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和書>小説・ノンフィクションハーレクインハーレクイン・ヒストリカル

臆病な女神

臆病な女神

著: パトリシア・F・ローエル 翻訳: 美琴あまね
発行: ハーレクイン
シリーズ: ハーレクイン・ヒストリカル
価格:735円(税込)
10ポイント還元
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対応端末:パソコン ソニー“Reader”
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著者プロフィール

 パトリシア・F・ローエル(Patricia Frances Rowell)
 ルイジアナ州北部の森の中に夫と建てた手作りの家に、二人で暮らす。七人の子供やたくさんの養子、八人の孫が訪ねてくるのを楽しみにしている。執筆の合間には森を散歩したり、ボートに乗って沼地を探索したりするという。作品はリージェンシー(英国摂政期)を舞台に、サスペンスの要素を取り入れて書き上げる。この時代が好きな理由は現代より価値観が明確で、名誉が重んじられたからと語る。

解説

 アイアンサは心の扉を閉ざして生きている。彼女の唯一のやすらぎは絵を描くこと――絵筆を取って風景画を描いているときだけ、忌まわしい過去の記憶を忘れられるからだ。今日も雪が降りしきるなか、彼女は外へ出かけていった。だが突風にあおられ、足を滑らせて、斜面を転がり落ちた。気がつくと、大柄な紳士が馬上からアイアンサを眺めている。「断じて危険な者ではありません」紳士は穏やかに言い、雪まみれのアイアンサに手を貸そうとした。次の瞬間、彼女はピストルに手を伸ばし、紳士の心臓に狙いを定めた。彼の眉が上がり、二人の間の空気がぴんと張りつめた。
 ★独特の流麗な筆致でスリリングな世界を描くパトリシア・F・ローエル。RITA賞ファイナリストの彼女が今回送り出すのは、自分の中の闇と闘うヒロインが再生していく物語。彼女を見守るヒーローの辛抱強さに乾杯です。★

抄録

 アイアンサは必死に平静を保とうとした。
 わたしはどうなってしまったの? 家族と食事をしている最中なのに、男爵がいるというだけで、これまで知らなかった感情が襲ってきて、体じゅうが硬くなる。男爵になにかを言われたら、思わずほほ笑んでしまいそうだ。温かいまなざしで見つめられたら、夢見心地になるだろう。男爵が言うとおり、本当にもとのわたしに戻れるのかしら。ひとつだけ確かなことは、こんなチャンスは二度とないということ。
 やってみよう。あらゆる努力をして、過去を忘れよう。そして、かつて憧《あこが》れていたような女性になりたい。アイアンサはふたたび襲ってくる恐怖に抗《あらが》うために、目の前の会話に集中しようとした。
「クリスマスに婚約を発表したらどうかしら。祝い事にぴったりの機会だし、みんなが田舎での休暇を楽しみに帰ってきますもの。すぐに招待客のリストを作るわ。知り合いはみんなお招きしたいわ。でも、アイアンサが反対なら……」
 アイアンサは母親の言葉を聞き、首を横に振った。できれば、自分の決断が正しかったと思えるようになるまで、婚約のことは知らせないでおきたかった。でも、母親の顔は期待で輝いている。「小さなパーティのほうがいいけれど……」レディ・ロズリーの顔が曇った。お母様をがっかりさせたくない。「お母様にまかせるわ。お母様のおっしゃることなら、まちがいないもの」
「すばらしい思いつきですね、レディ・ロズリー」ダンカン男爵がフォークを置いた。「しかし、その計画をちょっと変えていただいてもいいでしょうか? ずっと計画していたことがありまして、力を貸していただけるとありがたいのですが」
 レディ・ロズリーが眉を上げた。「もちろん、お手伝いできることがあれば……」
「じつは、わたしの帰国をもっと多くの人に知らせたいのです。わたしも、クリスマスにはアイリー城でパーティを開くつもりでいます。叔母のレディ・ダルストンが女主人役を引き受けてくれるはずですが、叔母も高齢ですし、どなたかに招待客のリスト作りやそのほかの手配をお願いしたいと考えていました。わたしの手には負えないことなので」男爵は、レディ・ロズリーが見とれるようなすばらしい笑顔を見せた。「よろしければ、わたしが開くパーティをお手伝いいただけませんか? そうすれば、その席でロズリー卿《きょう》に婚約発表をしていただけます」
 なんて巧妙なのかしら。でも、どうして、男爵はパーティを主催したいなどと急に言いだしたのだろう。アイアンサは訝《いぶか》しげな視線を送ったが、男爵は気づかないふりをした。
「帰国を知らせるパーティはすべきだろう」ロズリー卿がコーヒーにミルクをいれながら言った。「商売を続けるつもりなら、影響力のある人々との付き合いは再開したほうがいい」
「おっしゃるとおりです。どうでしょう、レディ・ロズリー? わたしの城でよろしいでしょうか?」
 レディ・ロズリーは目を輝かせた。「もちろんですわ。ところで、お城にはもう何年もうかがっていないのですが、手入れはされているのですか?」
「はい、代理人がしています。だが、女性の手を借りたいのです」
 レディ・ロズリーはすっかりその気になっている。「お城でのクリスマス。ひいらぎのリースがたくさんいるわね。それから楽団にクリスマスらしい曲を演奏してもらって……」
「ダンスの曲も」男爵はアイアンサに片目をつぶってみせた。
 わたしの都合などどうでもいいのね。そんなに長いあいだ、たくさんの人たちと一緒に過ごすなんて耐えられないわ。

