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著者プロフィール
日本雑学研究会(にほんざつがくけんきゅうかい)
古今東西の雑学をこよなく愛好し、綿密にリサーチ、研究している。もの知りの極致をめざす集団。本書の文責は有澤玲。1962年横浜に生まれる。著書に「秘密結社の事典」(柏書房)他。
古今東西の雑学をこよなく愛好し、綿密にリサーチ、研究している。もの知りの極致をめざす集団。本書の文責は有澤玲。1962年横浜に生まれる。著書に「秘密結社の事典」(柏書房)他。
解説
「世界征服の陰謀」「歴史の裏の支配者」……。おぞましく語られる秘密結社だが、真相はどうか。そのめくるめく秘密の世界が、今明かされる!? 渾身のトリビア11章!
目次
秘密結社の基礎知識
神殿騎士団と聖杯伝説
「山の長老」――イスラムの暗殺教団
古今東西の密儀宗教
不可思議な大勢力、フリーメイソンリー
「イルミナティ」に秘められた謎
「薔薇十字団」の呪い
ナチス/オカルト帝国
戦慄の犯罪組織マフィア
アメリカ合衆国に蟠踞する「KKK団」
世界史の深暗部に蠢くもの
中国の秘密結社
神殿騎士団と聖杯伝説
「山の長老」――イスラムの暗殺教団
古今東西の密儀宗教
不可思議な大勢力、フリーメイソンリー
「イルミナティ」に秘められた謎
「薔薇十字団」の呪い
ナチス/オカルト帝国
戦慄の犯罪組織マフィア
アメリカ合衆国に蟠踞する「KKK団」
世界史の深暗部に蠢くもの
中国の秘密結社
抄録
なぜKKK団は白装束をまとっているのか
「KKK(クー・クラックス・クラン)団」といえば、白人優越主義を唱えてアフリカ系アメリカ人に暴行やリンチを加えている政治的、犯罪的秘密結社としてあまりにも有名である。白装束を身にまとい、先の尖った白頭巾から双眼だけをのぞかせているその異様な姿は、誰もが一度は目にしたことがあろう。ところで、あの白装束にはどのような意味がこめられているのだろうか……。
KKK団は一八六五年の十二月十五日に、テネシー州南部のプラスキーという小さな町で生まれた。時あたかも、南北戦争(一八六一〜六五年)が終結した直後。南軍から復員した将兵と、戦地へ赴くことなく徴兵を解除された大学生たちが“退屈しのぎ”にサークルを結成したのである。
「クー・クラックス・クラン」という名称は、サークルを意味するギリシア語の「キュクロス」と、氏族を表わすスコットランド語の「クラン」から来ている。いかにも大学生らしい衒学的な表現と言えよう。ちなみに、旧式の銃に弾をこめるときの擬音語とする俗信は、あとから付け加えられたジョークである。
KKK団は最初からアフリカ系アメリカ人の排斥を企てていたわけではない。
彼らは偶然、真夜中に白い服を着て歩いていると、迷信深いアフリカ系アメリカ人たちが幽霊と勘違いして怖がることを知ったのだ。そこで効果をより高めるべく、白装束と白頭巾で正体を隠し、馬に跨がり松明を掲げて街道や畦道を疾駆した。中世の亡者行列を想起させるこの行為は「夜の騎行」と呼ばれた。
KKK団が人種差別を激化させた訳
“退屈しのぎ”や“いたずら”から始まったKKK団の活動は、またたく間に、アフリカ系アメリカ人に対する本格的で物理的な迫害へと変質していった。そこには、はっきりとした要因が看てとれる。
あまり知られていないが、南北戦争の前から南部の諸州には、白人優越主義を掲げる暴力的な秘密結社がいくつか存在していた。
たとえば、一八四〇年代から六〇年代にかけての時代には「金環騎士団」「ミニットマン(民兵団)」「白椿騎士団」「驀進団」「コロンビア騎士団」といった数多くの結社が、アフリカ系アメリカ人や奴隷制反対論者の白人たちに脅迫、暴行、リンチ殺人などの危害を加えていた。
