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ビター・ヴァレンタイン
著: 剛しいら発行: フロンティアワークス
レーベル: ダリア文庫e シリーズ: ビター・ヴァレンタイン
価格:578円(税込)
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対応端末:パソコン ソニー“Reader”
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著者プロフィール
剛 しいら(ごう しいら)
6月9日生まれ東京都出身。魚座・A型。趣味は映画・舞台・格闘技・F1鑑賞。プラチナ文庫、ルビー文庫、アズ・ノベルズなどで作品を多数発表。
6月9日生まれ東京都出身。魚座・A型。趣味は映画・舞台・格闘技・F1鑑賞。プラチナ文庫、ルビー文庫、アズ・ノベルズなどで作品を多数発表。
解説
大のチョコ好きの編集・天野はワイルドなのにチョコレートの甘い匂いをさせている男に出会う。彼と親しくなりたい一心で待ち伏せするが……。※ イラストは含まれていません。
目次
ビター
ホワイト
スイート
あとがき
ホワイト
スイート
あとがき
抄録
少し早めに駅のホームに上って、永田が来るのを待った。今日に限って誰かと呑みに行ってしまったり、早めに帰宅してしまったらどうしようと思ったが、もし今日が駄目でも明日がある。
克彦は謝ろうという決意を胸に、いつも乗車するドアの位置に立っていた。
約束していたかのように、いつもと同じ時間に永田の長身が現れた。今夜は裏地にボアが付いた、チョコレート色の革のコートだ。この男は何枚コートを持っているんだろうと思いながら、克彦は永田に近づいていった。
「永田さん……今日は取材にご協力いただきまして、ありがとうございました」
社会人らしく、ここはまず挨拶だ。
永田は黙って、克彦の顔をじっと見つめている。
「あの、ここ数日の失礼をお詫びします……」
「失礼って?」
見つめられているだけで、克彦の顔はホットチョコレートを飲んだ後のように赤くなった。
「以前から永田さんの店『冷人』のフアンでした。今日、食べさせていただいたフルコースは、まさに芸術です。これまで食べてきたチョコレートの中でも、最高でした」
克彦の必死の告白も、駅の賑わいが消してしまいそうだった。相変わらずこの時間の電車は混むのか、ホームは到着待ちの人で溢れている。
「僕、チョコレートが大好きなものですから、永田さんの体からあまりにもいい匂いがして、その、ご不快に思われたんじゃないですか」
「電車、来たよ。いつも先まで乗ってくけど、どこで降りるの?」
永田の口調は昼間と違って、友人に話すように親しげになっていた。
「豪徳寺です」
まだ話が終わっていないうちに、電車のドアが開いてしまった。乗客が一斉に動き出す。その波に呑まれて、克彦も永田も車内に押し込まれていた。
入った時の態勢が悪かった。克彦は永田と向き合う形になってしまい、ぴたっと体を密着させたままで動けなくなってしまったのだ。
「いつも混んでますよね……この時間」
「うん……」
永田は長身を活かして、いつものようにつり革の上を掴む。そして空いた方の手で、周囲の人達から守るようにさりげなく克彦を自分の方に抱き寄せた。
コートの前が開いている。Tシャツ一枚の体からは、今日一日様々な場所で嗅いできたというのに、まだ飽きることのない甘い匂いがしてきた。
「わ、若草が、いろいろとお世話になりましたと言ってました。今度真冬のカフェ特集をやるんで、その時また、イートインの方を取材したいそうです」
仕事の話でもしていないと落ち着かない。これではまるで永田に抱かれているようだ。
「取材中はあんまり喋らなかったよな」
永田の言葉に、克彦はますます赤くなる。
それまで取材してきた店では、あっさりとした質問ばかりだった若草が、永田の店では必要以上に喋っていた。若草としてはスイーツの博識ぶりを披露して、永田に好印象を残すつもりだったのだろう。
おかげで克彦には、ほとんど口を開く余裕がなかった。
「チョコレート好きなの?」
「はい……。大好きです」
その大好きなチョコレートに、包み込まれているようだ。
「俺んちに寄る?」
耳元で囁かれた言葉の意味がすぐに分からなくて、克彦は永田を見つめてしまった。
体を密着させながら見つめ合っているなんて、恥ずかしい状況ではあったが、克彦はもうそんなことも気にならない。
永田の家にご招待されたのだ。
ごくっと克彦の喉が鳴った。
お菓子の家に永田が住んでいるとまでは思わないが、試作中の新製品くらいはあるかもしれない。これまで克彦が知らなかった、様々なチョコレートの話なども聞けるだろう。
こんな夢のような話があるだろうか。
梅ヶ丘の駅を降りる。改めて二人きりになったが、今度は何を話したらいいのか分からなくなってしまった。
電車での非礼は謝ったのだ。そうしたら自宅にご招待してくれたのだから、永田は全く怒っていなかったということだろう。だったらもう少し友好的に、永田の方から話しかけてくれてもよさそうだが、彼は無口なのか黙ったまま歩いている。
