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香港貴族に愛されて

香港貴族に愛されて

著: 遠野春日
発行: 大洋図書
レーベル: SHY NOVELS シリーズ: 貴族シリーズ
価格:893円(税込)
10ポイント還元
形式:MEDUSA形式⇒詳細
対応端末:パソコン スマートフォン タブレット
みんなの評価 ★★★★☆8
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解説

 裏切ったわけではなく、期限付きの恋愛だった――旅の経由地として香港を訪れた真己は学生時代の恋人、アレックスと思いがけない再会を果す。以前より魅力を増したアレックスに真己の心は揺れた。一方、アレックスは固く心に決めていた。今度こそ真己を逃がさない、と!

目次

indication
reunion
bewilderment
machinations
perpetuity

抄録

 ディオールの横を通り過ぎようとしたときだった。
 店の中からカップルが腕を組んで出てきた。見るからにゴージャスな男女で、明らかに観光客がちょこちょこした小物を物色するのとは違う貫禄がある。見事なプロポーションをした華やかな雰囲気の女性と、これ以上彼女にふさわしい男はいないだろうと思える堂々とした雰囲気の、おそろしくスーツの似合う青年紳士。
 きっと香港の大金持ちだ。真己は二人を一目見た瞬間そう思った。アレックスの纏っていた空気とそっくりだったからだ。
 真己はすぐに視線を逸らした。これ以上アレックスを彷彿とさせるものを目に入れるのは精神的によくない。その気持ちを反映して歩く速度も自然と速まった。
 まっすぐ前に顔を向けたまま、二人が店員に見送られてゆったりした歩調で入り口から離れたばかりのところを横切る。
 そのまま通り過ぎようとしたときだ。
「おい、きみ!」
 突然英語で呼び止められ、真己はびっくりした。
 肩越しに振り返ると、店から出てきた青年紳士だ。だが真己は彼の顔を正面からはっきりと見て、更に驚く羽目になった。
「あ、アレックス……?」
 まさか、と思った。信じられない。しかし、目の前にいるのは確かに彼だ。彼に間違いない。顔そのものよりもまず瞳で真己はそれを確信した。しっかりとした意志を感じさせる目を見れば、彼がアレックス・ローだというのは一目瞭然だ。こんなに印象的なグレイの瞳を真己は他には知らない。
「やっぱりマサキか。……こんなところで会うとは思わなかった。奇遇だな」
 アレックスは綺麗なクィーンズ・イングリッシュを使う。昔のままだ。真己はいっきに学生時代に戻ったかのような錯覚に落ち、軽い眩暈を感じた。
 傍らにいた女性の細い腕を解き、アレックスは悠然とした足取りで真己に向かって歩み寄ってくる。それなりに月日を重ねたせいか、彫りの深い端正な顔は学生時代よりも落ち着きと渋みを増し、前よりいっそう彼を魅力的にしていた。身につけた高価そうなスーツの着こなしぶりもさすがで、板についている。一回りも二回りも立派になったアレックスの完璧な紳士ぶりを目の当たりにして、真己は気後れした。
 真己のすぐ目の前にアレックスが立つ。空気が動いて、ふわりと清涼感のある香水の香りがした。これも知っている。同室だった真己はこの香水の瓶をしょっちゅう目にしていた。いまだに同じものを愛用しているらしい。
「旅行で来ているのか?」
 穏やかな口調でアレックスに聞かれ、真己は小さく頷いた。アレックスはまるで過去に何もなかったかのような淡々とした調子で話す。真己はそんなアレックスの態度に自分でも意外なほどショックを受けていた。過去を引きずっていたのは真己だけだったらしい。アレックスは真己を単なる同級生として懐かしんでいるだけに見える。その他の感情は微塵も窺えない。
「いつまで香港にいる?」
「今日一晩だけ」
「そうか。慌ただしいんだな。明日は何時の便だ?」
「午前十時、かな」
 真己は声の震えを隠すのが精一杯で、いろいろと考える余裕などなく正直に聞かれたことにだけ答えた。
「宿泊先は? このホテルか?」
「まさか」
 左肩に背負ったカーキのリュックにアレックスの視線が流れるのを意識しながら、真己はジョーダン駅傍にあるバックパッカー|御用達《ごようたし》の格安ホテルの名を口にした。アレックスは眉を顰めただけで、いまひとつピンとこなかったようだ。それでも更に詳しく聞こうとはせず、ふん、と軽く鼻を鳴らして目を眇めたまま、何事か考えるような間を作る。
 アレックスに聞きたいことは真己にもたくさんあった。だが、喉に塊がつかえたようになっていて、声が出ない。
 こんなに唐突な出会いがあるとは想像もしなかったから、驚きが覚めないのだ。
 しかしよくよく考えてみれば、アレックスが変わらず香港に住んでいるなら、こうしてばったりと行き合ってもそれほど不思議ではないのかもしれない。さして広くもない都市で、上流階級である彼が出かける場所は限られている。ペニンシュラなどその最たる場所だろう。一日だけ立ち寄った香港でこんな偶然に見舞われたことには唖然とするしかないが、彼のことばかり考えていたのが予期せぬ出会いを引き寄せたのかもしれない。


*この続きは製品版でお楽しみください。

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