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著者プロフィール
剛 しいら(ごう しいら)
6月9日生まれ東京都出身。魚座・A型。趣味は映画・舞台・格闘技・F1鑑賞。プラチナ文庫、ルビー文庫、アズ・ノベルズなどで作品を多数発表。
6月9日生まれ東京都出身。魚座・A型。趣味は映画・舞台・格闘技・F1鑑賞。プラチナ文庫、ルビー文庫、アズ・ノベルズなどで作品を多数発表。
解説
15年振りにスイスから帰国し、日本に馴染めずにいた高宮は、ある日、珈琲の薫りに誘われて一軒のカフェへと辿り着く。そこで出会った優雅で美しいギャルソン・楽に次第に惹かれていき――。※イラストは含まれていません。
目次
カフェで愛を
カフェラテで愛を
カフェラテの純愛
あとがき
カフェラテで愛を
カフェラテの純愛
あとがき
抄録
ついに閉店時間になった。店の外に出してある、黒板書きのメニューを店内にしまう。そして『CLOSE』の札を下げる。
その時、近づいてくる人影があって、楽はワイシャツ一枚の寒さも忘れて店の外で立ち止まった。
高宮だ。
みぞれ混じりの雨だというのに、傘も差していない。
「高宮さん……」
「いやぁ、もう閉店か。そうだな。シンデレラの魔法も解ける時間だったな」
白い息を吐きながら近づいてきた高宮からは、微かに酒の匂いがした。
「お仕事ですか? 遅かったですね」
「偉い人達と呑まないといけなくなってね。気が付いたらこんな時間になってしまった。そうか……閉店か」
「あっ、どうぞ、よろしければ」
本当はこの時間になったら、どんな客でも決して店内に案内してはいけない。
香が厳しく徹底させていたルールを、楽は思わず破ってしまった。
高宮は恐らく駅からここまで歩いてきたのだ。いつものキャメルのコートの肩に、細かい水滴がついているのでよく分かる。
金があるのかないのか知らないが、コンビニで傘を買うこともなく、呑んだ先からタクシーで帰ることもしないで、歩いてここまでやってきた。
何のために閉店ぎりぎりに顔を出すのだろう。珈琲が飲みたいだけなら、どこでだって飲めるというのに。
楽はドアを開いて、高宮を店内に引き入れた。コートを受け取り、タオルで水滴を素早く拭ってやる。
「暖かいな……」
高宮は嬉しそうに目を細めながら、手袋をしていない手をこすった。
「閉店間際に申し訳ない。珈琲を一杯戴いたら帰るから」
カウンターのいつもの席に座った高宮は、香にすまなそうに言っていた。
「いえ、構いませんよ」
香は穏やかに答えているが、高宮が帰った後で、楽が叱られるのは確かだった。
今から掃除を始めないと、それだけ自分達のプライベートタイムが削られる。分かっていたが、楽は高宮がいる前で、がたがたと騒がしい掃除を開始したくなかった。
香はそれでも高宮には何も不快感を与えずに、いつものように珈琲を淹れた。
高宮は香が、食後には濃い珈琲を淹れてくれるのを知っている。どんなに忙しくても、珈琲マシンは使わない。自らの手で珈琲を淹れる男だというのも理解していた。
「私に構わず、片付けをしてくれ。ここに戻ってきたらほっとした。自宅に帰るよりほっとするな。ここは……暖かい」
楽は高宮の言葉を、そのまま素直に喜んだ。
街中のカフェにとって、それは最高の褒め言葉のように思えたのだ。
だが香は決してそうは取らない。
客を甘やかしていいのは、オーダーに関してだけだ。陽気な親父のいる行きつけの居酒屋や、聞き上手のママがいるスナック感覚で、客に懐かれるのを香は嫌う。
楽は自分の睡眠時間が減っても、高宮が来てくれたことの方がはるかに大切だったが、香にしてみれば必要以上に客に懐いているとなるのだろう。
