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著者プロフィール
菊地 秀行(きくち ひでゆき)
1949〜
千葉県銚子市に生まれる。青山学院大学法学部卒業。在学中に推理小説研究会で活躍。卒業後は、フリーライターで雑誌等に寄稿のかたわら、小説を執筆。1982年『魔界都市〈新宿〉』で鮮烈なデビューを飾る。1985年から『魔界行』『妖魔戦線』『妖獣都市』等、超伝記官能バイオレンスを発表し人気爆発、超売れっ子作家に。少林寺拳法をたしなみ、ホラー映画を愛し、とにかく小説を書くのが好きな好漢。
1949〜
千葉県銚子市に生まれる。青山学院大学法学部卒業。在学中に推理小説研究会で活躍。卒業後は、フリーライターで雑誌等に寄稿のかたわら、小説を執筆。1982年『魔界都市〈新宿〉』で鮮烈なデビューを飾る。1985年から『魔界行』『妖魔戦線』『妖獣都市』等、超伝記官能バイオレンスを発表し人気爆発、超売れっ子作家に。少林寺拳法をたしなみ、ホラー映画を愛し、とにかく小説を書くのが好きな好漢。
解説
激しい戦いを切り抜け、Dとブロージュ伯爵は、七人目の刺客スーラに連れ去られた兄妹を追ってラモアの砦を出た。標的たち、とりわけDを己の領土におびき寄せようとするヴァルキュアの意図とは別に、刺客たちは容赦なく一行に襲いかかる。水妖ルシアンをDが、伝道師クールベをミランダが斃したものの、スーラを背後で操る新たな敵が出現した。キマという名のその刺客は、なぜかDをよく知る者のようであった。
目次
第一章 攻防戦
第二章 ミランダ公爵夫人
第三章 スーラ
第四章 八人目の刺客
第五章 マシューの血
第六章 魔の国へ
第七章 死の罠
あとがき
第二章 ミランダ公爵夫人
第三章 スーラ
第四章 八人目の刺客
第五章 マシューの血
第六章 魔の国へ
第七章 死の罠
あとがき
抄録
車のエンジン音をスーラは遠く聞いた。全速で追いかけたが、車の影さえ見られぬうちに、何も聞こえなくなった。
すぐに追おうとサイボーグ馬のつないである休憩地へ戻ったが、馬は姿を消していた。恐らくスーを連れ出した何者かの仕業であろう。鉄壁といってもいい“迷路”を破った相手に違いない。
敗北感が彼を棒立ちにした。
「ミスをおかしたのお」
スーラは右を向いた。
錯綜する木立ちの間に、真紅の影が立っていた。
フード付きの長衣をまとった人物は、声からして老婆と思しいものの、その顔も手も見ることはできなかった。
「私はキマ――大公の力の一部だ」
と真紅の影は言った。
「この先、おまえだけでは荷が重い。力を貸せとのご命令じゃ」
「…………」
「私は直接手を下さん。あくまでおまえのサポート役に留まる。心してかかるがいい。そこで、いまの車――ブロージュ伯爵めだが、砦には行き着けぬよう細工しておいた。奴を斃す手立てを考えてから、ゆっくりと追うがいい」
誰かが入ってくる気配があった。‘スー’だろう。
マシューは眼を開いた。瞼がしみるように痛むが、前ほどではなかった。
「ひどい傷だのお」
全身が、ぎんと硬直した。Dの左手を思わせる嗄れ声だったからではない。弄《いら》うがごとき口調の邪悪さゆえである。
「お……ま……え……は……」
何とか、糸みたいな声を絞り出した。薬の力で唇が動かない。
「大公さまの力の一部じゃ」
と声はつづけた。
「おまえと妹を、大公さまの領土へ連れていくのが仕事よ。最初に託された者どもが案外とだらしのう斃されてしもうてな。その分だけ、おまえの護衛どもが手強いというわけだが。――動くな。せっかくに治りかけた皮膚が、また剥がれるぞ。私の名はキマという」
「…………」
「ここへ来たのは、もちろん、おまえを連れ出すためだが、私は強制はせん。おまえが自発的に、大公さまのもとへとやってくるように仕掛けてやろう。――あら、起きちゃ駄目」
老婆の声が急に若く弾んだそれに変わると、気配まで別人のものになった。
「――動いては駄目と言ったのに、仕様がない人ねえ」
「……スー……か?」
「そーよ。――さ、横になって」
肩を押されて、マシューは固い床についた。
「……いま……ここに……誰かいな……かった……か?」
「誰も。――あ、そういえば、入ってきた瞬間、赤いものが見えたような気がしたけど、それこそ気のせいよ」
辺境の生活は厳しい。無害な幻や夢を見せる悪霊や幻覚獣を気になどしていられない。
「薬――替えるわよ」
スーの手当てには、心がこもっていた。
包帯を解き、前の薬をガーゼごと剥がした後で、丁寧にお湯で身体を拭く。