「僕、本当は不動産部門の担当なんです。この辺りは……家賃高いんだろうな」
仕方がないので、全然関係ない話を振ってみた。
だが永田は乗らない。大股でさっさと歩いていってしまうから、克彦は小走りについていくしかなかった。
五分も歩いただろうか。閑静な住宅街の中、一軒の大きな家の門を永田は開いた。階下は真っ暗だ。人のいる様子はない。二階は別の入り口になっていて、階段も外についていた。この辺りでたまに見かける、一軒家に見えるが、中に数軒の家が入っている形式だろうか。
そのまま永田は外階段をのぼっていく。
「どうぞ……天野……克彦だっけ」
「はい、天野克彦です。それではお邪魔します」
電気が点けられた。
やはり永田はセンスがいい。あの店を見ていて思ったが、彼には色彩とか、物の質感とかにこだわりがあるのだ。
「いい物件ですね。失礼、思わず仕事モードになっちゃいますよ」
二階なのに、内部にはさらに二階がある。外からは暗くて見えなかったが、実際は三階建てなのだろう。広いリビングにあるのは大型テレビとオーディオだけだ。寝室や書斎があるのは三階になる。
やはり目を惹くのは、広々としたキッチンスペースだった。
「ここでチョコレートとかは、作らないですよね?」
「コート脱げば」
永田はコートを脱いで、金属で出来た人型のオブジェにかける。下にはやはり半袖のTシャツしか着ていない。ダメージ加工のジーンズは、長い足と腰高の永田のスタイルによく似合っていた。
「それじゃ遠慮無く」
コートを脱ぎ、慌ててネクタイを直した。
「この上にかけとけば」
自分のコートを永田が示したので、克彦は言われた通りにした。
それにしても気まずい。浮かれてついてきたことを後悔した。よく知りもしない人間なのに招待してくれた永田の気持ちは嬉しいが、せめてもう少し話をしてほしい。
家を褒めるべきなのか。仕事の話をするべきなのか。
けれどそれでは仕事で取材しているのと、何ら変わらないことになってしまう。
「チョコレート食べたい?」
まだ部屋も暖まっていないのに、永田は寒くないのか半袖のTシャツ一枚で、キッチンに向かった。
「ご、ごちそうしていただけるんですか?」
「……もっともシンプルなやつをね」
永田は大きな冷蔵庫を開き、中から袋を幾つか取りだした。
「悪いけどちょっと待っててくれ。クーベルチュールすぐに溶けないんで」
「いや、わざわざそんな結構です。お疲れでしょうから。あの、僕でしたら、そのまま食べてもいいんですけど」
永田は粒状のチョコレートを、ボウルの中に入れている。それを湯煎にかけていたが、克彦の言葉にふっと笑った。
「食べたいんだろ。遠慮すんな」
「そ、それは食べたいですけど……そうか、それは材料なんですね。チョコレートは好きなんですけど、僕、知識はあまりなくて。見ていてもいいですか」
「いや、それより上がバスルームだ。シャワー浴びてくれば」
「……いえ、いえいえ、とんでもない。泊めていただくようなつもりはありません。梅ケ丘ですから、最悪、歩いてでも帰れます」
「そう? 俺は、シャワー浴びない方がいいだろ」
「……?」
*この続きは製品版でお楽しみください。
克彦は謝ろうという決意を胸に、いつも乗車するドアの位置に立っていた。
約束していたかのように、いつもと同じ時間に永田の長身が現れた。今夜は裏地にボアが付いた、チョコレート色の革のコートだ。この男は何枚コートを持っているんだろうと思いながら、克彦は永田に近づいていった。
「永田さん……今日は取材にご協力いただきまして、ありがとうございました」
社会人らしく、ここはまず挨拶だ。
永田は黙って、克彦の顔をじっと見つめている。
「あの、ここ数日の失礼をお詫びします……」
「失礼って?」
見つめられているだけで、克彦の顔はホットチョコレートを飲んだ後のように赤くなった。
「以前から永田さんの店『冷人』のフアンでした。今日、食べさせていただいたフルコースは、まさに芸術です。これまで食べてきたチョコレートの中でも、最高でした」
克彦の必死の告白も、駅の賑わいが消してしまいそうだった。相変わらずこの時間の電車は混むのか、ホームは到着待ちの人で溢れている。
「僕、チョコレートが大好きなものですから、永田さんの体からあまりにもいい匂いがして、その、ご不快に思われたんじゃないですか」
「電車、来たよ。いつも先まで乗ってくけど、どこで降りるの?」
永田の口調は昼間と違って、友人に話すように親しげになっていた。
「豪徳寺です」
まだ話が終わっていないうちに、電車のドアが開いてしまった。乗客が一斉に動き出す。その波に呑まれて、克彦も永田も車内に押し込まれていた。
入った時の態勢が悪かった。克彦は永田と向き合う形になってしまい、ぴたっと体を密着させたままで動けなくなってしまったのだ。
「いつも混んでますよね……この時間」
「うん……」
永田は長身を活かして、いつものようにつり革の上を掴む。そして空いた方の手で、周囲の人達から守るようにさりげなく克彦を自分の方に抱き寄せた。
