり文学活動をはじめる。妻と父の死を契機に、本格的な創作活動に入り、不朽の傑作『或る女』、『カインの末裔』、『宣言』、評論『惜しみなく愛は奪う』、『宣言一つ』などを次々に発表。1923年、婦人記者・波多野秋子と共に軽井沢の別荘で自殺。


【惜みなく愛は奪ふ】
評論。大正六・六「新潮」。補足拡大して九・六、叢文閣刊『有島武郎著作集』第11集に収録。有島がキリスト教から離脱して以来、ホイットマンやベルグソンなどから示唆を受けながら考え続けて来た、人生いかに生くべきかの課題に対する解答を示したもので、キリスト教では伝統的に「愛」とは「惜しみなく与える」本能、すなわち放射するエネルギーであると考えられ、利他主義の倫理、犠牲献身の徳が強調されてきたけれども、それは現象面だけにとらわれた考えで、自分が経験し観察したところによれば、「「愛」の本質は外界を己の中に惜しみなく摂取して自己の所有とするところの奪う本能であり、放射する代わりに吸引する本能である」ということだった。
【カインの末裔】
短編小説。大正六・七「新小説」。七・二、新潮社刊『有島武郎著作集』第三集に収録。処女作『かんかん虫』の主人公に似た野生的な自由人広岡仁右衛門を、北海道の酷烈な自然を背景に、精刻に彫りあげた本格的写実小説である。無知な野人といえども、自然の酷薄、社会の奸智と戦って、これに打ち克たなければならぬ。その激しい生の威力を語るとともに、これを蹂躙する自然や社会の冷酷な力を描き作者の博愛な慈憐の心をこめる出世作。


見よ愛がいかに奪うかを。愛は個性の飽満と自由とを成就《じょうじゅ》することにのみ全力を尽しているのだ。愛はかつて義務を知らない。犠牲を知らない。献身を知らない。奪われるものが奪われることをゆるしつつあろうともあるまいとも、それらに煩《わずら》わされることなく愛は奪う。もし愛が相互的に働く場合には、私たちは争って互に互を奪い合う。決して与え合うのではない。その結果私たちは互に何物をも失うことがなく互に獲得する。人が通常いう愛するものは二倍の恵《めぐみ》を得るとはこれをいうのだ。私は予期するとおりの獲得に対して歓喜し、有頂天《うちょうてん》になる。そして明かにその獲得に対して感激し感謝する。その感激と感謝とは偽善でも何でもない。あるべかりしものがあったについての人の有し得る自《おのずか》らの情である。愛の感激……正しくいうとこの外《ほか》に私の生命はない。私は明らかに他を愛することによって凡てを自己に取入れているのを承認する。もし人が私を利己主義者と呼ぼうとならば、私はそう呼ばれるのを妨《さまた》げない。もし必要ならば愛他的利己主義者と呼んでもかまわない。いやしくも私が自発的に愛した場合なら、私は必ず自分に奪っているのを知っているからだ。
この求心的な容赦《ようしゃ》なき愛の作用こそは、凡ての生物を互に結び付けさせた因子ではないか。野獣を見よ。如何に彼らの愛の作用(相奪う状《さま》)が端的に現われているかを。それが人間に至って全く反対の方向を取るというのか。そんな事があり得べきではない。ただ人間はnicetyの仮面《かめん》の下に自分自らを瞞着《まんちゃく》しようとしているのだ。そして人間はたしかにこの偽瞞《ぎまん》の天罰を被《こうむ》っている。それは野獣にはない、人間にのみ見る偽善の出現だ。何故愛をその根抵的《こんていてき》な本質においてのみ考えることが悪いのだ。それをその本質において考えることなしには人間の生活には遂に本当の進歩創造は持来《もちきた》されないであろう。
*この続きは製品版でお楽しみください。


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デジタル初版:2006年7月27日



ジャンル:和書>小説・ノンフィクション>ノンフィクション>評論・文学研究
ジャンル:和書>小説・ノンフィクション>文芸>日本文学:近代小説
著: 有島武郎
発行: BBC文庫
シリーズ: 近代生命主義叢書
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