「お仕事関係の飲み会だったんですか?」
手近なものを片付けながら、楽はそれとなく訊いた。
「日本式ビジネスっていうのには馴染みがなくってね。戸惑うことばかりだ」
高宮は今日はスーツを着ている。いつものように、ツイードのジャケットとタートルネックのセーターとか、フィッシャーマンセーター姿とはまた違った雰囲気で、大人の男らしかった。
「業界用語っていうのかな。ビジネス用語だろうか。意味が分からずに恥のかき通しだ。これじゃ日本語講師だなんて言えないな」
いつもより速いペースで、高宮は珈琲を飲んでいる。
きっと慣れない席で神経をすり減らし、誰かに愚痴の一つも言いたかったのだろう。
けれど帰国して一月になるかならないかの高宮には、そんな相手もいないのだ。
楽にだって高宮の寂しさは分かる。
もっと聞いてあげたいのに、ここにいる間はそういったプライベートな関係は許されない。
「高宮さん、片付け終わったら、呑みに行きません? 近くに沖縄料理の店があるけど、朝の四時までやってるから」
気付いたら、思わず誘いの言葉を口にしていた。
自分で言っておきながら、楽も驚いているが、高宮も同じように驚いている。
香は黙ったままだ。ここでじゃあみんなでとでも言えばいいのに、香は決してそれを口にしない。明らかに不快そうな気配が、背中から滲み出ていると感じたのは楽だけだろうか。
気まずい沈黙が、三人の間に流れる。
「いや、明日も早いだろうから、その優しい気持ちだけ戴こう。ありがとう」
高宮は大人だ。
ルールはさりげなく守れる。
守れないのは楽だ。
思わず口にしたけれど、きっとそれが楽の本音だったからだ。
高宮にもう少し近づきたい。
夢の中で手を離せなかったのは、楽の願望がそのままの形で出ていたのだろう。
「今度お休みの時にでも、また気が向いたら誘ってくれ。今夜は……もしよければ傘を貸してくれないかな。濡れるには冷たすぎる雨でね」
冷たすぎる雨に濡れて、どうして歩いてきたのだろう。
楽は高宮を、必要以上長時間見つめてしまった。
わざわざ楽に逢うために来てくれたのではないのか。いつもと変わらない表情のどこかに、君が好きだよという言葉が隠されていないかと楽は捜す。
夜の寒さに負けないために、誰かのぬくもりが欲しい時、楽が選ばれたんだと思いたい。
高宮は寂しいのだ。
その気持ちはよく分かる。
兄の香と暮らしているけれど、楽だってやはり寂しい。
香は時々楽のことを、弟や家族というより従業員としかみなさいからだ。
白黒の服を脱いだら、そこにカラーの肉体がある。その肉体の中には、両親の突然の死のショックをぬぐい去れない、寂しい若者が隠れているのだ。
普段は元気に働いている。スタッフ仲間と冗談を言い合ったり、深夜番組をネタに笑い合ったりもしているが、それでも時々、自分の心の声を誰かに聞いてもらいたい時だってあるのだ。
疲労を取るために眠るよりも、魂に付着した汚れを取り除くために、誰かと話していたい時もある。
高宮だったら、きっと聞いてくれる。
そんな気がした。
「ありがとう。こんな時間においしい珈琲を飲めて、今日はこれだけでもラッキーだった」
高宮はすぐに立ち上がってしまった。本当にただ珈琲を飲みたかっただけなのだろうか。
失望したのを、悟られないようにしないといけない。楽は急いで客の忘れ物の中から、比較的新しい傘を選んで取りだした。
「これ、どうぞ」
脱いだばかりのコートを着せるのも辛い。傘を渡すのも辛かった。
「またお寄りの時にでも、返してください」
十二時過ぎたら長居の出来ない店だと知って、高宮が二度と来てくれなくなったらどうしようと、楽は真剣に心配していた。
「それじゃ明日、ランチを戴きに来る時に」