これらの結社は構成員の大半を南北戦争で失い、弱体化していた。そこへ降ってわいたのがKKK団である。金環騎士団やミニットマンなどの残党が大挙してKKK団に押し寄せてきた。そして、組織をいわば“乗っ取って”しまったのだ。
こうなると、南部に在住する一般の白人の間にも共感が芽生えてくる。一八六六年に公民権法が成立し、アフリカ系アメリカ人にも市民権と選挙権が付与されていた。奴隷制に依存していた南部の白人たちは、これを快く思っていなかったばかりか、アフリカ系アメリカ人に対して恐怖と嫌悪を感じていた。彼らが陸続としてKKK団に加入を申請したのも、当然の帰結と言えよう。
*この続きは製品版でお楽しみください。
「KKK(クー・クラックス・クラン)団」といえば、白人優越主義を唱えてアフリカ系アメリカ人に暴行やリンチを加えている政治的、犯罪的秘密結社としてあまりにも有名である。白装束を身にまとい、先の尖った白頭巾から双眼だけをのぞかせているその異様な姿は、誰もが一度は目にしたことがあろう。ところで、あの白装束にはどのような意味がこめられているのだろうか……。
KKK団は一八六五年の十二月十五日に、テネシー州南部のプラスキーという小さな町で生まれた。時あたかも、南北戦争(一八六一〜六五年)が終結した直後。南軍から復員した将兵と、戦地へ赴くことなく徴兵を解除された大学生たちが“退屈しのぎ”にサークルを結成したのである。
「クー・クラックス・クラン」という名称は、サークルを意味するギリシア語の「キュクロス」と、氏族を表わすスコットランド語の「クラン」から来ている。いかにも大学生らしい衒学的な表現と言えよう。ちなみに、旧式の銃に弾をこめるときの擬音語とする俗信は、あとから付け加えられたジョークである。
KKK団は最初からアフリカ系アメリカ人の排斥を企てていたわけではない。
彼らは偶然、真夜中に白い服を着て歩いていると、迷信深いアフリカ系アメリカ人たちが幽霊と勘違いして怖がることを知ったのだ。そこで効果をより高めるべく、白装束と白頭巾で正体を隠し、馬に跨がり松明を掲げて街道や畦道を疾駆した。中世の亡者行列を想起させるこの行為は「夜の騎行」と呼ばれた。
KKK団が人種差別を激化させた訳
“退屈しのぎ”や“いたずら”から始まったKKK団の活動は、またたく間に、アフリカ系アメリカ人に対する本格的で物理的な迫害へと変質していった。そこには、はっきりとした要因が看てとれる。
あまり知られていないが、南北戦争の前から南部の諸州には、白人優越主義を掲げる暴力的な秘密結社がいくつか存在していた。
たとえば、一八四〇年代から六〇年代にかけての時代には「金環騎士団」「ミニットマン(民兵団)」「白椿騎士団」「驀進団」「コロンビア騎士団」といった数多くの結社が、アフリカ系アメリカ人や奴隷制反対論者の白人たちに脅迫、暴行、リンチ殺人などの危害を加えていた。
これらの結社は構成員の大半を南北戦争で失い、弱体化していた。そこへ降ってわいたのがKKK団である。金環騎士団やミニットマンなどの残党が大挙してKKK団に押し寄せてきた。そして、組織をいわば“乗っ取って”しまったのだ。
こうなると、南部に在住する一般の白人の間にも共感が芽生えてくる。一八六六年に公民権法が成立し、アフリカ系アメリカ人にも市民権と選挙権が付与されていた。奴隷制に依存していた南部の白人たちは、これを快く思っていなかったばかりか、アフリカ系アメリカ人に対して恐怖と嫌悪を感じていた。彼らが陸続としてKKK団に加入を申請したのも、当然の帰結と言えよう。
*この続きは製品版でお楽しみください。
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