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著者プロフィール
菊地 秀行(きくち ひでゆき)
1949〜
千葉県銚子市に生まれる。青山学院大学法学部卒業。在学中に推理小説研究会で活躍。卒業後は、フリーライターで雑誌等に寄稿のかたわら、小説を執筆。1982年『魔界都市〈新宿〉』で鮮烈なデビューを飾る。1985年から『魔界行』『妖魔戦線』『妖獣都市』等、超伝記官能バイオレンスを発表し人気爆発、超売れっ子作家に。少林寺拳法をたしなみ、ホラー映画を愛し、とにかく小説を書くのが好きな好漢。
1949〜
千葉県銚子市に生まれる。青山学院大学法学部卒業。在学中に推理小説研究会で活躍。卒業後は、フリーライターで雑誌等に寄稿のかたわら、小説を執筆。1982年『魔界都市〈新宿〉』で鮮烈なデビューを飾る。1985年から『魔界行』『妖魔戦線』『妖獣都市』等、超伝記官能バイオレンスを発表し人気爆発、超売れっ子作家に。少林寺拳法をたしなみ、ホラー映画を愛し、とにかく小説を書くのが好きな好漢。
解説
その比類なき富と力で“絶対貴族”と呼ばれ、その限りなき凶悪さゆえに“神祖”の手で宇宙空間に放逐されていたヴァルキュアが五千年ぶりに地球に帰還し、己れの追放劇にかかわった三人の貴族と、それに手を貸した人間の子孫への復讐を開始した。Dは、その中のひとりブロージュ伯爵の抹殺を依頼されていたが、ひとまず矛を収め、彼とソムイの村へと向かう。標的となった母子をヴァルキュアの七人の刺客から守るために。
目次
第一章 邪星来る
第二章 魔性の布石
第三章 魔圏に棲む者たち
第四章 星から来た貴族
第五章 首斬りジュサップ
第六章 魔道境
第七章 死の宴、緋《ひ》の宴
あとがき
第二章 魔性の布石
第三章 魔圏に棲む者たち
第四章 星から来た貴族
第五章 首斬りジュサップ
第六章 魔道境
第七章 死の宴、緋《ひ》の宴
あとがき
抄録
ひとり、落とし物をしたらしい旅人が近くへ戻ってきて、そのとき、ぎょっと二人の方を向き、これは危《やば》いと思ったか、捜し物もそのまま、そそくさと橋の方へ行ってしまったが、反応といえばそれだけで、Dは飄然と、
「誰にやられた?」
と二日前の死者に尋ねた。まさしく、大将軍は死んでいる。滅びている。でなければ、このような無惨な姿をさらしているはずがない。にもかかわらず、干からび潰れた唇が動いた。
「スピ……イ……ネ」
「誰だ、そいつは?」
と訊いたのは嗄れ声である。
「……Dよ……ダイアリスの家へ……行け……ヴァルキュアは……その家族を……狙って……くる」
「ダイアリス? 何じゃ、そいつは?」
「……ソムイの……北の村外れ……助けて……やれ……所詮は……無益な努力だが……七人の下僕……おれは……その中の……たったひとりに……斃され……た」
「おまえと、そのダイアリス云々とは、どういう関係にあるのだ? こら」
嗄れ声にDの質問が重なった。
「ブロージュ伯を知っているか?」
潰れた頭がうなずいたようである。
「ヴァルキュアを……追放したのは……“神祖”の命を受けた彼奴《きゃつ》と……おれと……ミランダ公爵夫人……そのとき……ある人間の力を……借りた……五千年……前にだ……ヴァルキュアは言い残し……た……必ず戻り……我らに復讐を……すると……おれたちは……それを信じた……そして……誓ったのだ……ヴァルキュアが……地上へ復帰したとき……ダイアリスの子孫を……奴の手から……守ろう……と……ヴァルキュアの……復活を知って……おれも……ダイアリスの子孫のもとへ……駆けつけるつもり……だったが……この様だ……Dよ……行け……行って……」
子孫を守れ、というつもりだったのか、ヴァルキュアを斃せと訴えるつもりだったのか、それきり声はなく、ギャスケル大将軍の身体から、眼に見えぬ何かが‘すっ’と抜けていった。
「ひい!?」
と後方で声が上がったのは、さっきの旅人が、こわごわ様子を窺っていたのである。
死体が口をきくだけでもこの世ならぬ恐怖なのに、それが突然、首も手も足もはらはらと崩れ落ちたばかりか、空中で霧か霞のように霧消するのを目撃し、彼はその場にへたり込んでしまった。
「死後二日も生きておったか」
と嗄れた声がつぶやいた。感慨がこもっていた。
「よほど、ダイアリス某《なにがし》の子孫が気になっていたとみえる。断っておくが、余計なことは考えるなよ、D」