「随分よくなったわね。もうしゃべってもオッケーよ。歩くくらいならいいかな」
「ここは君の家だろ?」
やっと自由になった口でマシューは訊いてみた。
「そーよ」
「いいのか、おれなんかが泊まり込んで?」
「どうせひとりだから。気にしないで」
「村の人は――何にも言わないのか?」
「放っといて」
少し怒ったように、
「余計なこと気にしないの。あたしはソファで寝るからね。変なことしないでよ」
新しい塗り薬を貼りつけられ、包帯が巻かれたが、今度は胸と背中の一部だけで済んだ。
「さ、これでよし」
「ありがとう――おれ、出て行くよ」
スーは眼を丸くして、は? と言った。
「これ以上、迷惑はかけられないし、もとのところには妹もいる。早いとこ戻らないと。悪いけど、馬と食料を貸してくれないか、後で必ず返しにくるから」
「返さなくてもいいわ」
とスーは言った。ひどく生真面目な表情がマシューを驚かせた。
「その代わり、あなたの行く場所まで私も一緒に連れて行って」
「どうしてだよ?」
「明日――亭主が帰ってくるのよ」
「はあ?」
「どっちにしろ出てくつもりだったんだけど、あなたを見たら気が変わったの。これ、あたしのいい男《ひと》だって見せつけてやろうかと」
「ちょっと――」
「安心して」
とスーは笑いかけた。
「考えてみたら、あんまりいいやり方じゃないわよね。それに、うちの亭主、でかくて乱暴だから。『都』の観光に出掛けたとき、村の連中一同で『保安局』に陳情して、そのまま刑務所へぶち込んでもらったの」
「ご主人って――何なの?」
「火竜ハンター」
「…………」
ハンターにも様々な種類がある。凶暴な妖物専門の腕利きは、それなりの実力を持ち、名誉と報酬を保証される。吸血鬼ハンターに次ぐ最高峰は、火竜ハンターにとどめを刺すというのが定説だ。
火竜といっても、単に口から火を吐くだけの単純な生物ではない。全身を灼熱させて放つ炎は、時速五〇キロで疾走しながら山ひとつ焼き抜き、小さな湖を一〇秒で干上がらせる。近年、その墓地と称される一角が深山内に発見されたが、骨は意外に少なく、代わりに大きな穴がおびただしく地面に空いていたという。死を前にした火竜が、最後の力で自らを灼熱させ、地の底深く我が身を埋めていった跡だという。一説によると穴は地球の核までつづいていて、そのせいでその地方には火山が多いとのことだ。
こんな妖獣を相手にする火竜ハンターが、明晰な頭脳と強靭な肉体を備えるのは理の当然であり、中には『都』の違法医師のもとを訪れて、自らの肉体を半ば機械化――サイボーグ化する連中も多い。
このような精神状態の男たちが穏健な人格の持ち主であることは、森の中の一葉を探すのに等しく、仕事が終われば盛り場で粗暴の限りを尽くし、喧嘩、流血の果てに殺人まで犯す輩が続出する。
スーの夫はその典型といえた。
村へ戻るたびに男たちと殴り合い、他人の女房、娘に手を出してまた大喧嘩になり、半死半生のありさまで村を出ていく村人たちが連続した。『都』への陳情は、村中が我慢した挙句の結果だった。
そんな男が帰ってくる。村人と妻への怒りに胸を煮えたぎらせて。
*この続きは製品版でお楽しみください。
すぐに追おうとサイボーグ馬のつないである休憩地へ戻ったが、馬は姿を消していた。恐らくスーを連れ出した何者かの仕業であろう。鉄壁といってもいい“迷路”を破った相手に違いない。
敗北感が彼を棒立ちにした。
「ミスをおかしたのお」
スーラは右を向いた。
錯綜する木立ちの間に、真紅の影が立っていた。
フード付きの長衣をまとった人物は、声からして老婆と思しいものの、その顔も手も見ることはできなかった。
「私はキマ――大公の力の一部だ」
と真紅の影は言った。
「この先、おまえだけでは荷が重い。力を貸せとのご命令じゃ」
「…………」
「私は直接手を下さん。あくまでおまえのサポート役に留まる。心してかかるがいい。そこで、いまの車――ブロージュ伯爵めだが、砦には行き着けぬよう細工しておいた。奴を斃す手立てを考えてから、ゆっくりと追うがいい」
誰かが入ってくる気配があった。‘スー’だろう。
マシューは眼を開いた。瞼がしみるように痛むが、前ほどではなかった。
「ひどい傷だのお」
全身が、ぎんと硬直した。Dの左手を思わせる嗄れ声だったからではない。弄《いら》うがごとき口調の邪悪さゆえである。
「お……ま……え……は……」
何とか、糸みたいな声を絞り出した。薬の力で唇が動かない。
「大公さまの力の一部じゃ」
と声はつづけた。