 ふたつのつぶやきへの答えは、アイアンサが男爵を食堂の扉まで送ったときに返ってきた。ほかの家族が、ふたりだけにしてやろうと席を立ったあとのことだった。男爵がアイアンサを振り返ってほほ笑んだ。「あれでよかったでしょうか?」
 アイアンサは諦《あきら》めたように首を振りながらも、笑顔で応じた。「わたしの意思を通すためには、強力な作戦がいりますね」
「そんなことはありません」ロバートはアイアンサの手をとろうとしてやめた。「わたしの計画が気に入らないのなら、すぐにとり消しますよ」
「いいえ。ただ、大勢の人たちを何日も相手に過ごさなくてはならないのかと思うと気が重いのです」
「そうでしょうね」笑顔が悲しそうに曇った。「しかし、いずれあなたが住むことになる城で、実際に過ごしてみてほしいのです。噂話《うわさばなし》に対処することもできますし」
「では、そこからはじめるつもりなんですね?」
「そうです。わたしの城にいながら、あなたを貶《おとし》めるようなことを言う人はいないはずですが、嫌味でも言う者がいれば、遠慮なくそれに見合った扱いをするつもりです。あなたのご両親の家では、それはできませんからね」
「そうでしたか」男爵はわたしを守ろうとしてくれているんだわ。
「それに必要なときには、ひとりになれるようにしなくてはいけませんからね。気が重くなったら、奥で休んでください。ここではお母様のお手伝いがあるので、そういうこともできないでしょう」
「そうね」アイアンサは認めた。「気を遣ってくださってありがとうございます」
「約束は守るつもりですよ、ミス・キースレイ。少しずつ進んでいきましょう。勇気を奮い起こして、厳しい試練に立ち向かう必要などありません。ただ、もう婚約したのですから、あなたを名前で呼んでもいいでしょうか?」
 びっくりして、アイアンサの顔がほころんだ。「まあ、なにをおっしゃるかと思えば……。もちろん、アイアンサと呼んでください」
「あなたもわたしをロバートと呼んでくださいよ」返事をする間も、考える間もなく、男爵は身をかがめて、アイアンサの頬にすばやくキスをした。
 そして口笛を吹きながら去っていった。


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