和書>小説・ノンフィクション>エンターテインメント小説>ハードロマン小説
著者プロフィール
宇能 鴻一郎(うの こういちろう)
1934〜
北海道生まれ。東大文学部卒。1961年「鯨神」で第46回芥川賞を受賞。その後、華麗なエロチシズムの世界を、独特の執拗なタッチで描く官能作家として大衆的な人気を得る。いわゆる“ロマンポルノの原点”といわれる作品を多数発表し、その筆力の旺盛さに注目されてきた。
1934〜
北海道生まれ。東大文学部卒。1961年「鯨神」で第46回芥川賞を受賞。その後、華麗なエロチシズムの世界を、独特の執拗なタッチで描く官能作家として大衆的な人気を得る。いわゆる“ロマンポルノの原点”といわれる作品を多数発表し、その筆力の旺盛さに注目されてきた。
解説
母が作ったばかりの桶一杯のこんにゃく。そのべろべろの感触に、少年の恵市は限り無い官能を覚える。時は経ち、自分のもとに来た嫁の情事を知った恵市。長年求めた快感の欲求を果たそうとする恵市のとった、猟奇的行動とは――『べろべろの、母ちゃんは……』
異国情緒や土俗の世界を背景としたSM・同性愛・フェティシズム。独特のエロスを極限まで押し進めた、凄まじい迫力の10作品。芥川賞作家・宇能鴻一郎の恐るべき全貌が明らかになる。
異国情緒や土俗の世界を背景としたSM・同性愛・フェティシズム。独特のエロスを極限まで押し進めた、凄まじい迫力の10作品。芥川賞作家・宇能鴻一郎の恐るべき全貌が明らかになる。
目次
●地獄の愛
●柘榴(ざくろ)
●花魁(おいらん)小桜の足
●菜人記
●わが初恋の阿部お定
●狩猟小屋夜ばなし
●美女降霊
●べろべろの、母ちゃんは……
●お菓子の家の魔女
●リソペディオンの呪い
●柘榴(ざくろ)
●花魁(おいらん)小桜の足
●菜人記
●わが初恋の阿部お定
●狩猟小屋夜ばなし
●美女降霊
●べろべろの、母ちゃんは……
●お菓子の家の魔女
●リソペディオンの呪い
抄録
子供のころ、恵市《えいち》の家の裏庭には、大きな桶が五つ六つ、いつも並んでいた。
毎年、夏になると、畑ではコンニャク芋が、たくさん採れた。床下に穴を掘ってたくわえた大きい芋を、母親は必要なときに、数箇ずつ取りだして、臼に入れてこまかくつきくだいた。どろどろの白い液体を、裏庭の大桶にうつし、湯をそそいで、こんどは足で、十分に踏んだ。
野良に出るときは母親は、夏でも手甲《てっこう》に脚絆《きゃはん》をつけていたし、家で忙しく立ちはたらくときも着物の裾はおろしていたので、その素脚を恵市は、めったに見ることはなかった。背戸の小川で洗いものをするときは、裾は膝のあたりまでまくられていたはずだが、そのときの脚の印象も、なぜか稀薄だった。
恵市がはっきりと覚えているのは冬、湯気の立ちのぼるコンニャク桶のなかで、せわしく上下に動く、すらりとした、白い脚のことである。艶々した太い腿《もも》の、半ばまでめくられた、腰巻の赤さである。湯の熱さに肌は紅潮し、元気の良い魚のように脚がはねるたびに、白い飛沫は桶の外にまで飛んだ。その飛沫はときどき、桶の縁に頬杖をついて、ぼんやりと眺めている恵市の顔や、垢と鼻汁で光り、すりきれた学生服にかかった。
「ぼんやり見ってからだぞい」
と、まだ若かった母親は、労働の快さに昂奮して、活発に叫んだ。
「女の仕事など見てねで、山さ目白とりにでも行がんしょ」
しかし恵市は、その場をはなれにくかった。それは面白いばかりでなく、何よりも美しい観物だった。二つ並んだ小さな膝小僧のめまぐるしい動き。その裏側の、白い、柔らかそうな肉づきと┬えくぼ┴の、何とも言えず可愛らしい動き。太い腿と対照的にひきしまった脛《すね》と、ふくらはぎのあいだに出没する逞しい溝。かわるがわる湯から抜かれて、一瞬空に踊る、飛鳥のような足裏……。それらが自分の母親のものだ、ということは、しばらく恵市は忘れていた。叱られて、柿の木の下にまでひきさがって、ざらざらした幹にまつわりつき、指をしゃぶりながら、小学生の恵市はなお眺めつづけていた。暮れ方の裏庭の、湯気の立つ桶のなかで、歌を口ずさみながら元気よく飛びはね、踊りつづけている母親を。なかんずくその脚を。