「おまえと妹を、大公さまの領土へ連れていくのが仕事よ。最初に託された者どもが案外とだらしのう斃されてしもうてな。その分だけ、おまえの護衛どもが手強いというわけだが。――動くな。せっかくに治りかけた皮膚が、また剥がれるぞ。私の名はキマという」
「…………」
「ここへ来たのは、もちろん、おまえを連れ出すためだが、私は強制はせん。おまえが自発的に、大公さまのもとへとやってくるように仕掛けてやろう。――あら、起きちゃ駄目」
老婆の声が急に若く弾んだそれに変わると、気配まで別人のものになった。
「――動いては駄目と言ったのに、仕様がない人ねえ」
「……スー……か?」
「そーよ。――さ、横になって」
肩を押されて、マシューは固い床についた。
「……いま……ここに……誰かいな……かった……か?」
「誰も。――あ、そういえば、入ってきた瞬間、赤いものが見えたような気がしたけど、それこそ気のせいよ」
辺境の生活は厳しい。無害な幻や夢を見せる悪霊や幻覚獣を気になどしていられない。
「薬――替えるわよ」
スーの手当てには、心がこもっていた。
包帯を解き、前の薬をガーゼごと剥がした後で、丁寧にお湯で身体を拭く。
「随分よくなったわね。もうしゃべってもオッケーよ。歩くくらいならいいかな」
「ここは君の家だろ?」
やっと自由になった口でマシューは訊いてみた。
「そーよ」
「いいのか、おれなんかが泊まり込んで?」
「どうせひとりだから。気にしないで」
「村の人は――何にも言わないのか?」
「放っといて」
少し怒ったように、
「余計なこと気にしないの。あたしはソファで寝るからね。変なことしないでよ」
新しい塗り薬を貼りつけられ、包帯が巻かれたが、今度は胸と背中の一部だけで済んだ。
「さ、これでよし」
「ありがとう――おれ、出て行くよ」
スーは眼を丸くして、は? と言った。
「これ以上、迷惑はかけられないし、もとのところには妹もいる。早いとこ戻らないと。悪いけど、馬と食料を貸してくれないか、後で必ず返しにくるから」
「返さなくてもいいわ」
とスーは言った。ひどく生真面目な表情がマシューを驚かせた。
「その代わり、あなたの行く場所まで私も一緒に連れて行って」
「どうしてだよ?」
「明日――亭主が帰ってくるのよ」
「はあ?」
「どっちにしろ出てくつもりだったんだけど、あなたを見たら気が変わったの。これ、あたしのいい男《ひと》だって見せつけてやろうかと」
「ちょっと――」
「安心して」
とスーは笑いかけた。
「考えてみたら、あんまりいいやり方じゃないわよね。それに、うちの亭主、でかくて乱暴だから。『都』の観光に出掛けたとき、村の連中一同で『保安局』に陳情して、そのまま刑務所へぶち込んでもらったの」
「ご主人って――何なの?」
「火竜ハンター」
「…………」
ハンターにも様々な種類がある。凶暴な妖物専門の腕利きは、それなりの実力を持ち、名誉と報酬を保証される。吸血鬼ハンターに次ぐ最高峰は、火竜ハンターにとどめを刺すというのが定説だ。
火竜といっても、単に口から火を吐くだけの単純な生物ではない。全身を灼熱させて放つ炎は、時速五〇キロで疾走しながら山ひとつ焼き抜き、小さな湖を一〇秒で干上がらせる。近年、その墓地と称される一角が深山内に発見されたが、骨は意外に少なく、代わりに大きな穴がおびただしく地面に空いていたという。死を前にした火竜が、最後の力で自らを灼熱させ、地の底深く我が身を埋めていった跡だという。一説によると穴は地球の核までつづいていて、そのせいでその地方には火山が多いとのことだ。
こんな妖獣を相手にする火竜ハンターが、明晰な頭脳と強靭な肉体を備えるのは理の当然であり、中には『都』の違法医師のもとを訪れて、自らの肉体を半ば機械化――サイボーグ化する連中も多い。
このような精神状態の男たちが穏健な人格の持ち主であることは、森の中の一葉を探すのに等しく、仕事が終われば盛り場で粗暴の限りを尽くし、喧嘩、流血の果てに殺人まで犯す輩が続出する。
スーの夫はその典型といえた。
村へ戻るたびに男たちと殴り合い、他人の女房、娘に手を出してまた大喧嘩になり、半死半生のありさまで村を出ていく村人たちが連続した。『都』への陳情は、村中が我慢した挙句の結果だった。
そんな男が帰ってくる。村人と妻への怒りに胸を煮えたぎらせて。
*この続きは製品版でお楽しみください。
本の情報
紙書籍初版: 2001/2/28
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