Dは流れの方へ眼をやった。
「そこに、ブロージュ伯爵もいる」
「むむ」
と言ってから、嗄れ声は嘆息した。
「日が暮れれば、スピイネとかいう奴も動き出す――行くぞ」
黒い騎馬は風を巻いて疾走に移った。
鉄蹄の轟きにふり向く旅人たちの頭上を軽々と越えて、わずかな風に揺れ動くロープの端に、鮮やかに着地を決めた。橋の底部が、二〇センチほどの隙間を空けて横に渡した五本のロープにすぎないのを考えれば、神技とさえ呼べる馬操術であった。
代わりに渡り出したばかりの何人かが足を滑らせ、かろうじて手すり用のロープに掴まって、この莫迦野郎とDをののしったが、黒衣の若者はコートの裾を風になびかせつつ、物騒な橋の上を全力疾走に移っていた。
二〇〇メートルの半ばまで、瞬く間に渡り切ったとき、その耳に女の声が届いた。
「ギャスケルと話していた男――死体と話していた男――おまえの名前をお言い」
その若く金鈴のごとき声が聞こえなかったように、Dは走りつづける。
「死人と話せるのは、貴族のみ。でも、おまえは違う。貴族に非ず、人に非ず。――ならば、この世に用なき存在《もの》。いま、ここで死ぬがよい」
さあ、と橋が沈んだ。あっという間に、Dは水中にあった。必死に水を掻く馬も激流に押し流されていく。Dが乗っていられるのは、馬の姿勢を崩させぬ彼の手綱さばきによるものであった。
三メートル押し流される間に、一メートルは向う岸に近づいていく。
サイボーグ馬が後方へのけぞった。
ふり向くDの眼に、泥水の中からのびた白い手が見えた。右手は馬の尾を掴み、左手は尻にかかっている。
あっという間に、尾がもぎ取られた。
ずるり、と尻の皮膚が剥けた。肉もついていた。合金製の骨格が露呈し、ちぎれたコードが泥水と接触して小さな火花を上げた。
手はその奥にも侵入した。神経系の着色コードを掴んだとき、Dの一刀が閃いた。
水を切ったような手応えが伝わった。女の手は傷痕ひとつ残さぬまま、コードを毟り取った。火花が色彩と激しさを増して弾けた。サイボーグ馬が痙攣する。
すうと白い手が水中に没した。五メートルほど向うに白い女の姿が立ち上がったのは、それと同時であった。
腰までかかる金髪と、それにふさわしい典雅な美貌を白いスリムなドレスに包み、女はごおごおと流れる水の上に立った。
サイボーグ馬は、すでに首以外は水中に消え、その背のDもろとも流されるばかりだ。そして、水上の女も、同じ姿、同じ速度でDを追っていく。その左眼はふさがっていた。
「怯えてはおらぬな、そなた」
女の声には憎悪と感嘆の響きがゆれていた。
「水の外の生きものは、水を恐れるものよ。大した男とこの胸に抱いてやりたいところだが、どうやら我らの目的にとって、途方もなく大きな障害になるような気がする。ギャスケルを囮《おとり》に待っていたもう二人の貴族の片割れではなさそうだが、わらわの判断で処分する。その美しい顔も姿も泥水の中に没せよ。この仕事が終えたらすぐに捜し出して、永久に清雅な湖中に封じ込めてやろう」
「それはどうも」
と笑いを含んだ嗄れ声に、水妖女が気づいたかどうか。
「おまえの名前――聞いておこう。わらわの名はルシアンじゃ」
「D」
白い美女の隻眼が、かっと見開かれた。
*この続きは製品版でお楽しみください。
「誰にやられた?」
と二日前の死者に尋ねた。まさしく、大将軍は死んでいる。滅びている。でなければ、このような無惨な姿をさらしているはずがない。にもかかわらず、干からび潰れた唇が動いた。
「スピ……イ……ネ」
「誰だ、そいつは?」
と訊いたのは嗄れ声である。
「……Dよ……ダイアリスの家へ……行け……ヴァルキュアは……その家族を……狙って……くる」
「ダイアリス? 何じゃ、そいつは?」
「……ソムイの……北の村外れ……助けて……やれ……所詮は……無益な努力だが……七人の下僕……おれは……その中の……たったひとりに……斃され……た」
「おまえと、そのダイアリス云々とは、どういう関係にあるのだ? こら」
嗄れ声にDの質問が重なった。
「ブロージュ伯を知っているか?」
潰れた頭がうなずいたようである。
「ヴァルキュアを……追放したのは……“神祖”の命を受けた彼奴《きゃつ》と……おれと……ミランダ公爵夫人……そのとき……ある人間の力を……借りた……五千年……前にだ……ヴァルキュアは言い残し……た……必ず戻り……我らに復讐を……すると……おれたちは……それを信じた……そして……誓ったのだ……ヴァルキュアが……地上へ復帰したとき……ダイアリスの子孫を……奴の手から……守ろう……と……ヴァルキュアの……復活を知って……おれも……ダイアリスの子孫のもとへ……駆けつけるつもり……だったが……この様だ……Dよ……行け……行って……」