十分に踏みつけると、母親は牡蠣《かき》殻を焼いて作った灰を一つかみ、桶のなかに投げ入れた。近くの大釜からひしゃくで、新たに湯を加え、再び勢いよく踏みはじめた。十分か十五分が経って、桶のなかがとつぜん粘りと弾性を増しはじめると、母親は桶から出て、もう暗くなった小川で十分に脚を洗い、裾を下ろし、草履《ぞうり》をはいて、仕事場の、土間の竈《かまど》ぎわに戻るのだった。
薦《こも》をかけられて、桶は一晩、裏庭に放置される。翌朝、薦をとってみると、桶いっぱいに新しく、ぶるぶる震える、半透明にこまかい胡麻の入った、おいしそうなコンニャクができあがっている。
*この続きは製品版でお楽しみください。
毎年、夏になると、畑ではコンニャク芋が、たくさん採れた。床下に穴を掘ってたくわえた大きい芋を、母親は必要なときに、数箇ずつ取りだして、臼に入れてこまかくつきくだいた。どろどろの白い液体を、裏庭の大桶にうつし、湯をそそいで、こんどは足で、十分に踏んだ。
野良に出るときは母親は、夏でも手甲《てっこう》に脚絆《きゃはん》をつけていたし、家で忙しく立ちはたらくときも着物の裾はおろしていたので、その素脚を恵市は、めったに見ることはなかった。背戸の小川で洗いものをするときは、裾は膝のあたりまでまくられていたはずだが、そのときの脚の印象も、なぜか稀薄だった。
恵市がはっきりと覚えているのは冬、湯気の立ちのぼるコンニャク桶のなかで、せわしく上下に動く、すらりとした、白い脚のことである。艶々した太い腿《もも》の、半ばまでめくられた、腰巻の赤さである。湯の熱さに肌は紅潮し、元気の良い魚のように脚がはねるたびに、白い飛沫は桶の外にまで飛んだ。その飛沫はときどき、桶の縁に頬杖をついて、ぼんやりと眺めている恵市の顔や、垢と鼻汁で光り、すりきれた学生服にかかった。
「ぼんやり見ってからだぞい」
と、まだ若かった母親は、労働の快さに昂奮して、活発に叫んだ。
「女の仕事など見てねで、山さ目白とりにでも行がんしょ」
しかし恵市は、その場をはなれにくかった。それは面白いばかりでなく、何よりも美しい観物だった。二つ並んだ小さな膝小僧のめまぐるしい動き。その裏側の、白い、柔らかそうな肉づきと┬えくぼ┴の、何とも言えず可愛らしい動き。太い腿と対照的にひきしまった脛《すね》と、ふくらはぎのあいだに出没する逞しい溝。かわるがわる湯から抜かれて、一瞬空に踊る、飛鳥のような足裏……。それらが自分の母親のものだ、ということは、しばらく恵市は忘れていた。叱られて、柿の木の下にまでひきさがって、ざらざらした幹にまつわりつき、指をしゃぶりながら、小学生の恵市はなお眺めつづけていた。暮れ方の裏庭の、湯気の立つ桶のなかで、歌を口ずさみながら元気よく飛びはね、踊りつづけている母親を。なかんずくその脚を。
十分に踏みつけると、母親は牡蠣《かき》殻を焼いて作った灰を一つかみ、桶のなかに投げ入れた。近くの大釜からひしゃくで、新たに湯を加え、再び勢いよく踏みはじめた。十分か十五分が経って、桶のなかがとつぜん粘りと弾性を増しはじめると、母親は桶から出て、もう暗くなった小川で十分に脚を洗い、裾を下ろし、草履《ぞうり》をはいて、仕事場の、土間の竈《かまど》ぎわに戻るのだった。
薦《こも》をかけられて、桶は一晩、裏庭に放置される。翌朝、薦をとってみると、桶いっぱいに新しく、ぶるぶる震える、半透明にこまかい胡麻の入った、おいしそうなコンニャクができあがっている。
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