コートの前が開いている。Tシャツ一枚の体からは、今日一日様々な場所で嗅いできたというのに、まだ飽きることのない甘い匂いがしてきた。
「わ、若草が、いろいろとお世話になりましたと言ってました。今度真冬のカフェ特集をやるんで、その時また、イートインの方を取材したいそうです」
仕事の話でもしていないと落ち着かない。これではまるで永田に抱かれているようだ。
「取材中はあんまり喋らなかったよな」
永田の言葉に、克彦はますます赤くなる。
それまで取材してきた店では、あっさりとした質問ばかりだった若草が、永田の店では必要以上に喋っていた。若草としてはスイーツの博識ぶりを披露して、永田に好印象を残すつもりだったのだろう。
おかげで克彦には、ほとんど口を開く余裕がなかった。
「チョコレート好きなの?」
「はい……。大好きです」
その大好きなチョコレートに、包み込まれているようだ。
「俺んちに寄る?」
耳元で囁かれた言葉の意味がすぐに分からなくて、克彦は永田を見つめてしまった。
体を密着させながら見つめ合っているなんて、恥ずかしい状況ではあったが、克彦はもうそんなことも気にならない。
永田の家にご招待されたのだ。
ごくっと克彦の喉が鳴った。
お菓子の家に永田が住んでいるとまでは思わないが、試作中の新製品くらいはあるかもしれない。これまで克彦が知らなかった、様々なチョコレートの話なども聞けるだろう。
こんな夢のような話があるだろうか。
梅ヶ丘の駅を降りる。改めて二人きりになったが、今度は何を話したらいいのか分からなくなってしまった。
電車での非礼は謝ったのだ。そうしたら自宅にご招待してくれたのだから、永田は全く怒っていなかったということだろう。だったらもう少し友好的に、永田の方から話しかけてくれてもよさそうだが、彼は無口なのか黙ったまま歩いている。
「僕、本当は不動産部門の担当なんです。この辺りは……家賃高いんだろうな」
仕方がないので、全然関係ない話を振ってみた。
だが永田は乗らない。大股でさっさと歩いていってしまうから、克彦は小走りについていくしかなかった。
五分も歩いただろうか。閑静な住宅街の中、一軒の大きな家の門を永田は開いた。階下は真っ暗だ。人のいる様子はない。二階は別の入り口になっていて、階段も外についていた。この辺りでたまに見かける、一軒家に見えるが、中に数軒の家が入っている形式だろうか。
そのまま永田は外階段をのぼっていく。
「どうぞ……天野……克彦だっけ」
「はい、天野克彦です。それではお邪魔します」
電気が点けられた。
やはり永田はセンスがいい。あの店を見ていて思ったが、彼には色彩とか、物の質感とかにこだわりがあるのだ。
「いい物件ですね。失礼、思わず仕事モードになっちゃいますよ」
二階なのに、内部にはさらに二階がある。外からは暗くて見えなかったが、実際は三階建てなのだろう。広いリビングにあるのは大型テレビとオーディオだけだ。寝室や書斎があるのは三階になる。
やはり目を惹くのは、広々としたキッチンスペースだった。
「ここでチョコレートとかは、作らないですよね?」
「コート脱げば」
永田はコートを脱いで、金属で出来た人型のオブジェにかける。下にはやはり半袖のTシャツしか着ていない。ダメージ加工のジーンズは、長い足と腰高の永田のスタイルによく似合っていた。
「それじゃ遠慮無く」
コートを脱ぎ、慌ててネクタイを直した。
「この上にかけとけば」
自分のコートを永田が示したので、克彦は言われた通りにした。
それにしても気まずい。浮かれてついてきたことを後悔した。よく知りもしない人間なのに招待してくれた永田の気持ちは嬉しいが、せめてもう少し話をしてほしい。
家を褒めるべきなのか。仕事の話をするべきなのか。
けれどそれでは仕事で取材しているのと、何ら変わらないことになってしまう。
「チョコレート食べたい?」
まだ部屋も暖まっていないのに、永田は寒くないのか半袖のTシャツ一枚で、キッチンに向かった。
「ご、ごちそうしていただけるんですか?」
「……もっともシンプルなやつをね」
永田は大きな冷蔵庫を開き、中から袋を幾つか取りだした。
「悪いけどちょっと待っててくれ。クーベルチュールすぐに溶けないんで」
「いや、わざわざそんな結構です。お疲れでしょうから。あの、僕でしたら、そのまま食べてもいいんですけど」
永田は粒状のチョコレートを、ボウルの中に入れている。それを湯煎にかけていたが、克彦の言葉にふっと笑った。
「食べたいんだろ。遠慮すんな」
「そ、それは食べたいですけど……そうか、それは材料なんですね。チョコレートは好きなんですけど、僕、知識はあまりなくて。見ていてもいいですか」
「いや、それより上がバスルームだ。シャワー浴びてくれば」
「……いえ、いえいえ、とんでもない。泊めていただくようなつもりはありません。梅ケ丘ですから、最悪、歩いてでも帰れます」
「そう? 俺は、シャワー浴びない方がいいだろ」
「……?」
*この続きは製品版でお楽しみください。
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