高宮はいつもと同じ、優しい笑顔で傘を受け取った。
冷たい雨の中、また歩いて帰るのだ。帰った家には、高宮を出迎えてくれる人もいないだろう。
部屋はきっと寒い。
それを思うと楽まで寒くなってくる。
「ありがとう……君の笑顔を見たら、ホットチョコレートを飲んだみたいに暖まった。それじゃ、おやすみ」
高宮は軽く楽の手を握ると、ドアを出ていった。
*この続きは製品版でお楽しみください。
その時、近づいてくる人影があって、楽はワイシャツ一枚の寒さも忘れて店の外で立ち止まった。
高宮だ。
みぞれ混じりの雨だというのに、傘も差していない。
「高宮さん……」
「いやぁ、もう閉店か。そうだな。シンデレラの魔法も解ける時間だったな」
白い息を吐きながら近づいてきた高宮からは、微かに酒の匂いがした。
「お仕事ですか? 遅かったですね」
「偉い人達と呑まないといけなくなってね。気が付いたらこんな時間になってしまった。そうか……閉店か」
「あっ、どうぞ、よろしければ」
本当はこの時間になったら、どんな客でも決して店内に案内してはいけない。
香が厳しく徹底させていたルールを、楽は思わず破ってしまった。
高宮は恐らく駅からここまで歩いてきたのだ。いつものキャメルのコートの肩に、細かい水滴がついているのでよく分かる。
金があるのかないのか知らないが、コンビニで傘を買うこともなく、呑んだ先からタクシーで帰ることもしないで、歩いてここまでやってきた。
何のために閉店ぎりぎりに顔を出すのだろう。珈琲が飲みたいだけなら、どこでだって飲めるというのに。
楽はドアを開いて、高宮を店内に引き入れた。コートを受け取り、タオルで水滴を素早く拭ってやる。
「暖かいな……」
高宮は嬉しそうに目を細めながら、手袋をしていない手をこすった。
「閉店間際に申し訳ない。珈琲を一杯戴いたら帰るから」
カウンターのいつもの席に座った高宮は、香にすまなそうに言っていた。
「いえ、構いませんよ」
香は穏やかに答えているが、高宮が帰った後で、楽が叱られるのは確かだった。
今から掃除を始めないと、それだけ自分達のプライベートタイムが削られる。分かっていたが、楽は高宮がいる前で、がたがたと騒がしい掃除を開始したくなかった。
香はそれでも高宮には何も不快感を与えずに、いつものように珈琲を淹れた。
高宮は香が、食後には濃い珈琲を淹れてくれるのを知っている。どんなに忙しくても、珈琲マシンは使わない。自らの手で珈琲を淹れる男だというのも理解していた。
「私に構わず、片付けをしてくれ。ここに戻ってきたらほっとした。自宅に帰るよりほっとするな。ここは……暖かい」
楽は高宮の言葉を、そのまま素直に喜んだ。
街中のカフェにとって、それは最高の褒め言葉のように思えたのだ。
だが香は決してそうは取らない。
客を甘やかしていいのは、オーダーに関してだけだ。陽気な親父のいる行きつけの居酒屋や、聞き上手のママがいるスナック感覚で、客に懐かれるのを香は嫌う。
楽は自分の睡眠時間が減っても、高宮が来てくれたことの方がはるかに大切だったが、香にしてみれば必要以上に客に懐いているとなるのだろう。
「お仕事関係の飲み会だったんですか?」
手近なものを片付けながら、楽はそれとなく訊いた。
「日本式ビジネスっていうのには馴染みがなくってね。戸惑うことばかりだ」
高宮は今日はスーツを着ている。いつものように、ツイードのジャケットとタートルネックのセーターとか、フィッシャーマンセーター姿とはまた違った雰囲気で、大人の男らしかった。
「業界用語っていうのかな。ビジネス用語だろうか。意味が分からずに恥のかき通しだ。これじゃ日本語講師だなんて言えないな」
いつもより速いペースで、高宮は珈琲を飲んでいる。