子孫を守れ、というつもりだったのか、ヴァルキュアを斃せと訴えるつもりだったのか、それきり声はなく、ギャスケル大将軍の身体から、眼に見えぬ何かが‘すっ’と抜けていった。
「ひい!?」
と後方で声が上がったのは、さっきの旅人が、こわごわ様子を窺っていたのである。
死体が口をきくだけでもこの世ならぬ恐怖なのに、それが突然、首も手も足もはらはらと崩れ落ちたばかりか、空中で霧か霞のように霧消するのを目撃し、彼はその場にへたり込んでしまった。
「死後二日も生きておったか」
と嗄れた声がつぶやいた。感慨がこもっていた。
「よほど、ダイアリス某《なにがし》の子孫が気になっていたとみえる。断っておくが、余計なことは考えるなよ、D」
Dは流れの方へ眼をやった。
「そこに、ブロージュ伯爵もいる」
「むむ」
と言ってから、嗄れ声は嘆息した。
「日が暮れれば、スピイネとかいう奴も動き出す――行くぞ」
黒い騎馬は風を巻いて疾走に移った。
鉄蹄の轟きにふり向く旅人たちの頭上を軽々と越えて、わずかな風に揺れ動くロープの端に、鮮やかに着地を決めた。橋の底部が、二〇センチほどの隙間を空けて横に渡した五本のロープにすぎないのを考えれば、神技とさえ呼べる馬操術であった。
代わりに渡り出したばかりの何人かが足を滑らせ、かろうじて手すり用のロープに掴まって、この莫迦野郎とDをののしったが、黒衣の若者はコートの裾を風になびかせつつ、物騒な橋の上を全力疾走に移っていた。
二〇〇メートルの半ばまで、瞬く間に渡り切ったとき、その耳に女の声が届いた。
「ギャスケルと話していた男――死体と話していた男――おまえの名前をお言い」
その若く金鈴のごとき声が聞こえなかったように、Dは走りつづける。
「死人と話せるのは、貴族のみ。でも、おまえは違う。貴族に非ず、人に非ず。――ならば、この世に用なき存在《もの》。いま、ここで死ぬがよい」
さあ、と橋が沈んだ。あっという間に、Dは水中にあった。必死に水を掻く馬も激流に押し流されていく。Dが乗っていられるのは、馬の姿勢を崩させぬ彼の手綱さばきによるものであった。
三メートル押し流される間に、一メートルは向う岸に近づいていく。
サイボーグ馬が後方へのけぞった。
ふり向くDの眼に、泥水の中からのびた白い手が見えた。右手は馬の尾を掴み、左手は尻にかかっている。
あっという間に、尾がもぎ取られた。
ずるり、と尻の皮膚が剥けた。肉もついていた。合金製の骨格が露呈し、ちぎれたコードが泥水と接触して小さな火花を上げた。
手はその奥にも侵入した。神経系の着色コードを掴んだとき、Dの一刀が閃いた。
水を切ったような手応えが伝わった。女の手は傷痕ひとつ残さぬまま、コードを毟り取った。火花が色彩と激しさを増して弾けた。サイボーグ馬が痙攣する。
すうと白い手が水中に没した。五メートルほど向うに白い女の姿が立ち上がったのは、それと同時であった。
腰までかかる金髪と、それにふさわしい典雅な美貌を白いスリムなドレスに包み、女はごおごおと流れる水の上に立った。
サイボーグ馬は、すでに首以外は水中に消え、その背のDもろとも流されるばかりだ。そして、水上の女も、同じ姿、同じ速度でDを追っていく。その左眼はふさがっていた。
「怯えてはおらぬな、そなた」
女の声には憎悪と感嘆の響きがゆれていた。
「水の外の生きものは、水を恐れるものよ。大した男とこの胸に抱いてやりたいところだが、どうやら我らの目的にとって、途方もなく大きな障害になるような気がする。ギャスケルを囮《おとり》に待っていたもう二人の貴族の片割れではなさそうだが、わらわの判断で処分する。その美しい顔も姿も泥水の中に没せよ。この仕事が終えたらすぐに捜し出して、永久に清雅な湖中に封じ込めてやろう」
「それはどうも」
と笑いを含んだ嗄れ声に、水妖女が気づいたかどうか。
「おまえの名前――聞いておこう。わらわの名はルシアンじゃ」
「D」
白い美女の隻眼が、かっと見開かれた。
*この続きは製品版でお楽しみください。
本の情報
紙書籍初版: 2000/7/31
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