きっと慣れない席で神経をすり減らし、誰かに愚痴の一つも言いたかったのだろう。
けれど帰国して一月になるかならないかの高宮には、そんな相手もいないのだ。
楽にだって高宮の寂しさは分かる。
もっと聞いてあげたいのに、ここにいる間はそういったプライベートな関係は許されない。
「高宮さん、片付け終わったら、呑みに行きません? 近くに沖縄料理の店があるけど、朝の四時までやってるから」
気付いたら、思わず誘いの言葉を口にしていた。
自分で言っておきながら、楽も驚いているが、高宮も同じように驚いている。
香は黙ったままだ。ここでじゃあみんなでとでも言えばいいのに、香は決してそれを口にしない。明らかに不快そうな気配が、背中から滲み出ていると感じたのは楽だけだろうか。
気まずい沈黙が、三人の間に流れる。
「いや、明日も早いだろうから、その優しい気持ちだけ戴こう。ありがとう」
高宮は大人だ。
ルールはさりげなく守れる。
守れないのは楽だ。
思わず口にしたけれど、きっとそれが楽の本音だったからだ。
高宮にもう少し近づきたい。
夢の中で手を離せなかったのは、楽の願望がそのままの形で出ていたのだろう。
「今度お休みの時にでも、また気が向いたら誘ってくれ。今夜は……もしよければ傘を貸してくれないかな。濡れるには冷たすぎる雨でね」
冷たすぎる雨に濡れて、どうして歩いてきたのだろう。
楽は高宮を、必要以上長時間見つめてしまった。
わざわざ楽に逢うために来てくれたのではないのか。いつもと変わらない表情のどこかに、君が好きだよという言葉が隠されていないかと楽は捜す。
夜の寒さに負けないために、誰かのぬくもりが欲しい時、楽が選ばれたんだと思いたい。
高宮は寂しいのだ。
その気持ちはよく分かる。
兄の香と暮らしているけれど、楽だってやはり寂しい。
香は時々楽のことを、弟や家族というより従業員としかみなさいからだ。
白黒の服を脱いだら、そこにカラーの肉体がある。その肉体の中には、両親の突然の死のショックをぬぐい去れない、寂しい若者が隠れているのだ。
普段は元気に働いている。スタッフ仲間と冗談を言い合ったり、深夜番組をネタに笑い合ったりもしているが、それでも時々、自分の心の声を誰かに聞いてもらいたい時だってあるのだ。
疲労を取るために眠るよりも、魂に付着した汚れを取り除くために、誰かと話していたい時もある。
高宮だったら、きっと聞いてくれる。
そんな気がした。
「ありがとう。こんな時間においしい珈琲を飲めて、今日はこれだけでもラッキーだった」
高宮はすぐに立ち上がってしまった。本当にただ珈琲を飲みたかっただけなのだろうか。
失望したのを、悟られないようにしないといけない。楽は急いで客の忘れ物の中から、比較的新しい傘を選んで取りだした。
「これ、どうぞ」
脱いだばかりのコートを着せるのも辛い。傘を渡すのも辛かった。
「またお寄りの時にでも、返してください」
十二時過ぎたら長居の出来ない店だと知って、高宮が二度と来てくれなくなったらどうしようと、楽は真剣に心配していた。
「それじゃ明日、ランチを戴きに来る時に」
高宮はいつもと同じ、優しい笑顔で傘を受け取った。
冷たい雨の中、また歩いて帰るのだ。帰った家には、高宮を出迎えてくれる人もいないだろう。
部屋はきっと寒い。
それを思うと楽まで寒くなってくる。
「ありがとう……君の笑顔を見たら、ホットチョコレートを飲んだみたいに暖まった。それじゃ、おやすみ」
高宮は軽く楽の手を握ると、ドアを出ていった。
*この続きは製品版でお楽しみください。
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